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『般若の穴 1』

『般若の穴』 ❶

11月初旬、京都伏見稲荷、夜が白み始める。既に参拝の人が何人かいて、千本鳥居の方へと登って行く。「こんな朝早くからバカだなぁ」とか「何もそこまで」とか思いつつ、バカの仲間入りをさせて貰っている様で久しぶりに気持ちの良い朝だ。こんなにもたくさんの鳥居を並べる行為自体がバカバカしい。大人の悪い冗談だ。でもなんだか嬉しい。日本人は大昔からバカだった。そう思うと気分もスッと楽になる。
僕は恋人と一緒に紅葉の京都を楽しもうとやって来たのだった。天候にも恵まれた。今日はどんなバカ話をしても気分は晴れる。
「会社の人で若い頃に野球選手になりたかったって人がいて、その人どう見てもなれないだろうなって感じなんだけど、なんかイイなぁと思ったね。なりたいものがあって、幾つになってもかつての夢を人に話す事が出来て。僕にはそういうのがないな。何かになりたいとかなかったし、人に話す事も出来なかった」と僕は言った。
「小説家はどうなの?」彼女が聞いた。
「どうなんだろうね。そこまでなりたいとは思わなかったな。その人は高校の時には俊足巧打の3番バッターで、今ではそんな面影全然なくて糖尿病気味なんだけど、そういうのってちょっとチャーミングじゃない?」
僕は小さい頃からスポーツは苦手だった。足は遅く腕力もなかった。きっと僕はスポーツに真面目に取り組んでいた人の事が羨ましいのだ。
「チャーミング?あなたの方がチャーミングよ。今までもあなた、結構書いたの読ませてくれたじゃない?」
「原稿を推敲するのは辛いよ。結末が分かってる文章を5回も読み返したりとかしてさ。まだ原稿10枚くらいなら良いよ。でも100枚以上とかになると本当に酷いね。人生が浪費されてる気がする」
「本当よね。皆さんどうやって書いてるのかしらね。超人的に多作の人もいる訳でしょ?」
「本当だよ〜。一体何が面白くてこんなの書いちゃってるの?ってのも本になってるわけでさ、国によっては書いたら死刑になりそうな本だってあるわけで。ゲームなりセックスなりしてた方が、下らない本なんて書くよりもずっと面白いだろうに」
「貴方って結構本読むじゃない?読書とセックスとどっちが好きなの?」
「そりゃあ、君とのセックスが一番好きだし、大事だよ。出来ればずっとセックスだけしてたいよ」
「じゃあして〜。ずっとして〜」彼女はとてもセクシーな人だ。大好きだ。愛してる。
「君が良ければするけど、セックスばかりしてたら生活出来なくなっちゃうし」
「そうね。それは困るわね。お金は大事よね
なんか楽してお金儲からないのかな?」
「何か特許でも取れれば良いのにね〜」
「ねえ、貴方の読んでる本って、お金儲けの役にでも立つの?最近は村上春樹とか金原ひとみとか読んでるみたいだけど」
「全然金儲けの役に立ちそうにないよ。なんで読んでるのか自分でもよく分からないけど、同じ時代に生きてる作家さんだし、世間を理解する上で少しは役に立つのかなあと」
「村上春樹なんて本当に貴方好きなの?世間では矢鱈売れてるけど」
「なんかね。鼻に付くね、文章が。売れ過ぎだよね。小保方さんの本の方が面白かったな」
「貴方って本当に小保方さんが好きよね。どこが良いの?」
「そうだなぁ、読んでて凄く病み具合が伝わって来てゾクゾクしちゃうんだな。あんなに文章上手とは思ってなかったし。日常に潜む精神的リスクと言うか心の闇と言うか、そういうのが良いんだね。戦場の話とかヒマラヤ登山の話とか、そういう分かりやすいリスクも良いけど、小保方さんみたいなケースも良いよね。まだまだ謎めいた事件だしね」
「本当ね。直ぐに解決するかと思ってたけどね。意外と長く尾を引いてる。変な話ね」
