【泣】少年野球に熱中した父親の末路(22)
考えてみればミツキは兄弟の誰よりも空気を読む子で、自分のことより周りを優先するタイプだ。
そして先週、私がイチタとジロウの最後の試合について話したとき、ミツキがこう言っていたのを思い出した。
「でもさ、『三球三振』って確かに作戦としてはアリだよね」
「バカいえ。子どもらしく"打ちたい打ちたい”って打っちゃえよ。悔しいだろう?そんなサイン出されたら」
「うーん、でも、打てそうにないときって自分でも分かるよ」
バッターボックスのミツキは、サインをもらうためヘルメットのつばに手をやりながら監督を見ている。
監督のサインは「好きに打て」だった。
ミツキは素早く構えてピッチャーの投球を待った。
1球目、外に大きく外れた球を思い切りスイングして空振りした。
私は「やっぱり」とため息をついた。
2球目、ワンバウンドする明らかなボール球に手を出して空振りした。
私は「バカ」と小さくつぶやいた。
そして色々な感情が一気に押し寄せ、目頭が熱くなってきた。イチタの時と全く同じ場面が再現されるという運命。しかし監督のサインは「三球三振」ではなく「好きに打て」で、にもかかわらずミツキが自分で三球三振を選ぶという皮肉。
「ほんっとにバカだなぁ」と私はもう一度つぶやいた。それは自分に向けてだった。大人の私が思うより子ども達はずっと冷静で色々なことを理解しているのだ。
相手ピッチャーは一塁牽制を一球挟むと、ミツキに向き直ってゆっくりと投球フォームに入った。
ツーストライクからの3球目。まだ細い右腕がしなやかにミツキに向かって振り下ろされ、キャッチャーがやや低めに構えたミットに向かってまっすぐにボールが向かってゆく。
その軌道を見た私は
「打て!!!」
思わず叫んだ。
ミツキは私の叫びと同じタイミングでバットを振りだし、美しく回転させるとすくい上げるようにミートさせた。その瞬間、樹脂バット特有のボコッという音が響き、ボールはピッチャーの頭上からセンターに向け大きな放物線を描いて飛んでいった。
大歓声が上がった。
子ども達がみんな腕を回して走れ走れと合図した。
センターの子が必死に走って追いかけたが、打球は正面の金網上部にガシャンと当たり、塁審が頭上で腕を軽く回してホームランを告げた。
子ども達はベンチを飛び出し跳ね回った。そして戻ってきた8番バッターとミツキをぐちゃぐちゃに迎えた。応援に来ていた親たちも泣きながらハイタッチして「すごいすごい!」と子どものようにはしゃいで笑った。
私は「よっしぁー!」と何度もガッツポーズして叫んだ。そして涙で目をしばしばさせながら監督やコーチ達と握手をした。
整列して試合終了の挨拶を終えると、まだ興奮冷めやらぬミツキが上気した顔でやってきた。
「オレさぁ、三球三振しようとしたのにさぁ、3球目が来たら、あ!オレの好きな球だ!って思わず打っちゃった!」
私はミツキの頭をぐしゃぐしゃにしながら笑った。
「それでいいんだ!『好きに打て』なんだから」
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