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創作 フィンガービスケット

バジリコの指は動いては止まり、止まっては忙しなく動くを繰り返している。
目の前にはパソコンのモニター。開いているのは「note」の投稿ページ。
バジリコがここにエッセイや短い小説を投稿し始めてから約1年。いつからか書くことにのめり込み、note内で開催されるコンテストの入賞を目指すようになった。平凡な主婦から物書きに。そんな夢まで見るようになった。

今『ピカッとグランプリ』では「手」をお題に小説を募集している。私設にしては珍しく賞金額も大きい。1円の収入もないバジリコにとっては大層魅力的だ。小説は数本しか書いたことがない。でもアイディアはすぐに浮かんだ。書く時間が取れずに諦めたコンテストもあったが、今回は書けそうだ。締切まで随分時間があるーはずだった、が。

気づくと時刻は22時。5月10日、締切の夜。子どもの手が小さく愛しい、バジリコはその想いを元にストーリーを作り書いてみた。

しかし、何度書いてもエッセイのようになってしまう。それとも主題の問題だろうか。我が子の手が愛しい、だから幸せ?それじゃあ小説にならないのか。
「ダメだ」
バジリコは腰をあげ、キッチンに向かい冷蔵庫を開けた。チルド室の引き出しから大袋を出す。中にはフィンガービスケット。昨日スーパーで見つけて、懐かしさのあまり買ってしまったのだ。子どもが寝てからのお楽しみに食べようと冷やしておいた。

「『指』なら書けたかも」
銀色のアルミホイルを剝くと、チョコレートでコーティングされた長細いビスケットが出てきた。「フィンガービスケット」は名前のごとく指の形をしている。つまんで口に入れるとサクッ。チョコレート、次にビスケットの味が広がる。

子どもの頃、バジリコにとってこれはご褒美だった。テストが100点だったら5本、ピアノの課題曲を1回で合格できたら3本、あの人から与えられた。「ありがとうございます」と言って受け取るそれは、宝石のようにキラキラしていた。巻かれたホイルをゆっくり剥がして、サクッ。口になくなったらまたサクッ。

包のホイルは指で綺麗に伸ばした。皺は戻らないが、それでもその一つ一つが小さな反射を起こし、バジリコの目にはとてつもなく美しく見えた。バジリコはそれを重ねて引き出しにしまい、時々手にとっては眺めた。

24時。締切の時間だ。画面には「フィンガービスケット」の文字。
「手じゃないじゃん」
肩で笑ってしまう。
結局私は何者にもなれない。

キーボードの横に、中身のなくなったホイル。銀、金、黄緑。バジリコはそれを一枚一枚、指先で開いてそっと重ねる。
何者にもなれなかったけど、今ならいつでも好きなだけフィンガービスケットを食べて、キラキラホイルを重ねられる。10枚も100枚も。でも、100枚集めるには子どもと夫の協力が要るだろう。

炊飯器が空だ。朝、2人の食べるものがない。炊いてから寝ないと。
バジリコは重ねた包みをゴミ箱に押し込んだ。

(1200字)




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