見出し画像

ながら

「ながら作業」をして良いことなど一つもない。頭が一箇所に落ち着いていないから、結果的に能率が下がる。そんなことは小学生でも知っている。でもどうしても「ながら作業」をやめられない。

「おにぎりを食べながら移動」くらいは当たり前である。「おにぎりを食べながら考え事をしながら移動」くらいになると、もはや自我とは何なのか分からなくなってくる。「おにぎりを食べながら考え事をしながら移動しながら友人と会話しながらトイレを探しながら尿意と戦う」くらいになると、もう何がなんだか分からなくなってくる。結局、おにぎりを落っことし、考え事は纏まらず、道を間違え、友人を怒らせて、トイレは見つからない。良いことはおろか、悪いことばかりである。

大学は文学部だった。大学の文学部なんて漠然と物書きを目指している連中か、「受験が簡単」という理由で入ってきた連中しかいない。私はもっと悪くて、何も考えていなかった。将来の展望も無ければ、明るい大学生活を送りたいという意思もない。入って3コマで授業は面白くないという結論にいたり、それ以降の授業の全てを関係ない本を読みながら受けた。「文学部だし早々には怒られないだろ」とは思ったが、予想以上に全く注意されなかった。チキンレースのようなもので、「さすがにこれは怒られるかな」と思って一番前の席で大きな図鑑なんかを読んだりしていた。教諭たちは私を無視して授業を行った。今、思えば、見放されていたのだろう。

「おい、きみ!」
「(おっ、ついに怒られるぞ)」
「何を読んでいるんだ?」
「『細雪』です」
「谷崎か、偉いな。じゃあ、中国語の授業を続けるぞ、、、」

唯一注意されたのは、4年生のドイツ語の授業である。4年間も授業中に本を読んでいると立派なライフスタイルである。というわけで相変わらず本を読みながら授業を受けているとドイツ人の女性教諭がドイツ語で何か言った。分からないフリをしていると(いや、本当に分からなかったのだけど)、彼女は片言の日本語でこう怒鳴った

「タンイ、アゲナイ! ホン、ヨマナイ!」

私は本を閉じ、教室を後にした。

結局のところ、大学4年間で受けた授業の内容も、その時に読んだ本の内容も今ではほとんど覚えていない。当然ながら友達も出来なかったし、大学の思い出はほとんどない。「本当に大学に通っていたのか?」と訝しくなるが、毎月、奨学金の催促はやってくる。もうこれは自業自得と言わざるを得ない。最初にも書いたが、「ながら作業」をして、良いことなんてひとつもないのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?