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23/02/27 橋本晋哉チューバリサイタル4プログラムノート

Shinya Hashimoto Tuba Recital 4
2023年2月27日(月)19:00開演
会場◉杉並公会堂小ホール
出演◉ 橋本晋哉(チューバ) 藤田朗子(ピアノ)
助成:公益財団法人 野村財団

Program

1. 田中吉史 (b. 1968) 《ブルーノのアウラ》(2008)
Yoshifumi Tanaka, Aura di Bruno

2. 篠田昌伸 (b.1976) 《チューバー・ビーツ》 (2022)
Masanobu Shinoda, Tubar Beats
I.Order, II. Departure, III. Congestion

3. 金光威和雄 (1933-2022) 《チューバとピアノのためのソナタ第2番》(1967?/2019) 改訂初演Iwao Konko, Sonate für Tuba und Klavier Nr. 2
I.Molto Allegro, II. Lento, III. Allegro

4. アレクサンドル・チェレプニン (1899-1977)《アンダンテ》作品64 (1939)
Alexander Tcherepnin, Andante op. 64

5. 夏田昌和 (b.1968) 《下方に》 (2020)
Masakazu Natsuda, Vers le bas

6. 川上統 (b.1979) 《ダンクルオステウス》 (2023) 委嘱初演
Osamu Kawakami, Dunkleosteus

今回で第4回となるこのリサイタル、プログラミングにおいては、1. オリジナルの初期作品、2. これまでに委嘱した作品の再演、3. 新作の委嘱、の3点を柱として構成されている。チューバのために書かれた初期作品は近年調査も進んでいるが、レパートリーとしてまだ定着していないもの、未だ忘れられているものもの多い。レパートリーがそもそも少ないチューバという楽器では、常に委嘱を続けていくこと、またその作品をできる限り多く再演していく重要性については改めて述べるまでもないだろう。
これらの柱を組み合わせることで、それぞれの回、また全体を通してチューバのために書かれた現代作品を一つの大きな流れで追ってみたいと思っている(極めて個人的な視点であるけれども)。
その流れとは別になるが、今まではプログラムを組んでいく過程でその回ごとの特徴というものも現れていた(第2回:女性作曲家、第3回:内部奏法)のだけれど、今回のプログラムはバラエティに富んでいて、何か一つのテーマというものには絞れなかった(のでこの前説を書くのが随分と遅れてしまった)。技術的な面で敢えてあげるなら、今回の多くの作品において四分音、カラートリルがふんだんに盛り込まれており、これはチューバの作品としては、作曲、演奏技術の両面で21世紀に入って(ようやく)定着してきた、という点を挙げられるかもしれ
ない。

アレクサンドル・チェレプニン《アンダンテ》(1939)

 アレクサンドル・チェレプニン Alexander Tcherepnin (1899-1977)はサンクト・ペテルブルグに生まれ、後にパリへ亡命、アメリカとフランスを中心に活動した作曲家。1934年から1937年にかけて上海を拠点にアジアを訪問、「チェレプニン賞」を通じて伊福部昭、松平頼則らの楽譜を出版し、世界に紹介した点で日本にも縁が深い。《アンダンテ》は、ヨーロッパへ戻った1939年の作品で、トロンボーン、またはチューバとピアノのために書かれた小品。チューバのパートは一部を除いてほぼトロンボーンのオクターブ下が指定されている。1933年以降彼が目を向けていた様々な民謡の影響が見て取れると同時に、昨今少しずつ研究の進む20世紀前半のチューバの初期レパートリーとしても重要な作品。

金光威和雄《ソナタ第2番》(1967?)

 金光威和雄 Iwao Konko (1933-2022) はチューバとピアノのために2つのソナタを残している。おそらく1967年ごろに作曲されたこれら2曲は、第1番がB♭管などのコントラバス・チューバ、第2番がF管などのバス・チューバを想定して明確に書き分けられている(第1番は2020年の「リサイタル1」で改訂初演)。現時点で判明している日本で最初に書かれたチューバとピアノのための作品。往々にしてピアノよりも低い声部に置かれることによる作曲上の難しさに気を配った第1番(結果的にヒンデミットのソナタと同じような解決法を編み出した点は非常に興味深い)に比べ、より高い音域が扱えるバス・チューバを用いた《ソナタ第2番》は幅広い旋律による「うた」が特徴的である。楽章構成は古典的な3楽章形式だが、半音階的な和声、所々にヘミオラを応用したリズム作法などの意欲的な挑戦も見られる。
(今回の蘇演にあたって、第1番と共に古い楽譜から改訂を施してくださった金光先生は、昨年2022年に惜しくもご逝去されました。ここに謹んで哀悼の意を捧げます。)(橋本晋哉)

田中吉史 《ブルーノのアウラ、あるいはチューバとピアノの通訳によるインタビュー》 (2008)

