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【映画鑑賞】2023年6月(今月の10本)

6月も10本観ました。映画を見て感想を書き内観することで確実に自分の内面が進化している事を感じます。ラスト6ケ月自分の身体に何があろうとも60本観きろうと思います。映画を観る為に設定する人生の余白やエネルギーが自分の人生を豊かにしてくれていると信じています。

【第一位】Life is Climbing(劇場で鑑賞)

この映画を観る前の日に「アルピニスト」という孤高のフリークライマーのマークを描いたドキュメンタリー映画を見た。その後にこの全盲クライマーのコバさんのドキュメンタリー映画を見に行った。2作続けて観る事によりクライミングという少し一般的でないスポーツの多様性を感じた。クライマーってカッコ良いよね。

見終わった後の感想は「この世の中は何も当たり前のものはない」のだなという事であった。

全盲のコバさん相手にオカッパの恐らく小学生の女の子が正確なナビゲートするシーンにまず感動してしまう。なんといい子なんだ。コバさんがナビゲーターの直也さんについて話す所で「ナオヤの声は楽しい。彼の声は自分を鼓舞してくる」という言葉に早々にハッとする。我々は見た目、仕草、雰囲気などで人を判断する。全盲の人は他人を判断する基準は声色なのだろう。その声の出し方などによって人柄を判断する。車椅子生活で病気が悪化する西山さんをコバさんがお見舞いに行った時に西山さんの言った言葉も衝撃だった。「税金を払いたいんや。足掻いていく事を今後の人生としようと思ってるんや」と言った事。そんな事を考えてるんや!とびっくりだった。そして全盲のコバさんがその言葉の響きまでを黙って聞き取ろうとしている。

「この世の中は何も当たり前のものはない」

そして全盲ながらエベレスト登頂したエリックが「全盲の登山には恵みがある。パートナーに頼り信頼することにより成り立つ。それは孤高の登山にはないものだ」みたいな事を聞いておおっ!と思った。アルピニストを見た後だったので登山とは人を哲学者にする物だなと思ったし、色々な登山がありそこに豊かな多様性を感じた。アメリカの赤い岩山でキャンプファイアーしながらナオヤがバイオリンを弾きアメリカ人のナオヤの友人がギターを弾きコバさんがバケツドラムするシーンもあり得ないくらいクレイジーだった。

最後のフィッシャータワーに全盲のコバさんが登るシーンは感動したが少し制作者側のエゴも見えた。「全盲のコバさんが登頂した時に何が見えたかを聞いてみたい」とナオヤが言った時、おいおいこの素晴らしい映画を台無しにするようなテレビ的な演出は止めろよと思ったが最後のエンドロールのオチでホッとした。

【第二位】残酷で異常(2014年 カナダ)

映画というアートが媒体として優れている事としてループ物を描けるというのは1つあると最近思うようになった。

表面的に観たもの、一方的な視点で観たものを他者目線から見ると違う世界が浮かび上がってくる。主人公は妻殺害の後、妻の盛った毒で死んでしまう。死後には更生施設があり何回も殺害現場をループし、戻ってミーティングする事を永遠にループする羽目になる。

こんなループは嫌だ!と外に飛び出した所でゴードンやメイロンの中に入り込んで他者目線からの自分を知る事になる。ループから抜け出す為に1972年から施設にいる若い女性ドロシーの手を借りるが最終的にはドロシーを救ってしまう。最後は老女となったドロシーとメイロンとゴードンが現実の中で会いエドガーをお見舞いするシーンで終わる。

面白かった。着想の勝利だと思う。

【第3位】パームスプリングス(2021年 アメリカ)

タイムループ物ってハズレがないんじゃないんだろうか。

このタイムループは他と違うのはパームスプリングスという避暑地での身内の結婚式という非日常だというところだろう。

ビール、アバンチュール、セックス、そしてこのパームスプリングスという場所なら永遠の命を手に入れたなら永遠に繰り返しても良いと思うのかもしれない。

ナイルズとサラ。2人ともぶっ飛んだキャラクターだが特にサラを演じたクリスティン・ミリオディという女優がステキ過ぎる。最初はメンヘラで挙動不審な尻軽女性にしか見えなかったが話に進むにつれてどんどん感受性が豊かになっていく。

男女のロマンス。両思いの二人がはまり込んだタイムループは甘美だがそれでもそれ以外の世界が動いてこそ、その愛は輝くんだよね。コメディだけどそれなりに考えさせられる、楽しめる内容だった。

【第4位】アルピニスト(2021年 アメリカ)

孤高のフリークライマーのマーク・アントレ・ルクレールのドキュメンタリー。

SNSで自分を皆見せたがるこの昨今何とマークは携帯も持たない。住居の階段の隅やテント生活で後は世界を転々とするADHD。所謂社会不適合者だ。だがブロンドの同じく冒険家のブレットという可愛い彼女はいる。

