その世界の入り口にはいつも子どもが居る
そのままでいい。
だから、子どもや、子ども達に関わる人と話すのが楽しいのかもしれない。
どんどん枠にはまって、はめられて。
「正解」と「方向」を示されて。
そうだっけ?
と。
ところで、僕は一体何処の誰?
という所から、やっぱり抜け出したい。
それは、あの頃の真夜中の家出とか。
床一面に絵の具をぶち撒けてる時とか。
全部どうでも良くなって真っ白になって踊ってる時とか。
酩酊して正体を無くして居る状態とか。
ただ、湧き出てくる何かに任せて踏んでる時とか。
そんな時と、似たような何かが、子ども達とその周りの世界には有る気がする。
それが、面白くて、今、この世界にいる。
そう考えると、あれ?別に何も変わって無かったな。
てか、変わる必要無かったな。
と、思う。
ああ、そうだそうだ。
僕達、人間だった。
と、再確認出来る。
その世界の入り口には、いつも子どもが居る。
だって僕ら、人として生まれた時は子どもだったじゃん。
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