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テレビの世界の話③リニア編成の先にあるもの

時刻表で空想の旅に出る

 幼少期から鉄道好きで中学生の頃からは時刻表の数字の羅列を眺めては思いを巡らせていました。~昭和50年代半ば、名古屋23:55発の802列車は10系客車寝台を併結した夜行急行「きそ」。時刻表をめくり中央西線・篠ノ井線のページ。木曽福島には深夜2時51分(26:51)に着く。街は静まり返っているが、ホームには煌々と明かりが灯り、先頭のEF64につながれた荷物車では生活物資の積み下ろしの息遣いが聞こえる。まだ夜明け前、この街にはどんな人が住み、どんな生活をしているのだろうか-そんな空想を巡らせて机上の旅を良くしていたものでした。

番組を編成するという空想

 何十年もたった今、今度は放送における「編成」という領域で同じように数字の羅列を時系列に組み、まだ見ぬ近未来の番組編成を空想しています。この時間帯には誰が何をしながらテレビを見ているのか、世の中はどんなトレンドの渦の中にあるのか。その空想の果てにリニア編成の妙があったりするのです。

テレビにおける「リニア放送」の面白さ

 以前、テレビにおける生放送について書きましたが、コミュニティの共感性、同時間体験、それはリニア編成で如何なく発揮されると感じています。自身が携わっていた衛星放送局でも開局20年を記念して「20時間テレビ」で生放送を行いました。大いなるショーケース番組として、おそらく通常の生活習慣では見ることの無い番組を、様々な人々に、様々な時間帯で接触してもらう機会と捉えて実行したものです。

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コンテンツ至上主義の危うさ

「良い作品は見てもらえる!」「キャストもストーリーも強ければGOだ!」というコンテンツ至上主義を決して否定するものではないのですが、やはりテレビの醍醐味は「コンテンツ×時間」を徹底的に考え抜くリニア編成に醍醐味があのではないかと思います。

 いや、それよりオンデマンドの強みである「いつでもどこでも」「好きなジャンルを徹底的に」の方が、現代のコンテンツ消費社会においては優位性が高い、という意見もあるでしょう。さらに、AIリコメンド機能の充実によってそれは一層エンハンスされるのですが、そこに「時間」はどう存在するのでしょうか。アルゴリズムに支配されるN社のリコメンド機能に「時間」評価が加わったら無敵になるのでしょうか。

可処分時間と0.5段目コンテンツ

 これほどまでに映像コンテンツや動画に接することが容易になった昨今、実は多くの人は選択肢が増えたことに対してネガティブに感じている人も多いかもしれないのです。たくさん見られる、けど自分が見られる時間は限られている、映像を見ること以外にもやることがたくさんあるのです。つまり「可処分時間」がそんなに多くは無いのですね。だから、2時間の映画を見る場合も、自分の2時間を有意義なものにしたい!失敗したくない!と思う人も多く、あらかじめ「ネタバレサイト」や「Youtube解説動画」などで研究して、「おそらく満足いく2時間だ!」と確認してから見る傾向が出ているらしいのです。こうした解説動画やネタなどのコンテンツを「0.5段目」コンテンツというのです。この「0.5段目」コンテンツというものがとても大切な考え方になっているのです。すべては「可処分時間の奪い合い」なのです。

再び、時間とコンテンツについて

 近年“時間医学”なる研究が進んでいます。体内時計を考慮して病気をとらえ、体内時計を応用して治療していこうというものであり、高血圧症の治療に当たって血圧の日内変動に合わせて降圧薬を服用する時間を決める、といったことです。運動に適した時間帯も午後3時~7時頃、だからオリンピックの記録が出やすいのは午後7時頃と言われていますね。生体は時間から離せないもの、やはり、人は時間に支配されているのです。

 こうしてみると、我々が何十年と構築してきた「コンテンツ×時間」のリニア編成も人間の心の奥底に訴える方法論として決して間違えではないといえます。時間を加味することによって、コンテンツ至上主義から“放送文化”の領域へと昇華できるのではないでしょうか。

 最近知人が語った興味深い発言をふと思い出しました。「今やFacebookはリコメンドされたニュース記事や広告が並び、そして友人の近況(番組)が時系列で登場してくる。これはまさに地上波の商業放送編成の生き写しではないのか」と。地上波のエコシステムがSNSに急速に移植されているのも知れないのです。

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テレビは時間のメディア

 私がテレビの世界に足を踏み入れたのは1988年、最初は報道局の配属でした。そして将来は編成の仕事をしたいと語った時、先輩から進められた一冊の本があります。そこには「編成」を的確にとらえた箇所があります。日本経済新聞社放送担当記者の松田浩氏(当時)が記した一文。です

『テレビは時間のメディアであり、番組はチャンネルごとに時間の縦軸に沿って配列されているからである。(中略)この場合時間軸とは、必ずしも一日の放送時間や週単位のそれに限定されるものではない。その時代の政治、社会、文化状況の下での人々の生活のなかで、「なにを」「いつ」「いかに」伝えていくかという、それ自体、きわめてジャーナリスティックで、価値選択的な意思決定を、編成は日常的に下している。』(※)

 

VODサービスとの熾烈な戦いの中、多くのテレビマンが培ってきたリニア編成の知見は決して無駄なものではないと思います。今だからこそ、敢えて「コンテンツ×時間」について、あるいは「リニア編成」という人海戦術的リコメンドについて、今後のデジタル領域でどのように利活用できるのかを議論しても良いのではと感じました。
※NHK放送文化調査研究所編「テレビで働く人間集団」(1983)

最後までお読み頂きありがとうございました。


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