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RUM&SWEETS 四谷三丁目交差点 bar dress http://dress-…

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RUM&SWEETS 四谷三丁目交差点 bar dress http://dress-4f.com

最近の記事

朝焼けエピローグ -コイン

 師走の歌舞伎町コマ劇前。寒風が一旦静まっていた晩。  畑耕(ハタ タガヤ)には、途切れることなく流れる人波が生む匂いの中を、泳いで渡るこの街の人間が見えていなかった。  原色が交差するど派手な電飾たちはひとつの光の塊となり、街上空を覆う真冬の厚い雲に反射し、空を鼠色に輝かす。  この街の音は、フルテンスピーカーが放つ、ぶっ壊れた拡声器みたいに歪んでしまった女の声で繰り返す呼び込みの再生音を雑踏が踏んで行くノイズ。  今夜もそこに俺はひとつノイズを重ねる。そう思っている畑耕が

    • 朝焼けエピローグ -広場

      1989/6 天安門広場 「なぜ私に銃を向けるんだ!」 ひとりの若い女の悲痛な叫びは、怒号と破裂音とキャタピラの地響きに飲み込まれていった。 1989/11 ブランデンブルク門 「夢みたい、ブランデンブルク門を通れるなんて!」 ひとりの若い女の歓声は、その晩巨大な喝采となり、形だけとなった壁を突き抜けた。 1989/12 赤の広場 「この先どうなるかなんてわからない。歴史の中にいるみたい。ただ間違いなく何かが変わる」 ひとりの若い女の静かなつぶやきは、コンクリート色に凍る

      • 朝焼けエピローグ -1989

         1989年の始まりは、僕の当ても無くただぼやけた遠く向こう岸を眺めるような暮らしの最中で、就きたかった職業も半ば諦め、吉祥寺のバーで朝まで働き昼に寝るアルバイト生活をぼんやり送っていた。バーテンダーになりたかったわけではない。きっかけはなんとなく出来そうな気がしたから、そんなとこだった。与えられた仕事はそれなりにきつくいつまでも忙しかった。それでも毎晩笑っていられたのに、その笑いは刹那に切り取ったそこだけのもので、日々の糧になることはなく、自分のだらしなさに対しあざ笑っても

        • 朝焼けエピローグ -遠藤

           和生のむせぶような演奏の終止符。時間にすれば10分程だったと思うが、それは一本の映画のエンドロールのようで、和生が奏でる音を通して、僕に見たはずもない様々な景色をフラッシュバックさせ、そこには知る由もない遠藤という少女も在た。きっと田畑も同じ景色を見ていたはず。だから彼は涙を落としたんだ。本当に美しいと感じる和生の音の中に、ノスタルジーに包み隠した希望の芯が震えていたから。  「はい、おしまい」 そう言って和生はギターを置いた。田畑は俯いたまま。僕は目を閉じるしか出来なか

        朝焼けエピローグ -コイン

          朝焼けエピローグ -dress( 曲:ギター和生/演奏:田畑耕作)

           これは和生が亡くなって、いや、何処かへと消えてしまってから、田畑が必死に耳コピで覚えた彼の演奏による「dress」。ある日突然ファイルが送られてきた。あの晩の和生が弾いてくれたそれとは比べようもないが、これはこれで田畑の心が僕には見える。  あの晩、「dress」からのメドレーで、まさかの和生が弾き語りで歌った「禁じられた遊び」の詞を今でも時々想い返す。  水は雲のように流れ、時は影のように映るのだね、嗚呼、和生。

          朝焼けエピローグ -dress( 曲:ギター和生/演奏:田畑耕作)

          朝焼けエピローグ -dress( 曲:ギター和生/演奏:田畑耕作)

          朝焼けエピローグ -禁じられた遊び

           田畑がチューニングをしている和生に訊ねる。「さっきいい仕事が出来たって仰ってましたけど、詳しく教えて欲しいなあ」 「ああ、それは…ちょっと恥ずかしい昔話、なのかな…演奏はねてカウンターで一杯やってたんですよ。そしたら真理子さんが、今日の歌手です。彼女が隣りに来て、『和生さんが弾くギターの音、ほんといい音。ずっと聴き惚れて歌うの忘れそうになるわ』って言ってくれて。それって僕、一番嬉しくて。これでもけっこうプレイを褒めてくれる人はいるんですよ。でも、音のこととなるとなかなか…で