「あんな綺麗で若い女性が妙な事になっちゃうってのは、ある意味ホラーだね」
「そうね。私なら発狂しちゃう。どうする?私が発狂しちゃったら。ねぇ、どうする?」
彼女はおどけて脅迫じみた下手くそな芝居をして見せた。
「村上春樹の本にも発狂しちゃう人が必ず出て来るよ。ホラーじゃないけど、プチ超常現象みたいな事がたくさん起こる。そういうのが特定のファンを惹きつけるのかもしれないな」
「オカルトなの?」
京都という街には至る所にオカルトチックな雰囲気が満ちているが、その中でもここ伏見稲荷の千本鳥居は、一段とオカルトチックな雰囲気が増す。日本人は昔からオカルトが好きなのだ。
「まあ、プチオカルトっぽい所はあるね。スティーブン・キングみたいな派手なオカルトじゃない。キングのは念力で物が動いたり発火したりとかあるけど、村上春樹にはそういうのはない」
「じゃあ、どういうの?プチオカルトって何?」
「なんかね、夢と現実が一緒になるとか、ほんの少し人の心とか未来が読めるとか、不思議な出会いとか偶然過ぎるにも程があるくらいの偶然の一致とか」
「意外と怖い話?」
「怖くはないけど、まぁ、現実と虚構の狭間と言うのかなぁ。プチ超常現象は何らかの精神的な病気の症状の様にも読めるけど、病名とか殆ど出て来ない」
「病名を書かないのは何か理由でも有るの?病名をはっきりさせといた方が分かりやすいんじゃない?」
「心の病の病名って色々有るけど、ややこしいんだよね。わざと説明しないのも文学的手法なんじゃない?」
「好意的に見ればそうだろうけどね」
「具体的な病名とか、彼なり彼女なりがどこどこの病院へ行って、薬はどんなものが処方されてて、1日に何錠飲んで、症状はこんなで。そんな事を具体的に書いてたら読者の想像力を殺すというのもあるし、あんまりガチガチに説明し過ぎると話が転ばないって事も有るんじゃないの?」
「そうかも。プチ超常現象を単なる精神疾患だとか脳の機能不全だとか思いたくない読者も多いのかな。夢を持たせてる訳ね?本当に超能力とか幽霊とか信じてる人は多いしね」
「そゆこと」と僕は言った。
認知症にはアルツハイマー型が多いが、レビー小体型という種類もあり、これはお化けや幽霊が見えたりする。周りにとっては只の病人の世迷言なのだろうが、本人にとっては実際に現実としてそれが居る様に見えるわけで、こうなると周りが説得しても意味がない。認知症患者が長編小説を読んで楽しめるとは思えないが、TVドラマくらいならば楽しめるだろう。
「村上春樹はファンタジーなの?」
「広い意味ではそうなんだろうね。でも、ファンタジーファンタジーしてない。現実の様な、夢の様な、精神疾患の人の妄想の様な。ちょっと曖昧。そんな所がきっと独特なんだろうね」
「ダークな感じ?」
「そうだね」
「なんか面白そうね。読後感は?」
「悪い」
「そうなの?なのに読んでるの?」
「嫌々読んでる」
「屈折してるのね」とまた彼女が言った。
僕は屈折しているのだろうか?だが、それもまんざら悪いことの様には思えなかった。
「ファンタジーって時々、ふざけてるのか大真面目なのか分からないのってない?」彼女が聞いた。
「ああ、そう言えばあるかも知れない」
僕はあまりそんな事を考えながら読んだ事はなかったけれど、よくよく考えてみると確かに彼女の言う通りだ。
「こっちが真面目に読んでたのに、やっぱり冗談でしたみたいなのってさ、なんか癪じゃない?」
「うーん」
僕はそんな事を考えて読んだ事が有ったろうか?彼女の言う事は的を射ている。
「小説を書いたり読んだり、そういうのって結局の所、妄想の共有体験みたいなもんじゃない?ボブ・ディランか誰かそこら辺の人が言ってなかった?」と彼女は言った。そこら辺とはどこら辺なのだろうと僕は思った。
