めぐりあひ 高円寺

「こうちゃん」が大学をやめた2年後、私は高円寺の演劇養成所に通うことになった。私を知る人は口を揃えて「そういうのから一番遠いと思ってた」と言ったものである。まあ、たしかに、なんとまあ、遠くに来たもんだである。

養成所は劇場の地下3階にあり、閉所と地下が苦手な私はタバコにかこつけて外の喫煙所にいることが多かった。外に出る理由が欲しくて吸い始め、おかげさまで今だに辞められずにいる。

喫煙所は劇場の利用団体と共通であり、よく役者の方々がやってきては一緒にタバコを吸った。

「おい、さっきの〇〇だぜ」
「△△さん、久しぶりです!」

などという会話を尻目に私はボーッとしていた。申し訳ないが、私には誰一人分からない。

「ほら、あのドラマに出てた」

と言われても家にテレビなどないのである。なんとまあ、遠くにきたもんだ。

夕方、雨が降っていた。私は芝居の稽古を抜け出して喫煙所でタバコを吸っていた。「芝居の稽古をしている」などと2年前の私が聞いたら何と言うだろう? おそらく鼻で笑われて信じてもらえまい。なんとまあ、遠くに来たもんだ。

劇場の使用団体も休憩になったのだろう、一群が喫煙所に押し寄せタバコを吸い始める。雨に閉ざされた喫煙所に煙が充満する。

「あそこのシーンは、ああ言ってるけど、たぶん悲しいんセリフだと思うんだ」
「やっぱり、そう思う?」
「だってさ、別れることを2人とも感じてるんじゃないかな」

どこに行っても劇場なんてこんな話ばっかである。なんとまあ、遠くに来たもんだ。

「あのセリフはもっと熱量が必要だよね」
「うん」
「でもさ、やっぱり良い台本だよな。いや、俺、この舞台に出られて良かったよ!」

やけに暑苦しい奴である。どんな奴かと顔を見て、私は小さな悲鳴を上げる。

「こうちゃん?」
「あれ?」
「こうちゃん!」
「え? なんで、こんな所にいるの?」
「ここの養成所に通ってるんだよ」
「はあ? なんで?」
「いや、なりゆきで」
「そういう所から一番遠いと思ってたけど」
「こうちゃんこそ、会社はどうしたんだよ」
「辞めた」
「はあ?」
「いや、役者やろうと思って」
「そんなキャラじゃなかっただろ」
「親が役者やってて、子どもの頃から見てたっていうか」
「おれでも知ってる人?」
「○○○」
「、、、知ってるよ」

早稲田で別れて2年。なんとまあ、お互い遠くに来たもんである。

つづく!

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