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どうしても食べたいさつまいも

高校生の頃、おばあちゃんが死んだ。

おばあちゃんは九州に住んでいたので、千葉に在住の僕と会う機会はそんなに多くなかった。

それでも、夏休みなど長期休みの際には必ずおばあちゃんの家に遊びに行っていた。

僕は優しいおばあちゃんが大好きだった。優しすぎて怒られた記憶がほとんどない。唯一脳裏に焼き付いている怒られた記憶は、弟の頭を鎌で切りつけた時ぐらいだろう。あの時はめっちゃ怒られたけど、命を殺める行為以外で怒られることなんて遂になかった。

そんな優しいおばあちゃんは和菓子作りが得意だった。おはぎだったり羊羹だったり、どれもとても美味しくて、おばあちゃんの家に行く時はそれらを食べることが楽しみで仕方なかった。

おばあちゃんが作る和菓子の中で、僕が一番好きだったのが「高校芋」だ。高校芋というのは僕が勝手にそう呼んでいるだけで、実際は「大学芋」と言っても差し支えないだろう。しかし、さつまいもをコーティングしている砂糖蜜が、通常の大学芋よりも多く、少し水飴のような粘り気があるのだ。大学芋ほど蜜が固まっていないので、大学の一歩手前である高校が、呼称として適当ではないかと考え「高校芋」と呼んでいた。

これが本当に美味しくて、おばあちゃんから「おやつに何か作ろうか?」と言われた時には必ず「高校芋」がいいと答えていた。

しかし、高校芋は、もう食べられない。

おばあちゃんの葬式が終わり数日が経った頃、おばあちゃんの思い出を思い返す日々が続いた。

そういえば庭で焚火をしている時に、火のついた枝をおばあちゃんの軽トラに投げた時はめっちゃ怒られたな。

そういえばワサビを塗りたくったマグロ寿司を「はい、どうぞ」とおばあちゃんに渡したら「まぁ、優しい子だねー」って満面の笑みで食べてくれた時はめっちゃ怒られたな。

そういえば弟を鎌で切りつけたらめっちゃ怒られたから、「鉈ならいいかな?」って聞き返した時はめっちゃ怒られたな。

瞼を閉じると、おばあちゃんと過ごした思い出が鮮明に思い出せた。めっちゃ怒られてたわ、自分。

そうして思い出すうちに、だんだんと死んだ実感がわいてきた。

もう会えないんだな、おばあちゃんには……

改めて死んだことを飲み込んだ僕はふと呟いた。

「おばあちゃんの高校芋、また食べたいよなー」

それを聞いた母が言った。

「作ろうか?」

僕は驚いた。まさか作れる人がこんなところにいるとは思わなかった。しかし、おばあちゃんの娘である母親が作れるのも不思議ではない。むしろ今まで気づかなかったことが不思議なくらいだ。

「え、作れるの!?食べたい!作ってよ!」

僕は若干興奮しながら言った。すると

「作り方とか知らないけど作れるんじゃないかな」

僕の上がったテンションは即座に落とされた。やはりレシピはないし、母も作り方を知らないようだ。でも、あの人の娘であることには違いない。きっとうまく作れるはずだ。僕は母に高校芋の調理をお願いした。

母が調理するあいだ、僕は不安と期待で胸がいっぱいだった。もし母が完璧な高校芋を作れるのであれば、これ以上に嬉しいことはない。

そして待つこと20分。

「できたよー」

僕の胸は高鳴った。もう食べられないと思っていた高校芋が食べられるかもしれない。僕は逸る気持ちをおさえながら、運ばれた高校芋に目を向けた。

なるほど、見た目は確かにこんな感じだった。大学芋のようで大学芋ではない物体。目の前にはおばあちゃんが作ったそれと、あまり変わらない高校芋が皿に盛られていた。

早速、食べてみる。


…………違う。さつまいもに蜜がからみ、甘くておいしい食べ物という点ではこれでも及第点以上だ。しかしながら、おばあちゃんの高校芋とは何かが違っている。

「こんなんだったっけ……?」

「うーん、なんか違う気がするね」

母親も違和感を覚えたようだった。

「やっぱり、生きてるうちに聞いとくんだったねー、どうやって作ってたんだろうなー……」

母親は口惜しそうにつぶやいた。

やはり、高校芋の再現は難しいようだった。でも、これはこれでまた違った味がしておいしい。

「あー、ちゃんと作り方教えてもらっとけばよかったなー」

再度、母が口惜しそうにつぶやいた。僕と同じぐらい、母も高校芋が好きなのかもしれない。だから叶わぬ願いを呟き続けているのかも。僕は勝手に母の気持ちを想った。

「あれが完璧に作れたら、おばあちゃんを感じることが出来るのにね」

母が言って、僕は理解した。

母自身が高校芋を好きだから、高校芋を作れないことに口惜しくなっていると思っていたが、実際は違った。

恐らく、僕のため。おばあちゃんを失ったことで元気のない僕を見て、なんとかおばあちゃんの味を再現しようとしていたのだ。

僕に高校芋を食べさせ元気づけるために。

「別にいいよ。これはこれでおいしいし」

「あら、そう?」

僕は恥ずかしくなって照れ隠しをした。そんなにも自分は落ち込んでいたのだろうか。なんだかこそばゆくなった。

結局、完璧な高校芋を食べることはできなかったが、母の想いが伝わったからか、少しにやけながら高校芋もどきを僕は平らげた。改めて味わって食べると、これはこれでおいしい。高校になりきれていない芋……「中学芋」がここに誕生した瞬間だった。

「ばあちゃんが、夢枕にたったらレシピ聞いとくよ」

笑いながら母は言った。



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