「村上春樹の小説って幽霊も出てくるの?」と彼女が聞いてきた。彼女は幽霊とか前世とかを信じるタイプなのだ。
「まあ、あまりたくさんは出て来ないかな。幽霊が大活躍する様な事もない」
「あまり詳しく書かない事で、読者の想像を掻き立てる様にしてるのかしら?書かない事でかえって現実味を持たせるとか、そういう手法でもあるのかしらね?」
この人は読んでもいないのに何故か指摘が鋭い。
「『ゾンビ』っていう短編小説がある。これは傑作だね。5分で読めるし。オススメ」
男が女に対して毒舌を吐きまくる小説だ。恐らくは村上春樹の最高傑作だろう。世界の短編小説ベスト50には入りそうな気がする。
「それくらいなら読めそうね。今度読んでみる。村上春樹ファンってオカルト好きが多いの?」と彼女が言った。
「どうなんだろ。そういう訳でもなさそうだけど」
「貴方が小説書くとすれば、どんな小説書きたい?私はちょっとホラーは苦手なんだけど」と彼女は聞いた。僕は自分が書けるはずもない小説について、立派な小説家ぶって話をした。
「うん、まず主人公は15歳の少女だね」
およそ自分には似つかわしくない手に余る設定だ。15歳の少女の感情など僕に表現出来る訳がない。
「へぇ〜。ロリコンなの?それで?」
「ロリコンって訳じゃないけど、その子は処女だね」と僕は言った。そこは重要なのか?と自分でも思いながら。
「やっぱそこ重要?」と彼女は聞いた。やっぱり彼女も同じ事が疑問なのだ。
「そうでもないけど、話の流れ的にね」
確かに話の流れは大事にしたい。
「それに15歳の死因の1位は自殺だしね」と僕は言った。
「それって関係ある?」彼女が聞いた。
「多分、関係ある」多分、関係ないと僕は思った。
「14歳と16歳の死因の1位は?」と彼女が聞いた。
「16歳は自殺だけど、14歳は多分、事故だったと思う」
「女の子が自殺する話ね?」
「違うよ。自殺しそうにはなるけど」
「ふーん。それで?」彼女は話の続きを促した。
「その子は4人弟妹の長女なんだね」
「へぇ〜。割と子沢山な家族なのね」
「そう。それでその少女は大量殺人の真犯人なんだね」
「ふーん。若い女の子の殺人犯。小説の素材としてはなかなか魅力的じゃない?ジャンヌダルクみたいな話?」
「全然違うけどね」
「セクシー系?あとは物語にどう説得力を持たせるかよね。要するに、貴方の文章の腕次第ね。で、殺人の動機ってなんなの?そこ重要よね」
「親に自分が殺されるかもしれないと思って、自暴自棄になったんだね。殺人は不可効力」
「ふーん。正義のヒロイン物じゃないんだぁ〜。親に殺されるってのは、虐待とかDV?」
「親が子供に生命保険をかけてるのを知ったんだね。それでどうせ殺されるなら大勢巻き添えにして死んでやれって事で、大量殺人を考えついたんだね」
「ヘェ〜。どうやって殺すの?ナイフとか銃とか槍とか?」
「毒物。青酸化合物を使う」
毒殺と言えば青酸化合物。青酸カリ。文学的な響きをその毒物の名前から僕は感じる。
「青酸化合物なんて中学生が手に入れるの難しくない?」と彼女は言った。
「親が町工場を経営してるって事で。メッキ加工にそういう薬物を使う」
「なるほどね」
「父親の会社の従業員も母親に毒物を飲まされて、その後遺症で身体障害者になって、会社に保険金が下りた。母親は保険外交員で、保険のプロ。少女の祖母も母親に毒殺されて、手にした生命保険は億単位。その金で海辺のリゾートマンションを買った。更に不倫して妊娠して獄中で流産」
「いいね、そういうの。少女は母親の不倫も知ってたの?」
「不倫も妊娠も気付いてた。台所のゴミ箱に妊娠検査薬の箱が捨ててあったから」
「配慮が足りなさ過ぎね」
「配慮も良識もない。だから保険金詐欺なんかも出来る」
「その母親はどんな家庭で育ったの?」
「割と裕福な家庭で甘やかされて育った」
