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ショートショート『脳の神』

ある日、隕石が地球に衝突することがわかった。

科学者たちがシミュレーションした結果、この隕石が衝突した場合、人類はおろか地球上のすべての生物が息絶えるという結論が導かれた。さらに隕石は半年後に衝突することも計算によって割り出された。

科学者たちはこの状況をなんとか回避するためにありとあらゆる手を考える。

巨大ミサイルで隕石を撃ち落とす。地球の公転速度を遅くする。巨大宇宙船で宇宙に逃げる。しかし、どれもこれも開発するためには膨大な時間を要するため、決定的な手段を得ることはできなかった。

そんな中、とある天才科学者が提案した。

「私は人間の時間の流れを遅くする技術を発明した。この技術を用いた人間は、半年の間に二千年の時を過ごすことが可能となる。二千年の時間があれば、私ならこの状況を打破する手段を見つけることができるだろう」

それを聞いた他の科学者がどよめいた。

「そんな素晴らしい技術があるのか!ぜひ、その技術を使って人類、いや、この地球を救ってほしい」

ようやく希望の光が見えたと他の科学者達は喜んだ。しかしながら当の天才科学者はあまり浮かばれない顔をしている。

「この技術を使うためには、人間の脳を摘出しなければならない。その脳を私が開発した液体に入れる。そうすると脳の電気信号の伝達速度が異常に早くなり、活性化する。これにより通常よりも多くの思考を巡らせることができ、時間の流れを早くすることができるのだ」

この説明を聞いた他の科学者達は口をつぐんだ。

「脳を摘出する技術は確立したから、その点は心配ないのだが……脳を肉体に戻すための理論構築が完成していない」

「つまり……脳だけになったが最後、もとに戻ることができないということか」

他の科学者がおずおずと質問した。

「そうだ。しかし、私はかならず人間に戻る理論も構築できる。この地球を救った後に人間に戻るための方法を模索する。方法が見つかった際には、それをもとにみんなの力で私を人間の姿に戻してくれ」

「いくらでも協力するさ!」

他に地球を救う道を見いだせない他の科学者達はこの提案に賛同した。

「ありがとう。必ずなんとかしてみせる」

天才科学者はそう言い残し、ついに脳だけの存在となった。

天才科学者の脳が考えることはモニターに映し出されるため、他の科学者達は彼の考えていることを知ることができた。

そうして半年後、天才科学者としては二千年の時を経て、ついに隕石を回避する方法が発見され、この危機的状況を乗り越えることができた。

「あとは彼をもとの肉体に戻す技術だけだな……」

他の科学者は、引き続き脳が映し出すモニターを監視した。

その後も、天才科学者はひたすらに研究を進める。取り掛かっているのは人間の体に戻るための研究ではあったが、副産物として発見した今の人類をより豊かにする技術も、モニターにアウトプットされていった。

そして5年の歳月を費やし、天才科学者はついにもとの肉体に戻る方法を確立した。

あとは、他の科学者達がそれを実行するだけだ……しかし、一人の科学者が言った。

「脳のままにしていた方が、人類のためになるのではないだろうか」

確かにこの5年の研究の副産物により、食糧問題がなくなり、大規模な自然災害も回避する方法を確立し、さらに病気にならない長寿の埋込み小型チップまで開発し、人類は大きく進歩した。

この後も短期間で多くの利を人類にもたらせてくれることは明白である。

これまでの功績を考え、科学者達はこれに同調した。ついに天才科学者はもとの姿に戻ることはなかった。

天才科学者自身は、なぜ自分がもとに戻れないのかがわからなかった。自分の考えたことを一方的に伝えることができても、目も耳もないため外界の情報をインプットする方法がなかったのだ。もしかしたら、今回発見した人間に戻る方法は他の科学者達には難しすぎる理論だったのかもしれない。

そう考えた天才科学者は、より簡単に説明できるように何度も方法を変えて考えてみる。その過程でさらに人類にとっての大発明を打ち出していった。

そして数年後、またしても人類に役立つ副産物がモニターに表示された。モニターには「人類の戦争を根絶する発明」と記されていた。他の科学者達は大変喜び、その理論をもとにとある機械を作った。

やがて機械が完成し、システムを起動する段階となった。

これでまた人類が発展する。皆、天才科学者を賛美した。

そしてシステムを起動した瞬間、地球上に存在する全ての人間が爆ぜて人類は滅びた。後に残ったのは天才科学者の脳だけだった。

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