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翻弄される里子。そして里親の哀しみ

さっちゃんは小学1年生の女の子。さっちゃんにはパパとママと中学生のお兄ちゃんがいる。
でも、さっちゃんはパパとママの本当の子供ではない。
実の母親は妊娠以来、産婦人科を一度も受診しないまま、さっちゃんを産んだ。
極めて軽度ではあるが、母親には精神疾患があり、生まれたばかりのさっちゃんを育てることができなかった。
困り果てた母親は生後10日のさっちゃんを胸に抱き、児童相談所を訪れた。
しかし、当時その自治体では新生児を保護して育てる施設がどこも満員で、さっちゃんを受け入れることができなかった。
児童相談所から依頼を受けた天理教の教会長である杉本君(仮名)とその奥様が、さっちゃんを里子として預かることになった。勿論、実の母の承諾を受けてのことである。

生後10日で杉本家にやってきたさっちゃんは。杉本夫妻が注ぐ深い愛情に包み込まれ、スクスクと育った。杉本夫妻にお子さんがいなかったことも、さっちゃんに精一杯の愛情を注ぐことの後押しになったのかも知れない。
3歳頃には児童相談所を介してさっちゃんに対する真実告知(自分たちが生みの親ではないことを伝えること)も終えた。これは里親が最初に迎える、とても辛いイベントだと言う。
杉本夫妻は「告知されてもその年齢では十分な理解ができず、また他人の家庭との違いも理解できないが、それが分かる年齢になって告知するよりも、子供のためには良いと思う」と気丈に語ってくれた。しかしその時の夫妻の心の内を想像すると胸の詰まる思いがした。

このように、新生児を引き取り我が子として育ててきた杉本夫妻だが、真実告知よりも更に辛いイベントが突然に訪れる。
さっちゃんの実母(シングルマザーである)は他県に住んでいる。しかし実母が「さっちゃんに会いたい」と言えば里親はそれを拒否することはできない。
実母に親権があるからであり、基本的に実の親が自立し、育児が可能になれば子供は実の親の許に戻す。というのが里親制度の基本的な考え方であるからだ。
親権は事ほど左様に絶対的なもの。それは理解できる。だが、さっちゃんの気持ちや心の揺れを考えた時、杉本夫妻はなんともいえぬやり切れなさを感じたという。
それは当然のことだろう。生後10日の赤ん坊の頃から育ててきたのだ。オムツを替え、ミルクを与え、添い寝をし、熱を出せば病院に駆け込み、一晩中看病することもあっただろう。泣いていれば優しく慰め、一緒に涙したことも。さっちゃんが日々成長していくさまを、神様に感謝しながら共に生きてきたのだ。

そんな杉本夫妻に対して、さっちゃんの実母が、娘を自分の住む県の施設に移すよう申し立ててきたのだ。
「我が子と頻繁に会いたいから」という理由からだった。その申し立ては弁護士を介し、児童相談所に対して行われた。
児童相談所は、さっちゃんの実母がその時点で育児能力を有することが認められなかったことと、杉本夫妻の人柄と、里親としての適性の高さを鑑みて、こちらも弁護士を立て、実母からの申し立てを阻止してくれた。
児童相談所がこれほどまで抵抗してくれたことに杉本夫妻は感謝しているという。レアなケースだとも言っていた。だが、それこそが杉本夫妻に対する信頼の証なのだと思う。
結果として、さっちゃんが実母の住む他県の施設に移ることは阻止できた。
それでも、実母の要求に従って、月に1度はさっちゃんをクルマに乗せ、他県に住む実母の許まで通っている。
夫妻はどんな気持ちでクルマを走らせているのかと考える時、切なさが胸に迫る。

実母の前でもさっちゃんは杉本夫妻をパパ、ママと呼び、実母に対しては「○○(姓)のおかあさん」と呼びかけるという。今までに20回程度面会をしている。
不躾を承知で僕は杉本君に訊いた。これだけは訊いておくべきだと思ったからだ。
「杉本君は、さっちゃんを本当の子供と思ってるの?」
その質問に対して、彼はかぶせ気味に
「そりゃそうですよ!」
と、即答した。漏れそうになる嗚咽をこらえているのが分かった。僕も胸が一杯になった。
しかし「この問題で一番悲しいのはさっちゃんなんです。」と彼は言った。
小さな子供が、大人の事情で心を揺さぶられていることが可哀想で哀しくて仕方ないのだ。