「極貧で虐待されて育った訳じゃないのね。なら、同情の余地もないわね」
「そう。普遍的なテーマにするには、同情される様な余地を残すのは良くない」
「普遍的なテーマ?そんなに大きなテーマに取り組んで大丈夫?」
「家族とか友人とか自分自身とか、いつでも犯罪者になり得る要素がある訳でさ、そういう人生の危うさとか理不尽さとかが作品の中に表現出来れば良いなぁ〜、って思う訳よ。やっぱりさ、そういうのがないと書く意味なんてないんじゃないかな?読者の股間を下からグッと掴んで地獄の底まで引きずり込む様な、そんな読後感が欲しいね」
「エーッ!無理無理。そんなの誰も読まないよ。それで、少女はどうやって大量に殺すの?毒物はどう使ったの?」
「春祭りの会場で出されたアラ汁に毒物を混ぜるってのはどうかな?」
「もったいないね。アラ汁美味しいのに」
「蟹汁とか豚汁とかツミレ汁とか野菜カレーとかシーフードカレーなんかも候補として考えたんだけど、どう思う?」
「そこって海に近いの?」
「そう。港町。黒潮に乗って美味しいお魚がたくさんやって来る。いつでも新鮮な海の幸が安く手に入る」
「じゃあ、アラ汁でいいんじゃない?魚の種類によっては雑味とかあるかも知れないしね。毒物の味は知らないけどね。アラ汁に入れれば誤魔化せるんじゃない?」
彼女には殺し屋として資質も備わっているようだ。
「で、なんでそんな事になっちゃうかな?本当に親はその子を殺そうとしてたの?」と彼女は聞いた。
「本当に殺そうとしてたかどうかは分からなくて、その子の憶測なんだけどね。だけど、そう思わせるのに充分な理由があった。少女は両親が保険金詐欺をやっている事は前々から知ってた。両親は障害者登録しているけど、普段はちゃんと歩けるのに調査員が家に来た時には歩けない振りをするから」
「なんだかトホホな親ね。そんな事してたら、子供に嘘をつくなとか言えやしない」
「そうだね。少女は15歳で丁度反抗期って言うかさ、何かと難しい年齢な訳で、母親とは家族の中では一番仲が悪いってのは自覚してて、それで自分が真っ先に殺されるだろうと思って、それで自暴自棄になる」
「なんか辛いね。そんな風に思いながら学校行ったりするのは。それでもう全てが嫌になって、アラ汁に毒を入れちゃうの?」
「そう」彼女の心にはあまり響いてなさそうなので、自信なく僕は答えた。
「大丈夫かなぁ?今聞いた感じだと、全然説得力なさそうなんだけど」
「そこはまあ、文学的な力量が発揮される部分だろうね」
「力量足りてるかなぁ?それで、それからは?」
「夫婦が捕まって、その後、実行犯は母親という事で死刑判決が出た」
「母親は犯行を認めたの?」
「完全黙秘。裁判でも黙秘。保険金詐欺は認めたけど、殺人への関与は否定した」
「それでも最後には死刑は執行されるの?」
「されない。動機が判明しないから。最期は獄中で老衰で死ぬ事になると思う」
「そんなの税金の無駄じゃない?」と彼女は言った。当然の意見だ。刑務所の食事は日本の大半の家庭の料理より、ヘルシーで美味しい。臭い飯など出ない。死刑囚は健康にしてから吊るされる。
「仕方がないよ。今更無罪でしたと言って釈放しても、そっちの方が金がかかる」と僕は言った。
「その母親にしても刑務所の中で過ごした方が都合が良いんだよ。真犯人は自分の娘だと騒ぎ立てて釈放されて出て来たとしても、世間の風当たりは強すぎるからね。まともに生きては行けないよ。それに、余罪もたくさんあるから」
「そうね。でも、殺された遺族の方はいたたまれないわね」と彼女は言った。正論だ。
「遺族も事情は知ってた。なにせ狭いコミュニティだからね」と僕は言った。ドラマはよりドラマティックになって来た様だ。
「遺族が知ってた?意外な展開」
「ついでに弁護士も警察も裁判官もマスコミの一部も、真犯人は誰かを知っていた」