          朝焼けエピローグ -禁じられた遊び

          朝焼けエピローグ -DARK&MELLOW

           ギターケースをピアノに立て掛けて、カウンターのほぼ真ん中へ腰掛けた男の名はギター和生。田畑から席はふたつ空けている。 「マスター、少しあいだ空いてしまったね」と言う彼の声は実に深く、それでいてよく通り、まるで上質なシダーで作られたガットギターのようで、彼のライブはギターを弾くより前に、先ずその美声で聴衆を惹きつけておいて、それから次第と彼仕様に誂えたオリジナルシダーギターで奏でる唯一無二のDARK&MELLOWの世界へ引きずり込む、それが常だ。彼はプロとして当然自分の持ち駒

          朝焼けエピローグ -DARK&MELLOW

          ラム酒の波はすぐそこぞTUKZUK(2023/2月号)より転載 

          「あなたみたいに寝ない人間がいるから夜があるのよ、寝ちゃえば夜はどこかへ消えるわ」                昔あるバーで知らない女性にこう言われた。その時は、うっ、まずい!関わらないほうがいいぞ、と判断したが、今思えば引くべきカードだった気がする。僕はジャマイカの酒をやっていた。したたかに酔い心はジャマイカ・ブルーマウンテン上空でも、身体はここに暮らす夜の住人で、小さなその街の夜をひとつ呼吸させていたわけだ。  まだ、いや、これからも世界どの街の夜にもバーの看板は灯る

          ラム酒の波はすぐそこぞTUKZUK(2023/2月号)より転載 

          朝焼けエピローグ -はじまり

           田畑はカウンター端の席で、いつもと変わらぬ車の流れを見下ろしている。 気付けば東京のタクシーは黒ばかりの、空車、空車、また空車と赤色ランプの連続。ルール無用の自転車にクラクションを鳴らす車は緊急車両のサイレンにしかと。 四谷三丁目交差点で絶唱するいつものあの女性。 いつもと変わらぬフォースクエアのラム。 オレンジのトリュフに真上からフォークを刺す。 「丸正でチョコ買ってさ、家で同じラムやるんだけど、なんでだろうね。味が違うんだよね。ここで飲むのとは。なんでだろうね。なんでだ

          朝焼けエピローグ -はじまり

          (ラム酒とか、酒場とか、その辺) -HOW COME/HOW TO GO

          結局彼女への答えは、彼女を中途半端に惑わす影を見せただけになってしまった。 僕の20代なんて、ガチで答えようとも、茶化してしまおうとも、所詮大した差はなく、すっかり色褪せたよく言えばセピアだ。 それでも忘れてしまったことや、思い出せない感触もきっと有ったはずなのに、何ひとつまともに伝えられないのなら、せめて彼女の味方になれたのだろうか。 いつかまた、彼女に来てほしい。 今ここに存在していた時間の欠片すら知らない田畑にも、さすがにそろそろ起きてもらって→→→→→→→→→→→→

          (ラム酒とか、酒場とか、その辺) -HOW COME/HOW TO GO

          (ラム酒とか、酒場とか、その辺) -夢の続き

          一度は起きた田畑が二度寝。夢の続きが見れるのは若者の特権で、彼の頭はもう胡麻塩だから、いつ起こしたところで、さっき見た夢は消えている。 洗い物を始める。暇だったので大したことはない。このまま後片付けをし、田畑を起してかんばんでもいいのかもと思う雨に、 扉は静かに開き、そっと女性は入ってきた。 「まだいいですか…」 「はい、どうぞ」と答え、田畑から離れた席へと通す。 「たしか以前にもお越し頂いてますよね」 「はい、私マスターのインスタ見てますよ」と微笑む。 たしか以前にもと言

          (ラム酒とか、酒場とか、その辺) -夢の続き

          (ラム酒とか、酒場とか、その辺) -霧雨

          降り止まない凍えるような霧雨が田畑耕作以外を呼ばない夜に、僕はもう諦めていた。 バルバドスを好む彼と僕の下世話な会話は、浮遊する埃と為り、グラスの中でくゆるフォースクエア蒸留所で生まれた酒へと落ちていく。原酒をストレートで重ね、そのうち彼は「さとうきび畑の中心でカリブの潮風をつかまえて!」とか言い出す始末。すまない、暇な店に付き合わせてしまったからだ。彼のエスプリは遠くバルバドスを目指したはずなのに、徐々にうなだれ、すぐそこ荒木町上空で墜落した。 雨降りだと雲に隠され見えな

          (ラム酒とか、酒場とか、その辺) -霧雨