アイスクライミングとロッククライミングのミックスという前代未聞のスタイルで雪と氷と岩の厳しい雪山を走破していく。彼の登山には彼なりの掟がある。それは下見をせずに初見で登る、単独登頂は誰にも知らせずに登る。「誰かが居たら、撮影されたらそれは単独登頂ではない。それはまた別物になってしまう」という彼の言い分は頭で解っても心で理解できる人はいないだろう。彼は自分を表現したいのではなくただ感じていたいのだろう、この上なく純粋に。

危険な山に何故登るかというのは大いなる矛盾だ。偶にそれを格闘技にもそれを感じる。リスクのない山に登るのは意味がない。でも生きていたい。それはきっと山に登らない人には解らない矛盾だろう。

この途中に出てくる母親がとてつもなく輝いてチャーミングだった。この母親の導きによりクライマーとして短くも充実した人生をマークはおくる事が出来たのだろう。

【第5位】めがね(2007年 アメリカ)

「かもめ食堂」の荻上直子監督の映画。

携帯が通じない離島に旅に来たタエコ
その宿ハマダの宿主ユージ
島の住民らしいハルナ
春だけ来て居候しているサクラ
そのタエコを追ってきたヨモギ

その5人が出会い共に日々を過ごすのだが最後までその5人には謎が残る。そして最後までフワッと謎が解き明かされる事はない。

離島のスローライフで本当の自分、自由を見つけた都会人の話と観ている人が多い事にびっくりする。

全てに辻褄が合わず噛み合わず謎のままで話が進んでいく。

1番現実に存在しているように思えないのはサクラだ。タエコが起きたら常に枕元にいる。謎のメルシー体操を島の人達を集めて行う。かき氷店でお題を貰わない。雨季が来たら音も無く去っていく。

ハルナも変だ。そもそも高校の教師に見えない。何故かハマダでご飯を食べる。タエコに羨望か嫉妬かわからない態度で接する。プラナリアの話をしたり突然死にたいと平然と言ったりする。

タエコとヨモギの関係は何なのか?ヨモギはタエコの生徒なのに何故追ってきたのか。とても恋人どおしにはみえない。ただ追ってきたヨモギはこの島の事を何故か良く知っている感じなのは何故か。

そもそもサクラの自転車の後ろに乗る事が何故そんなに羨ましいのか。

与論島で昼寝をしていたらこんな辻褄の合わない夢を見たのか、それともこれは死後の世界を見せているのか。これは解釈を超えた不思議な映画だ。お手上げだ。

【第6位】家族を想う時(2019 イギリス、フランス、ベルギー)

この映画は「チョコレートドーナツ」を観た次の日に観た。ケンローチ監督の現在に蔓延る「ギクエコノミー」による搾取について描かれている。


この映画はある程度誇張はあるものの実話に基づくものらしい。1番下にその記事を貼り付けておく。

AIやSNSの発展は人から仕事を奪ったり、人が楽になり余暇を過ごせるようになるのだろうか。管理者側は末端の人間の動きをより正確に把握する事により搾取するだけなんじゃないだろうか。リッキーの受けた待遇は独立した個人事業主と言えば聞こえは良いが責任を末端に取らせるだけの汚いやり方である。

こういう汚い弱者の弱みにつけ込んだやり方は手を変え品を変え編み出してくる。悪気はない強者は弱者の多様性など知った事ではない。では弱者としてはどうするべきなのか。どんな時もいざとなれば中指を立てて仕事を辞めるつもりで仕事をした方が良い。

この映画ではキレまくった人が出てくる。リッキーの同僚が元締めみたいな奴にキレまくっているシーンが序盤にあり、リッキーもキレるし、最後にはアビーもキレてしまう。キレる事が日常茶飯事になってはいけない。その前にやっぱり何とかしないといけない。

健全な社会生活を送る為には適切な「余白」が必要である。リッキーとアビーがジェーンのグラフィティを一緒に見ているシーン、アビーが緊急で介護に向かう時に家族皆んなで歌いながらバンで向かうシーン。人生はこういった余白の為にある。

私と同じ病気を10回再発した人が言っていた事がいつも心に残っている。
「誰にでも仕事上で会ったら胃が痛くなる人がいるだろう。その人は自分が死にそうな時助けてはくれなかった。本気で心配してくらた人は家族や本当の友人だけだった」