「ちょっとそれはあり得なさそうだけど、小説として読むには面白そうね」
「女の子も悪いけど、元々は親が悪いのだし。保険という制度自体に大きな問題がある。保険金殺人なんて毎年の様に起こるけど捕まるのは氷山の一角で、詐欺で儲けた金で働かずに気楽に暮らしてる人なんて、きっと大勢居るんじゃないのかな?」
「羨ましい。私もそんな風に図太い神経の人になりたかったわよ。それで、少女は結局最後にはどうなったの?」
「割と平凡な人生を送るって事で」
「ふーん」
彼女はその時、何か毒のあるセリフを吐きたかったのだろう。だが、何も言わなかった。
「ねえ、あなたはなんでそんなものを書こうとしてるの?そんなもの書いて楽しい?」
「基本的には僕の作品のテーマは世界平和だよ。これでも世界平和に貢献したくて書いてるんだけどね」
「まさか?」と彼女は口を大きく開けて言った。
「そのまさかですよ」
「随分と難しいテーマですなぁ」と彼女は冷ややかに言った。
「ややこしいんだよ、世界平和はね。でも、僕のせいじゃない」と僕は言い訳した。そう、世界平和は意味なく複雑で手に負えないし、時々付き合いきれなくなる。
「世界平和も良いけど、普通の市民にとっては歯の痛みの方が切実な悩みなのよ」と彼女は聞いてもいないのにこの前行った歯医者について文句を言い出すのだった。
「今度は別の歯医者に行かないと」と彼女が言った。
「お歯黒を世界中に売りまくる話も書いてみたいな」と全然書く気もしないのに、適当にそんな事を僕は言った。
「お歯黒?あのお歯黒?あんなの売れるの?」
「先ずはテレビの企画とかで、お笑い芸人にお歯黒のCMを作る所から始まって、株のインサイダー取引で逮捕されて終わる話」
「何それ?全然想像付かない」
「お子様の歯の健康を守る為だとか、これからは白い歯よりも黒い歯がイケてるんだとか、服にも合うだとか、そんなCMをシャレで作る。YouTubeにも流したりする。それから中国はやっぱり巨大マーケットだって事で、中国でそれが紹介されて、まさかのヒット商品にっていう」
「ならないね。絶対ならないね。売れないね。無理」
「それがね、軍の方に売れちゃうんだね。軍に売れちゃったら、そりゃあかなり儲かるよ」
「だって、売れないじゃん!」
「白い歯は戦場とか赤外線カメラでも目立つから、目立たない様にお歯黒を塗ることになった。戦地ではなかなか歯も磨けないしね。砂漠地帯だと水もないから、シリアとかの中東地域でも売れ出した。中国は水事情が悪いから、兵隊だけじゃなくて民間でも売れ出す。いつも時間に追われているニューヨークの企業戦士もお歯黒をしてビジネスをする様になる。一番遅れて日本でも売れ出す。女子中高生にも売れ出す」
「なんか妄想炸裂しまくってるね」
「お歯黒関連株の株価が急上昇」
「そんな株ないでしょ!お歯黒関連株なんて」
「どっかにお歯黒の老舗とかあるんじゃないの?」
「老舗上場してないでしょ!」
「そこが盲点でさ、まさかの上場してたりするわけよ。盲点だから、その株を買い占めちゃえば凄く儲かるわけよ。皆がその株を欲しがるけど市場に出回ってる株が少ないから、どんどん株価が上がるわけ」
「仮にでもないわね。それからどうなるの?」
「最初の企画に携わったプロデューサーがインサイダー取引で逮捕されておしまい」
「ふーん。いまいちね」
それには僕も異論はなかった。
僕達は随分長い距離をずっと話しながら歩いていた。おかげで伏見稲荷の山頂や途中で見た景色の印象がとても薄い。山頂まで行って来たのは確かなのだが、行ったという実感がない。スマホで撮った画像を見て後で思い返すしかない。

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