英語を使った仕事の実態(とある大企業の禁忌目録#26)

私自身、帰国子女でもなく留学経験があったわけではない。大学受験のノウハウを使って勉強した結果、TOEICで900点以上取れるようになった(誰でもできる)。しかしながら、このまま、日本で勉強を継続したとしても、英語で日本語と同じ程度の思考力を持てるようにはならないと思う。日本人が、英語だけで読み書きするのはかなり非効率だ(ネイティブレベルの英語力に憧れる気持ちは分かるのだが)。
ネイティブレベルの英語力を身につけるには、英語を母国語とする人が大多数を占める国(アメリカやオーストラリア)で少なくとも10年以上住んで、高いモチベーションで勉強をし続ける環境が必要である。大学時代に交換留学の経験を持つ同僚ですら似たような感覚を持っていた。

時差のある海外の会社やその従業員と対応すると、電話よりメールで日常的なやりとりをする機会が多い。また、外国人も英語が不得手の日本人に気を遣ってメール中心でコミュニケーションしてくれることもある。文章作成では日本語の入力と比べると英語はひどく非効率だし、Webページで情報収集するのも日本語と比べて英語の記事では読むのに時間がかかるし、理解度も低い。そこで、いろいろとテクニックが編み出される。

・翻訳業務
文章を翻訳するときはGoogle翻訳を使う。主語・述語をしっかりした日本語を書いて、Google翻訳にかけて後で修正。総合的には一から英語を作るより何倍も速いし、英訳がうまくいきやすい日本語を作成する奇妙なノウハウが身につく。和訳だって、Google翻訳に放り込んでから、英文と見比べる方が、一から自力で和訳するより何倍も早い。
もちろん、英語ができることをやんわり周囲に主張したいときだけ、見栄を張っていきなり英語でサクサク読んでいるようなハッタリで対応する。理解していなくても、日本語と同じくらいのスピードでサイトをハイスピードスクロールしていく。というのが、TOEIC900点の日本人の英語力の実態だ。

・スピーキング
日本人が日本語で話すのと同じように英語で話すことができるのだとしたら、その英語力は相当高い水準である。
日本語感覚でコミュニケーションを進めるではなく、向かい合っている課題を頭の中で整理して、説明不要なものはあきらめてポイントだけ確認する。日本語だと理由までしっかり聞いて意図を確認できることでも、その後の対応に問題がないのなら、英語で「YES/NO」だけで端的に聞くことでも問題ない場合が多い。
そして、細かい文法は割り切る。三人称単数や時制の細かい使い分けで頭を悩ませるくらいなら、「Are you like Shushi?」とか「easier」を「more easier」と変な言い方になっても気にせず、伝えられる情報量を確保することを重視したほうがいい。
英語がネイティブでない人同士ならに問題ないし、ネイティブが相手でも最初に「文法拙いが、コミュニケーションを頑張って取る」ことが伝われば問題にならない場合が多い。良くも悪くも、英米人たちは日本人の英語が拙いことをよく知っている。

・リスニング
わからなければ何度でも聞き返そう。同一言語で閉鎖的な環境で育った日本人にとって、「言葉がわからない」と告白するのはプライドが許さない(気持ちは分かる)。逆にブロークンな英語をこちらが話すと、アメリカ人やオーストラリア人は嫌な顔をせずに、絶対聞き返してくれる。国の中で多民族が当たり前で多様な言語があることが身近だと、「言葉がわからない」と聞き返すことに何のためらいも感じていないようである。彼らにとって、分かったふりをすることは考えられないのだろう。
聞き返しを何度かやると、話しているほうもだんだんと簡単な表現を使ってくれるようになる。それでいいではないか。何度も申し上げるが、私たちは英語がネイティブではない。

・プロの通訳
だが、本当にネイティブレベルのフォーマルな英語が求められる状況もある。例えば、エグゼクティブレベルの会合や契約内容を精査するような細かいニュアンスまで必要な機会である。その場合は、その業界に強い通訳を雇おう。フォーマルな英語を習得する年単位の時間に比べれば、よほど正しい決定だと思う。日本人は努力大好きで、自分でしゃべれるようになる努力に価値があると信じている人が割といる(気持ちは分かる)。
注意が必要なのは、相手がフォーマルで自然なコミュニケーションを維持できないと気持ちよく仕事できない人物である場合、フォーマルな英語が求められる。もしそれができなければビジネスの関係を結べない可能性もある。背伸びをして関係を継続させるかどうかは検討すべきだと思う。

これらのノウハウは、英語を話せることを売りにする社員がこっそりと使っている。商社ベテラン社員もこれら手法を使っていることを、私は知っている。子供の頃から海外に滞在できた帰国子女の方ならまだしも、ネイティブとのやりとりを英語で胸を張って「できる」と言う人はほとんどいない。英語が管理職への昇格条件になる会社も増え、一つのスキルとして評価されやすくなっている。自信がなくても、TOEICの高得点をステータスとして、価値のあるものとして周囲に見せることが当人の利益につながる。社内で言う「英語が話せます」には、本当にネイティブとやりとりする自信がなくても使われる表現なので、注意した方がいいと思う。

無論、学生に関しても、10年以上の海外経験のある帰国子女でなければ、TOEIC700点くらいとれる気合いを示しておけば、後はやる気だけで評価されるはずだ。

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