冬の記憶

 ふとした時に、遠い日の記憶が蘇ることがある。

それは匂いだっり、光景だったり、何かの感触だったり、時間や
シチュエーションによっても様々で。だけれども、共通しているのは、人間の五感に関わるものだということ。

よく言われるのは、昔の恋人と同じ香水の匂いが、当時の記憶を蘇らせるといった類のもの。幸か不幸か、僕自身は、そういった経験はないのだけれど、こと嗅覚に関しては、五感の中でも、特に記憶と結びつきやすい気がする。

まだ暗く、群青色の空に、星が瞬いている冬の早朝、澄んで乾いた空気、頬を打つ冷たい風。決まって思い出すのは、若い時分の記憶だ。

今思えば、悩みとも言えないような悩みで夜も眠れず、悶々と明け方まで悩んだ末、気分転換にと、当てもなく歩いた夜の商店街。煌々と光る街灯に照らされて、黒くうねっていたアスファルト。通りには、車も人もいなくて、世界中に僕だけしかいないような錯覚。

季節は巡り、もうすぐ冬が訪れる。あの時の悶々とした記憶が、時が経ち、青春の1ページとして昇華されたことに、なんだか少し勿体なさを感じる。当時は、あんなに悩んだのになぁ、と。そんな少しの歯痒さを感じながら、今年も冬がやってくる。




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