バリスタとサスティナビリティ

もうすぐ1歳になる息子が、リビングに転がるミルクピッチャーをおもむろに持って遊び出す。コーヒー器具が溢れている我が家では、日常的な光景である。この子が大きくなったとき、もしかしたらバリスタになりたいと言い出すかもしれない。そのとき僕は心の底から賛成できるだろうか。否、現在多くのバリスタを取り巻いている決して褒められたものではない労働環境が変わっていなければ、残念ながら反対せずにはいられないかもしれない。

バリスタと言えばオシャレでかっこいい職業というイメージもあるかもしれないが、その実、労働環境は決してよいとは言い難い。もちろん店によって異なる部分は大いにあるだろう。しかし、雀の涙のような賃金で馬車馬のように働かされる環境が非常に多いのは僕自身も経験してきたところである。低賃金であることも改善しなければならない点であるが、それ以上に、特に社員のタダ働きが蔓延っていることはまったく問題だ。

極端な話では、店長という名目で文字通り365日働かされていた人や、労働時間が長いせいでうつになってしまった人もいる。そこまでではなくても、バリスタとしての給料だけでは生活がやっとで、将来自分の店を持ちたいのにそのための貯金すらできないと、一旦バリスタを辞めた人で言えば僕の周りだけでも複数人いる。

スペシャルティコーヒーにはサスティナビリティ(持続可能性)が大切だと言われている。近年SDGsでも有名になったこのサスティナビリティ(形容詞で言えばサスティナブル)という考え方はもともと、いわゆる開発途上国が多い生産国に対して向けられたものであるが、残念ながらそもそも現在の日本のバリスタの労働環境にはこのサスティナビリティが欠けている。

もちろん生産国のことを考えるのは大切なことである。コーヒー豆が生産されなくなってしまえば、そもそもバリスタという職業が成り立たなくなってしまう。しかし一方で、バリスタという職業に就く人がいなくなってしまえば、生産国のサスティナビリティも崩壊してしまう。すぐ目の前に転がっているサスティナビリティの問題をほったらかしておいて、スペシャルティコーヒーがまったく聞いて呆れてしまう。

息子がミルクピッチャーを太鼓のバチでカンカンと叩く。まるでバリスタの未来に対する警鐘だ。今のバリスタの未来のために、そしてバリスタを志す若者たちの未来のために、できるだけ早くその労働環境を改善していかなければならない。それが今業界に携わっている僕たちの重要な責務なのである。

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