 「ブルーノのアウラ、あるいはチューバとピアノの通訳によるインタビュー」は、人の発話を採譜して素材を得る「発話移植計画」シリーズの2作目にあたる。この作品は、第二次世界大戦後のイタリアを代表する作曲家・指揮者で、今年没後50周年を迎える ブルーノ・マデルナ(1920-1973)が、晩年にアメリカで受けたインタビューの録音に基づいている。写真で見るとマデルナはかなり肥満であったようで、この録音からもよく響く低い声の持ち主であったことがわかる(マデルナの巨躯と低い声はチューバを想起させる)。快活で人懐っこい話ぶりだが、不器用な英語で、また病気のせいか(彼は肺癌で亡くなった)時折声が掠れたり、息が乱れたりしていて、どこかぎこちない。これらのことはこの作品の音楽的な特徴を規定している。
 題名のAuraはイタリア語の文語で、そよ風や呼気、雰囲気、霊気といった意味だが、マデルナの代表作の題名でもある。橋本晋哉と藤田朗子の委嘱で書かれ、2008年8月に「秋吉台の夏2008」で初演された。(田中吉史)

篠田昌伸 《チューバー・ビーツ》 (2022)

 「チューバー・ビーツ」とは、読んで字の如く、コロナ禍で急激に流行したとある業務に楽器名を掛け合せたタイトルである。1. Order(注文)、2. Departure(出発)、3. Congestion(渋滞)の3曲からなるが、2、3曲目は続けて演奏される。ほぼタイトルそのままの内容を想像しながら聞いていただければ、わかりやすいかもしれない。
 このようなアイディアに至ったのは、今年はチューバの曲を書くということだけ決め、橋本氏の自宅で様々な奏法を教えて頂いたとき、その低音や重音等がエンジン音に聞こえてしまったことや、いくつかの奏法がとてもユーモラスに聞こえたことに由来している。 曲中には、11ケタの数字や、機械音、話し声などを模した音形が散りばめられ、それらが混線していくさまを聞き取ることができるかもしれない。(篠田昌伸)

夏田昌和《下方に》 (2020)

 この小品は橋本晋哉さんの委嘱によって書かれ、初演して下さる橋本さんと藤田朗子さんのお二人に献呈されている。ソロ楽器としてのチューバのために書くのは初めてであったため、作曲過程で橋本さんには楽器の基本的な性能について何度も質問し、その都度丁寧にお答えいただいた。曲は、私の楽曲でしばしば出現する下降音型のモティーフを基調としており、題名もそこに由来している。(夏田昌和)

川上統《ダンクルオステウス》(2023) 委嘱初演

 古生代の中でも4億年〜3億年半ば頃までのデボン紀に隆盛した魚類の一群である板皮類。この板皮類の造形は名前の通り、板(プレート)のような装甲が頭部や胸部を覆っているものが多く、この曲のタイトルの「ダンクルオステウス」はこの板皮類の中でもかなりの大型種で3-4mの大きさに達したとも言われる。噛まれたらただでは済まない状況を頭で想像しそうな恐ろしげな頭骨の化石の姿が有名で、私は小さい頃図鑑でこれの近縁であるディニクティスの姿を見てずっと気になっていた古生物でありました。 チューバという楽器で音楽を作ろうと考える時に、今回は如何にしてこの楽器をピアノの音と混ぜ込み、かつチューバが牙を剥いた音を十全に出せるか、という事を長く頭を悩ませていました。その中でピアノによって「プレート」的な和音の中低音の塊とその音の硬軟をダンパーペダルの漸次的な中間段階であるハーフペダルと混ぜ込み、更にカラートリルや息音の音声変化によるフィルター変化を模したものでプレートの音像に暗色のメタリック感として塗装するような音を作る事に全力投入した曲です。プレートの装甲でできたこの巨大魚の音像が猛然とホール内を泳ぎ食らいつくような姿をお楽しみいただけましたら幸いです。 これまでの私の曲の中でも瞬間的なイベントは相当多い方で、演奏には相当な労力を要する曲と思い、チューバの橋本さん、そしてピアノの藤田さんには本当に大変な思いをさせてしまっていると思い、ただただ恐縮な次第ですが、この度委嘱初演をしていただける事に心より御礼申し上げます。(川上統)

川上統(かわかみ・おさむ)  1979年生まれ。東京生まれ、広島在住。東京音楽大学音楽学部音楽学科作曲専攻卒業、同大学院修了。作曲を湯浅譲二、池辺晋一郎、細川俊夫、久田典子、山本裕之の各氏に師事。2003年、第20回現音新人作曲賞受賞。2009、2012、2015年に武生国際音楽祭招待作曲家として参加。2018年秋吉台の夏現代音楽セミナーにて作曲講師を務める。Tokyo Ensemnable Factory musical adviser、Ensemble Contemporary α作曲メンバー。作曲作品は200曲以上にのぼり、曲名は生物の名が多い。現在、エリザベト音楽大学専任講師、国立音楽大学非常勤講師。

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