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[Ep.8] 「コミュニケーションの品格」と「知的謙虚さ」と「つながりやすさ」と

▶️ Beside the Seaside はこんな番組

人も事象も生き方も、決して一面からだけではとらえられない。
A面の裏には B面、 はたまたC面だってある。
そんなB side, C sideについて、ゆるーい雑談を通して言語化してみたり、笑い飛ばしてみたりして、味わう。
生まれ故郷・茨城の海沿いの街と、東京とを行き来する2人がみなさんと作りあげたい、言語化 × 雑談プログラムです。
毎週水曜 17時配信。

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▶️ B面のはなし

気持ちと行動の一貫性


今回、番組の終盤で、良き行いは純度100%の善意から生じるものでないと許せなかった時期があった、という話をしました。
気持ちと行動に乖離があることが許せなかったというか、本音と建前的な考え方が許せなかったというか。

当時、部活動の一環で、障害を持つ方々と交流したり、ボランティア活動に参加したりすることがあったのですが、自分がその活動をする背景には、「こういうことに意識が向く私って素晴らしいでしょ」という思いがあったことも確かで、まず、そんな気持ちがあること自体に後ろめたさを抱えていたし、また、その気持ちを隠していることにも罪悪感を覚えたりしていました。そして、そういう自分がしている行いは所詮、偽善でしかないのだとも感じたりして。(今思うとなぜそんなに自分を責めていたのか謎ですが。)

それでも大人になるにつれ、その一貫性のなさや、本音と建前が異なることに対して、ある程度の受容はできるようになり、そこまで自分を責めることもなくなったのですが、時々ふと、その「所作」を身につけた自分に、「きったねぇ大人になっちまったな…?」と思うことはありました。

そんな私だったので、今回の話を通して、「言わなくてもいい本音」っていうものは確かにあって、そしてその「本音を言わない」ってことは、罪などではなく、品格・マナーなのだと認識できたことは、自分にとって大きな視点の転換だったなと思います。

真代さんが食事のマナーに例えていたのが、非常にわかりやすかったです。確かに、普段誰も見ていない一人だけの食事の時は、寄せ箸・刺し箸・犬食いなど、到底人様にはお見せできない所作の私ですが、誰かとの食事とあらば、それは当然封印しますし、そこに対して「隠している罪悪感」は生まれていないように思います。(あ、でもフレンチのコースとかになってくると、「お前そんな上品な人間じゃないだろ!」的な自分ツッコミを入れがちかもしれませんが。苦笑。)

この回の収録をした頃、『いちばん好きな花』というドラマの内容がちょうどそんな話で、登場人物に共感しつつも、「それは…!その本音は言わなくてもいいやつ…!」と、あるシーンで、彼の肩を掴んで止めたくなったのを憶えています。

最後に、ここまでの話とは全く関係のないことで恐縮ですが、ひとつ謝罪をば…。番組冒頭、髙橋、エピソードトーク下手すぎで失礼しました。後で客観的に聞いたら自分でも「…何これ?は?」てなりました。あと話しながら自分で先に笑っちゃう癖もどうにかしたい…。精進します。

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