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ラム酒の波はすぐそこぞTUKZUK(2023/2月号)より転載 

「あなたみたいに寝ない人間がいるから夜があるのよ、寝ちゃえば夜はどこかへ消えるわ」              
 昔あるバーで知らない女性にこう言われた。その時は、うっ、まずい!関わらないほうがいいぞ、と判断したが、今思えば引くべきカードだった気がする。僕はジャマイカの酒をやっていた。したたかに酔い心はジャマイカ・ブルーマウンテン上空でも、身体はここに暮らす夜の住人で、小さなその街の夜をひとつ呼吸させていたわけだ。

 まだ、いや、これからも世界どの街の夜にもバーの看板は灯る。
 ひとえにバーと言っても、そこにはお高いホテルの過度にラグジュアリィなバーや街場のカジュアルバー、繁華街に潜むぼったくりバーや潜るハプバーなど、多種多様、多岐に渡るが、夜のネオン街に六等星程の微かに瞬く常夜灯、ラムバーなる酒場が稀に存在する。ラム酒なんて一般成人どなたも普通は興味の範疇外、謎酒。なのにそれを介在とし成立する小宇宙。
 カウンター隅の酒仙はのたまふ。「ラム酒はサトウキビと物語でできておる」と。 
 カウンター内のバーテンダーはいざなう。ラム酒だけが内包する魅力、そう、ファンタジーの世界へ。そこに広がるは青い海、赤い花、緑の大地。聴こえるは寄せては返すラテンのリズム。心を遠くカリブに放つ。
 地球儀と羅針盤がグルグル廻れば、歴史が語りかけてくる。飛び交う英語フランス語スペイン語、そしてクレオール。妖しく誘う琥珀のグラデーション。小宇宙はトロピカルフローラルボタニカルの芳香に満ちて、エチル、エステルを抱く潮風に人はそよぐ。
 沼に嵌まれば分かります。ラム酒は決して甘くなく、むしろ苦い酒です。サトウキビがそう教えるのです。ラムバーってそんなとこ。家飲みで物語は語れない。
 酒仙、再びのたまふ。「アンティルを目指せ。旅に出ればどれだけ多くの民が、サトウキビと物語の酒・ラム酒と生きているかを知り、その物語を知る。そして君も明日を知る。おもかじいっぱーい!もういっぱーい!」
それは大航海が生んだ波。

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