さっちゃんは日々すくすくと成長してる。パパとママと、お兄ちゃんに守られて。
ちなみにお兄ちゃんも里親として夫妻が預かり、後に養子縁組によって正式に杉本夫妻の子供となった少年だ。

さっちゃんを産んだ時点で、実母に育てる能力と、その環境が無かったことは彼女の責任では無いかも知れない。しかし今なお極めて軽度とはいえ精神を患い、経済力のない実母にさっちゃんを返すことが果たして正解なのだろうか。
その答えは僕には分からない。だが、不幸の連鎖を断ち切って欲しいという気持ちは強い。
さっちゃんは実母と20回の面会を重ねても「杉本夫妻の子供になりたい」と言っている。当然だろう。受けた愛情の総量は歴然としているのだから。
それでも、実母が将来的に病を克服し、経済的に自立して育児能力を得たとしたなら、さっちゃんを実母の許に返さざるを得ない日が来るかも知れない。

少なくとも、その実の母がいなければ、さっちゃんがこの世に生を受けることもなかった。これは厳然たる事実でだ。だが一方で、お道の教えにある「生まれ替わり、出替わりする魂」ということを考える時、この世には血縁をも凌駕する強くて濃い繋がりというものがあると僕は信じたい。

さっちゃんも日々成長していく。物事を少しずつ理解していき、少女から大人の女性へと育つ間に、自分で判断し選択できるようになるだろう。さっちゃんのお兄ちゃんのように、実の親の承諾があれば、里子から養子縁組に進むケースだってあるのだ。
その時さっちゃんはきっと正しい結論をだす。
心優しいパパとママの愛情を受けて育ったのだから。

里親制度の基本は、何らかの事情があって子供を育てることができない場合、一時的にその子供を親に代わって養育する。という制度であり、養子縁組とは根本的に異なる。
里親は実の子供と思って愛情を注げば注ぐほどに、この子をいつか手放す日が来るのかもしれない。という哀しみを抱える宿命をもっている。
その日が来るかもしれないというやるせなさを感じながら、それでも全力で里子を慈しみ育てる里親がいるということを知って欲しい。

里親制度について「里親手当を私的に流用している」「金目当てだ」などという批判を耳にすることがある。確かにそういう里親もいるだろう。そうした不適格な里親への批判の声は正義の矛に他ならず、不埒な里親への警告となり、予防効果にもなるだろう。
しかし、この杉本夫妻のように善良で、里親としての適性に優れた方々も天理教内には多く存在すると僕は信じている。
どうか一部の不届き者をして、それがすべての里親の在り様を現しているとは思わないで欲しい。批判の連鎖によって、里親制度自体が廃止される、あるいは予算を削られるようなことになってしまっては、里親のなり手などいなくなってしまうかも知れない。
その時、日本中に存在する「さっちゃん」を、一体誰が救ってくれるのだろう。
里親制度を語る時、それを応援する人、批判する人の別なく、一番の当事者である子供のことを考えてあげて欲しいと強く思う。
親に捨てられた子どもたちの、心の中に吹き荒れる嵐に想像力を働かせて欲しい。
杉本夫妻のような善良で心優しき本物の里親に、勇気を与えてあげて欲しい。
一度親に捨てられた子供を、社会が見捨ててはならない。
罪無き子供が二度も捨てられてたまるものか。
どうか、善良な里親を応援してあげてください。お願いです。
(了)

追記
この記事を書くきっかけになったのは、懇意にしている杉本君からの1本のLINEだった。
原文のまま記してみる。
22:36
杉本 明日、○○市に車で行くのでBeちゃんの膝元を通過させて頂きます。あー、めんどくせ〜!

