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父記録2023/4/2〜4/16

2023/4/2
父、面会日。
今日は母、夫、私の三人で。
夫が父に会うのは二年ぶりである。
今日の父はここ数ヶ月で一番、ダントツでしっかりしていた。目に力があった。
「お父さん、あと四年でお父さんたちのお店、50周年ですよ。また展示会やりましょう。その時は会場に居てくださいね」
と夫が言うと、
「そうか。」と言った。
父の独自の手法について夫が訊くと、はっきりとはしないが多分、「それは、削るんだよ」と言った。
胃ろうについて訊いた。
父は
「胃ろうは、したく、ない。」
と一生懸命、はっきりと言った。
うん、うん、わかった。胃ろうはしない。
母が「死ぬ前はうちに帰ってくるのよ。あたしオムツも替えてあげるから。ね。帰って来るのよ。」
父は「まだ大丈夫だよ〜」と言い
母が「あ〜うちじゃあ心配かあ〜」と言うと
ふふっと笑った。
実際には父が母の住むところに帰ることは難しいだろう。けれど二人がそう言い合うことで心穏やかならばよいと思った。

4/12
父、面会日。
初めはほぼ寝ていたけれど、急に覚醒して腕を激しく動かして「うーうー」と言う。
パーキンソン病の症状。
うーうーと顔を顰めて腕をばたつかせている父に、母と二人で色々話しかける。
母が、「ねえ!ゆきおさん(父の弟)手術で入院するんだって!ゆきおさん!」
と言うとピタっと動きが止まった。

ゆきおさんに電話した。

スピーカーにして、父の耳にスマホを近づけた。

「アニキー。元気かい?今度手術するんだけど、退院したら会いに行くからね。仲良し兄弟だからね。
アニキのこと昔から大好きだから、アニキが東京に行っちゃったから、俺も追っかけて東京出てきちゃったんだよ。
そしたらアニキ、新聞配達の寮で花札やってて。ヤバいなーと思ったよ。
銀座の村松画廊ではアニキ、裸に白塗り、褌一丁で踊ってたよね。あの時俺が音楽かける係だったよね。
モップス、って言う劇団に出てた時はパンツ一丁でキューピーぶら下げてたね。
新潟で「爆発」やった時のポスターはまだあるのかな。
「11番目の指」って言うのもあったね、週刊誌で紹介されてさ。
あの頃、アニキの部屋行ったらアニキとお義姉さんと上田さんで『11番目の指』作ってて。溶剤の臭いが臭くて。
アニキ、アニキはずっと憧れのアニキだよ。退院したら必ず会いに行くからね。」
父は掠れた声で「うん…ああ…」と応答していた。ゆきおさんには聴こえなかったかもしれないけれど、全部しっかりと聴いていた。
「村松画廊」「爆発」「11番目の指」「モップス」などの言葉にとりわけ反応し、「モップス」と言った。
ゆきおさんは仕事中に職場に電話したにも関わらず沢山声をかけてくれた。

4/15
施設から電話あり、痰吸引多く嚥下悪く、あまり食べられていないのですぐ来て様子を見てほしいとのこと。
夫と向かう。
いつもはユニットの外の面会エリアでの面会だったが、この日は父の自室に入ることが出来た。
横になっている父は最初あまり反応がなかったが、話しかけているうちに段々覚醒してきた。
父の弟さんが先日父に話しかけてくれた内容をもう一度話すとまた、「村松画廊」「爆発」「11番目の指」「モップス」などの言葉に反応があった。
「上田さんの家に行ったんだよ。アマンダは今もあのおうちに住んでるんだよ。家が古くなって大変だけど、猫たちと住んでるよ。上田さんの鍼灸の診察室もそのままでね、今は猫の点滴部屋になってるんだよ」
反応があった。
「ともちゃん(私)が小さい頃にさ、夏休みにお母さんとお父さんと三人で千葉の線路をずーっと歩いて山奥にUFO見に行ったの覚えてる?」
反応があった。

「山奥に着いたら、あれはブラウンさんのところだっけ?みんな、手を繋いで円になって、UFO呼んでたよね。そしたら沢山UFO出てきたよね?
あれってほんとのことだよね、夢じゃないよね?」
「うん、そう、そう。」と父が答えた。
隣で夫が吹き出していた。

だいぶはっきりしてきたので「何か飲む?飲んでみる?」と訊くと頷いた。
職員さんがとろみをつけたミルクコーヒーを持って来てくれた。
ひとくち口に入れては、しっかりと喉が動いて飲み込むのを確認する。
父は3口くらい飲めた。
「何か、食べてみます?プリンとか、ヨーグルトとか」と職員さんが言った。
「お父さん、プリン食べる?ヨーグルトは?
あ、アイスクリームあるよ、ハーゲンダッツの。おいしいよ」
職員さんが冷凍庫からハーゲンダッツを持ってきて「まだカチカチですね〜」と笑った。
溶けるまでの間、ハーゲンダッツの話をする。
「お父さん、初めてハーゲンダッツ食べた時のこと覚えてる?ともちゃんが小学生の夏休みにサンディエゴの、ラホヤで、ジャックとメアリーのマンションで、ベランダから鯨見たね。あの時、ご飯のあとハーゲンダッツが出てきて、初めて食べたんだよ。美味しくってびっくりした。まだ日本にハーゲンダッツなかったね」
「レディボーデン初めて食べたのはゴローズのバーベキューの時だったよ。ゴローさんの娘さんと奥さんがいたよ。あの時もこんなに美味しいものがあるんだって、びっくりして…」
ハーゲンダッツが柔らかくなった。
ひとくち、ひとくち、飲み込むのを確認しながら口に運ぶ。
「ハーゲンダッツ、おいしいね。色んな味があるから、色々買ってくるよ。バニラ、ミルク、抹茶、チョコレート。」
「お父さんの後輩に会ったよ。高校生の頃、うちに来てたんでしょう?私が小さい時、紀ノ国屋を『くにゃくにゃ』、市役所を『はなくそ』って言ってたのを覚えてるって。焼き肉をご馳走になったの。」
父がクスッと笑った。

ハーゲンダッツをひとつ、完食した。
帰り際、「じゃあまた来るからね、アイスクリーム持って来るからね」
「お義父さん、ちゃんと食べてくださいね。」
と声をかけて部屋を出ようとした時、父がはっきりとこちらを見て
「どうも、ありがとうね」と言った。
職員さんが「村田さん!よかった!」と嬉しそうに笑った。

その後相談員さんと面談。
もう体が薬や栄養をあまり吸収しなくなってしまっている、とのこと。
「いつ会いに来てもよいようにしますから、なるべく面会に来てください」と言われる。

4/16
朝、酸素濃度が下がり、緊急搬送。
誤嚥性肺炎で救急救命に入院。

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