『情報と戦争』江畑謙介、NTT出版、2006


はじめに

「人は次の行動を決めるために情報を得る」とされる。われわれが生活している日常空間における時間が非可逆性である以上、人間は常に次の行動を考えねばならず、そのためには情報を必要とする。

これは民主主義の基本原則でもある。民主主義とは「民」(国民大衆)が主人であり、その自由と権利が保障される代わりに、民主主義体制を維持していくために、自ら考え、行動する責任も課せられている。自ら考え、行動の内容を決めるためには、その思考、推測、判断のためのデータ、情報*、知識**を必要とする。

(データを処理、融合した結果としての一まとまりの意味をなすもの)
(情報の集合と分析による事象を説明するもの)


人間の行動の一つとして、軍事と、自分と自分が属する集団(共同体)の利権を保護し、安定し繁栄を持すること、すなわち安全保障の確保がある。

軍事は安全の一手段である。その実施において、最も「情報」を必要とする分野の一つであろう。しかし軍事という特性から、また最も必要とする情報を得難い分野でもあった。

軍事は活動を起こす場合に最も情報を必要とする分野の一つだが、丘の向こうの様子を「リアルタイムで知る」ことができるようになったのは、ごく最近である。[L3Communications]

「あった」と過去形で記述したのは、今日、軍事においては(他のいろいろな分野と同様に)、少なくとも技術的な手段においては、必要とする情報が得られるようになってきたからである。無人や偵察衛星は、なかなかわからなかった「丘の向こうの様子」をリアルタイムで知ることを可能にさせた。

この「リアルタイムで知る」という点が重要で、情報をリアルタイムで伝達するには、送り手と受け手が常に繋がっていなければならない。つまり、ネットワークが存在していなければならない。

ネットワークを活用するには、その情報が伝達に適した形であって、人が判読して活用できるような形で送信する機能が備わっている必要がある。画像情報は大量のデータで成り立っている。その大量のデータを送信できる能力が必要とされる。送られてきた画像情報が暗くて何が映っているのかわからないのでは、情報としての価値がない。一九七〇年代から急速に発達したデジタル計算機は、情報の送信と処理能力を飛躍的に改善した。圧縮した形で大量データを送信できるだけでなく、コントラストを強くしたり、余分な情報(ノイズ)を除去したりして、求める情報だけを明瞭に得られるようにさせた。さらに、各種の情報を融合したり分類したりする情報処理の機能も飛躍的に改善した。


一九七〇年代にはまた、暗視装置や合成開口レーダーなど各種センサーの技術が大きく進歩した。ここから、このような情報収集、伝達、分析手段を活用するなら、軍事において(そのやり方に)革命的な変化が起こるだろうと予想された。

その予想は的中し、最新技術で情報を収集、活用し、情報を基盤とした戦いを行なうようになった軍隊は、それをしなかった、あるいはその努力で後れをとった軍隊に対して圧倒的な優越性を得ることができるという事実は、一九九〇年代から二〇〇〇年代初めにかけて起こった戦いで実証された。これを「軍事における革命」、英語の頭文字をとってRMAという。

1990年代初め、情報を収集、活用し、情報を基盤とする戦いができれば、戦争に革命的な変化が起こると予想され、「軍事における革命(RMA)」と呼ばれた。[Raytheon]

RMA型の軍隊とは、「きわめて効率のよい軍隊」と言い換えることもできる。それは少ない数の兵器や兵士で軍事上の目的を達成できるということである。ネットワークで結ばれ、情報を共有化でき、状況の共通認識を得られるようになった軍隊は、陸海空軍の区分が(ほとんど)不要になった。ネットワークは兵士一人一人を結びつけ、兵士が必要とする情報が供給され、兵士が得た情報を司令部に送信するだけではなく、兵士の体調まで中央(司令部)で監視ができるようにさせる。それにより被弾した兵士が気を失っても、どこに弾が当たり、現在の体調はどうかは中央で確認できるようになるだろう

目標の位置情報を取り、自分の位置情報を精密に把握できれば、目標を正確に攻撃できる。この「精密誘導兵器」の出現と発達は、それまでは精密な攻撃ができないためにやむを得ず、その破壊した目標を含めた広域の破壊を行なっていたのに対して、その本当に(軍事目的、さらには政治目的を達成するために)破壊せねばならない目標だけを破壊することができるようになった。

逆に、軍隊が情報と情報ネットワークを活用し基盤とするようになるなら、当然、敵には情報を取らせないようにせねばならないし、自分の情報収集手段と伝達手段を敵の攻撃から防護せねばならない。

敵に情報を取らせないようにする技術を一般に「ステルス技術」と呼ぶが、それは敵に察知されずに接近したり、敵の領域内部に侵入したりできる能力を意味する。この技術と精密攻撃技術とが組み合わされたことによって、戦略にも革命的な変化が生まれた。従来の敵の防御線を一歩一歩、戦いによって突破しながら敵の中心に迫るリニア型の戦いから、一気に敵の軍事的能力のみならず、政治的、経済的能力の中心部を同時に、その肝心な部分を確実に攻撃するパラレル型の戦いへの変化である。これは、戦いの歴史において初めて生まれた手法への大きな転換である。

敵にこちらの存在を知られないようにできるなら、敵の主要部に対して一気に攻撃をかけることができ、従来の線形型の戦いに代わって並行型の戦いが可能になる。[USAF]


情報の活用にはコンピュータ・ネットワークが不可欠で、それが作り出すサイバースペースが新たな戦場として登場してきた。[USAF]

情報伝達手段の基本となったネットワークを防護する、そして敵はそのネットワークを攻撃しようとすることから、コンピュータと通信回路が作り出すサイバースペースと呼ばれる(仮想)空間の攻防戦という、新しい戦いの形態が生まれる。

コンピュータ・ネットワークは現代の国家や社会を動かすために不可欠のものとなった。ここに攻撃側にとっては格好の目標が出現する。攻撃者は国家とは限らない。冷戦後の世界では、武力闘争としてテロリズムが主となってきている。テロリズムの定義は難しいが、国家のみならず非国家組織、あるいは個人もが、サイバースペースやネットワークに対する「テロ攻撃」を試みるようになった。

二一世紀はあらゆる分野で、従来の境界が曖昧になってきている。国家に代わって民族や宗教、経済などの共同体がまとまりの基盤となり、それに伴って世界観も、価値観も大きく変化した。その変化に情報の伝播が大きな役割を演じている。ここから情報のコントロールによって、自分に都合がよいように、あるいは自己の目的が達成できるようにする手法が広く用いられるようになってきた。情報そのものを「兵器」として使用する方法で、情報技術の発達はほとんどあらゆる種類の「情報」を任意に作り出せるようにさせている。空中に「神」すらも出現させられる可能性がある。

世界秩序の変化と情報伝達技術の進歩は、安全保障の概念を大きく変えた。冷戦時代、安全保障とは、ほとんど軍事的要素に限定されていたが、現在、そして予見できる将来では、常に多岐にわたる要素が安全保障の基本となる。中心となるアクターも、軍隊に限られることはなく、文民政府、非政府組織、国家以外の武装組織、国際犯罪組織、そして個人が有用な役割を演じるようになるだろう。一般市民が、安定した繁栄を得るためのすべての要素、要因が安全保障に関連してくる。そこに情報がきわめて重要な役割を果たす点に関しては言を俟たない。市民が自ら考えて自らの安全保障を確保するためには、情報がこれまでになく重要となっている。

ここから先は

142,368字 / 116画像

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?