22:37
Be どないしたん?エライ怒ってるやん。

22:43
杉本 生後10日からずっと一緒に生活してるさっちゃんに、実母が面会させろと言うので○○市の児童相談所までいきます。日本の親権至上主義、どないかして欲しいわ。

22:44
Be そっかあ。そら腹立つよなあ。

22:50
杉本 里子かも知れんけど、さっちゃんから見て家族は私たちしかいてません。今の環境が親権システムと言う刃に壊されん為に、さっちゃんと毎月、おぢばがえりしてます。さっちゃんは、何でかよー分からんままおぢばがえりしてますが、神殿前のテキ屋の老夫婦と仲良しになったので、たこ焼きとかき氷🍧を楽しみに行ってます。

23:04
杉本 5月の僕の誕生日に僕が知らないうちに独学で電子ピアノの練習をしてくれてたみたいです。里親って辛いです。動画見てやってください。

23:04  ■動画で誕生日のシーンが流れる■

23:07
Be さっちゃん、ほんまにエエ子やなあ。泣けて泣けて仕方ないわ。さっちゃんの家族は杉本っちゃんたちしかおれへんのになあ。アカン。声出して泣きそう。

08:18
Be おはよう。里子って実の親が返してくれ、て言ったら返さなアカンの?この話、noteで書いてエエか?天理教の中にも、里親を金儲けみたいに批判する奴がおるから、悔しくて仕方ないねん。

10:08
杉本 全然大丈夫🙆‍♀️ 今、○○○SA。里親をちゃんと理解してくれていない人たちがよく言ってますよね。ただ、里親にも確かにいろんな奴がいるのも確かです。

10:14
Be いま、ちょっと電話で話せる?

10:19
杉本 了解

■電話で話す■ この時に詳細確認した部分が今回の記事の骨子となった。

12:24
杉本 Beちゃん、先程はありがとうございました。すみませんが、noteやスペースの中であまり児相や実親批判にならないようご配慮願います。
子どもたちの頑張りを皆さんにもっと知って貰えるとうれしいです☺️

12:43
Be うん。分かってるよ。noteに上げる前に、杉本っちゃんにチェックしてもらうから。
と、こんな会話をした上での今日のnoteである。
最後に、パパの誕生日パーティを撮った動画をテキストで再現してみる。
さっちゃんは小学1年生の女の子。
今日は大好きなパパの誕生日だ。
さっちゃんはパパの誕生日に「ハッピバースデートゥーユー 」を弾いてお祝いしようと思っていた。
テーブルのお誕生席にはパパが座り、ママとお兄ちゃんも席に着いた。
さっちゃんが部屋の隅に隠してあった電子ピアノの所に行くと、パパの前に置かれたバースデーケーキのローソクにママが火を点けた。
さっちゃんはパパに内緒で、誰にも教わらずに電子ピアノを一人で練習し、なんとか「ハッピバースデートゥーユー 」が弾けるようになっていた。
お兄ちゃんがフォークでテーブルを叩き、出だしのリズムを取る。
さっちゃんが弾きだした。でもとても緊張していたので、途中で間違え、指が止まってしまった。
悔しそうに顔を伏せるさっちゃんに、パパが「はい。もう一回」と優しく声をかける。
さっちゃんは2回目も間違えてしまったけど、最後まで弾くことができた。
でもパパは「もう1回」と言った。「もう1回弾いてごらん」
3回目。さっちゃんは間違えずに最後まで弾くことができた。
小さな部屋に歓声が上がった。
パパが笑顔でローソクを吹き消すと、ママとお兄ちゃんが拍手する中、さっちゃんは電子ピアノを放り出しパパに飛びついた。そしてギューっと胸に顔を埋めた。
家族みんなが泣きながら笑っていた。

善良な里親なるがゆえの悲しみとやるせなさ。それにも増して、大人の都合に翻弄される子供の、脆く傷つきやすい心。
こうした悲しみのカタチもあることをどうか知ってほしい。
願わくば、せめてお道の人だけでも、十把一絡げに里親制度を批判することは止めてください。多くのさっちゃんの為に。心からお願いします。

ではまたいずれ。

『翻弄される里子。そして里親の哀しみ・・・その後』

文責/Be
校正/Dr.Charlotte.Ozaki


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