人と交じり合う獣たち――顔歌の『Strange Beasts of China』
『Strange Beasts of China』(「中国の奇妙な獣たち」【原題:「异兽志」】)はあわせて9つの章で構成された奇譚集だ。それぞれの章で異なる「獣」をめぐるエピソードが描かれる。例えば1章に登場するのは「悲しみの獣」。語り手は彼らについて次のように描写する。
獣たちが住むのはヨンガン(永安)と呼ばれる中国南部にある架空の街。彼らは街を流れる川のほとりにある団地に暮らし、ほとんど人間と同じような相貌で、人間と同様の生活をしている。
獣たちについて記す語り手は、かつて動物学者を志したものの、大学卒業後、作家として生計をたてているという女性。その名前は明かされない。彼女が史実や伝説、そして自らの体験した奇妙なできごとを織り交ぜ「獣」の生態について書き記していく。
実は「悲しみの獣」には、上で引用した特徴と別の特異な性質がある。それは笑わないことだ。笑えば死んでしまうのだという。この章ではあるオスの「悲しみの獣」が語り手の友人の人間の女性と恋に落ちる。しかし「笑えば死ぬ」という特性によってやがてその獣は死に、同時にある理由から人間の女性も死んでしまう。どこか不条理な趣のあるエピソードを、語り手は幾分コミカルに書き連ねていく。
他の章では「喜びの獣」「繁栄の獣」「千里の獣」など、それぞれ別の種としての歴史や特性を持つ獣が登場する。なかでも不思議な魅力があるのが第3章の「犠牲の獣」だ。彼らは街に建てられた巨大な摩天楼の上層階に生息していて、その特性は自殺してしまうことである。それを人間の若者たちが真似し始めたために地元当局は「犠牲の獣」の生き残りをすべて殺すことを決める。それを知った語り手は当局への怒りを感じながら「犠牲の獣」と対面し、こう感じる。
しかし殺戮を止めることはできない。さらに彼女の親しい友人も実は「犠牲の獣」だったことが明らかになるなど、人間と「獣」の境界は徐々にあいまいになっていく。語り手は彼らを理解することなど不可能なのだ、と感じる。「誰にも「獣」の生を理解することはできない、彼らがどのように生き、死に、我々についてどう考え、どう生き延びていくのか誰にもわからない」(P.46)
著者の顔歌(ヤン・グ)は四川省の出身で1984年生まれ。10代から短編集などを出版し、近年では中国の文芸誌「人民文学」が選ぶ「未来の巨匠」20人の1人に選ばれている。2013年の『我们家』(「私たちの家」)は『The Chilli Bean Paste Clan 』のタイトルで2018年に英訳され「PEN翻訳賞」を受賞している。中国では十数の作品を出版し、5冊が長編である。
『中国の奇妙な獣たち』はもともと2006年、顔歌が20歳を少し過ぎたばかりの頃に中国語で発表されたものだ。執筆から15年を経て、欧米で彼女の評価が高まったことを受け、2021年に英訳された。作家自身は英訳刊行時のインタビューで作品に登場する獣について「私のなかにいたものだ」と語っている。(※1)「年齢の問題だけではないけれど、今よりもずっと傷つきやすく、センシティブであり、より影響を受けやすく、また、世界に対して率直だった」。そして、それが英訳によってよみがえり、その「けもの」を自分に思い出させてくれたことに「感謝している」と。
1984年生まれの顔歌は中国で「80後」と呼ばれる世代に属する。ある論文(※2)によれば、文学的にはこの世代は大衆性の強い「青春文学」の世代と認識され、顔歌もその一人としてみなされることが多いが、そこに「収まりきらない特徴を備えている」。比較文学で博士課程をとり、フォークナーやジョナサン・フランゼンなどの作家を愛好してきたという顔歌は、同世代の他の作家と一線を画す実験性がありながらも、正しく評価されて来なかったと評している。
近年では英語でも執筆を行っていることにも注目したい。顔歌は現在、アイルランド人のパートナーとともにイギリスに暮らしており、2023年には初の英語作品『Elsewhere』が英米の出版社から刊行された。本作と同じく9章の短編からなるこの作品について、ニューヨークタイムズ紙(※3)は「離散した華人の言語の力を探求し、人々を結びつけると同時に、あるいはその関係を隔たせる」(explore the power of language across the Chinese diaspora to either bring people together or push them apart.)作品としている。
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『奇妙な獣たち』の話に戻ろう。「獣」は何を意味しているのだろうか。物語の中で彼らは人間に対する「他者」であり、嫌々ながらともに生きなければならない存在であったり、直接的に人間を脅かす存在として描かれる。
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