それは自分が大病した時に感じた事と全く一緒だったんだ。

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イギリス南西部ドーセットのクライストチャーチに住む53歳のドン・レーンは、英国最大手の配送会社「DPD」でアパレルメーカー・ネクストやショッピングサイト・エイソスの衣服などの配達員として19年間働いていた。レーンは糖尿病を患っていながらも、あまりに配達スケジュールがタイトなため病院に通うことができず、ある日、運転中に倒れ、糖尿病性昏睡に陥ってしまう。もう限界が近づいていた彼は、糖尿病によって引き起こされた目の症状の治療のため、事前報告して休みを取った上で診察を受けに行った。しかしDPD側は欠勤によって依頼分の配達をこなすことができなかった代償として、彼に150ポンドの罰金を科した。DPDは配達員を業務委託扱いにし、荷物を配達するごとに報酬を加算する方法を採用し、ドライバーが依頼した分の配達を達成することができなければ損害賠償を請求する規約を敷いていたのだ。
もし体調が悪くて働けないならば、配達員たちは、カバーしてくれる代役を予め用意するか、制裁金を支払うかしかない。彼らは、有給休暇や最低賃金を保障された労働者として扱われていなかった。レーンは、罰金制度による請求を恐れていたために以前から何度も予約していた診察を飛ばして勤務に出ていたのである。それ以降、追加の罰金を支払う余裕もない彼は、病院に通えないままクリスマスの配達ラッシュの間も無理をして働き続け、その結果、2018年1月4日に死亡した。

【第7位】ジェントルマン(2019年 アメリカ)

ガイリッチーの作品。らしいと言えばらしい作品。

登場人物がやたら出てきてやたらと喋ってとっちらかり気味の前半だったけど私立探偵と用心棒の喋りと回想でようやく見れるようになった。

筋はあと一年したら全て忘れるんだろうな。

マシューマコノヒーの凄味のあるイケメン力で最後まで押し切った。まあ彼が最後まで生き残らんとしまらんわな。

【第8位】チャーリーとチョコレート工場(2005年 アメリカ/イギリス)

韓国のイカゲームをファンタジーたっぷりにしたらこんな風になるのかなと思った。
ウンパルンパの唄で思考がぶっ飛んでしまい上手くいつもの感想が書けません。

【第9位】バースデー狂騒曲/シャロンストーン世界で一番のハッピバースデー(2017 アメリカ)

シャロンストーンを久しぶりに観た。
シャロンストーンは1990年代前半の世界のセックスシンボルであった。そのシャロンストーンももう還暦だ。

主人公セナの46歳〜50歳までの誕生日だがそれを演じているシャロンストーンは59歳である。ビギニを着たりとても還暦には見えない、妖怪である。

だけど顔は変わっている。40までのシャロンストーンは正に魔性だった。だが今も超美人だが普通の美人にしか見えなかった。

人生色々あったんだろうなぁ。

本作品は見どころは余りないがセナの親友のダーラが無茶苦茶良い子で彼女の独白だけが心に残っている。シャロンストーン演じるセナはメンヘラ満載でそりゃあかんやろ性格満載だった。

「私は願い事だらけの人だった。それって可笑しいよね。世間で私は穴だらけの人だって曝け出しているようなものだった。ある時私はあるものに感謝するようになった。私の中にあった色々な穴は最終的に無くなったのよ」

【第10位】チョコレートドーナツ(2012 アメリカ)

この映画、涙腺崩壊ていうけど本当かね?

舞台は1970年代。なので画素数低めのシーンが続く。ゲイのカップルがネグレクトな母親の元からダウン症の子供を何とか救い出し引き取ろうとボロボロになりながらも裁判で闘うみたいな話。

法律も人が使用する故にその人に偏見や思い込みがあればその法は健全に執行されない。
検察官は裁判に勝つ為には何でもやるし、裁判長は人1人の権利よりも社会全体を守る事を優先する。

私はその理不尽さを知っている。だからこそもっとキチンとリアリティを持って描いて欲しかった。

この映画は実話に基づいていると言われている。だがそれ自体はかなり大きな嘘がある。この脚本家は昔近くにゲイカップルがダウン症と住んでいたという経験から着想を得たらしいが裁判だとかそんなのはなかったらしい。

私がこの映画に失望したシーンは何点かある。

ルディが何故そこまで接点のないマルコを引き取って育てようとしたのか全く唐突で感情移入出来ない。

検察官が幾ら裁判に勝つ為とはいえネグレクトな薬中の母親と司法取引をして刑期を短くしようとしてまで勝つメリットがない。

裁判官や監察官などにわざわざマルコの死を手紙で伝えるポールの行動もあざとくて気持ち悪い。

なのでこれは多分実話ではないだろうなと途中で白けてしまった。実話じゃなければいけない訳ではない。ただありもしない話をでっち上げてマイノリティ差別というトピックを使ってヒット作を作り上げたり持ち上げたりする人達に鳥肌が立つほど気持ち悪さを感じるだけだ。

この映画の1番好きな登場人物はマルコの教師役のケリー・ウィリアムズだ。彼女がこの映画の唯一の救いだ。「Lie to me」に出てくる女優さんで本当にもっと出てきて欲しい好きな女優さんの一人だ。

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