宝箱を置く人7

7:住職の!うっかりお坊さん

『こらッ新香!まーたお前は漬物ばかり食べて!米を食べろと言っとるだろうが、米を食べろとッ!どうしてお前は漬物ばかり食べるんだ!五目坊主の中でお前が一番頼りないぞッ!?そんな事だから「うっかりお坊さん」なんてあだ名が付くんだッ!もっとしっかりしろ!漬物ばかり食べてないでさっさと晩飯を済ませろ!』

叱咤しているのは白い無精髭に袈裟姿、叱られている新香とは違い通肩である事から偉い住職だというのが分かる。長年お経を唱えているからか嗄れ声が目立ち、大柄な体格が特徴である。新香はというと片手を頭の後ろに当てポリポリとかき、間抜け面を覗かせている。五目坊主とはこの寺(通称:うっかり寺院)で修行している五人組のお坊さんの事で、それぞれまだ小僧...いや小僧寿しなのだが、五人の中の一人がこの寺を継ぐ事となっている将来有望の見習い達だ。優秀な順で紹介すると、全てにおいて安定感のある秀才坊主「鉄火」主婦層に人気のイケメン坊主「干瓢」メガネが特徴の色黒坊主「納豆」図体がデカく常に汗を流している巨漢坊主「河童」そしてうっかりお坊さんこと、怠け者の馬鹿坊主「新香」がいる

『明日は年に一度の御忌大会だぞ!?それに梅子婆さんが届けてくれた遺骨の葬儀もある。大忙しになるから読経したら身支度を手早く済ませ就寝しろ!分かったか!』

そう言うと住職は足早に法堂から出て行った。食事の後片付けを済ませて戻って来た鉄火達がクスクスと笑って新香の側へ寄ってくる。鉄火は新香の肩を叩き励ましの言葉をかける

『新香、だから言ったろう?晩御飯は早く食べてさっさと身支度に行った方が得だってさ。住職は晩御飯の時になると決まって短気になるのだからね。きっと住職も疲れているから早く就寝したいのだろう』

『違う違う、それは違うど鉄火ぁ。住職は飯を食うのが遅い奴が嫌いなだけだどぉ。その証拠に新香が早めに食事を済ませた時は怒鳴らないもんなぁ』

巨漢坊主の河童が自分の腹を摩り、片手に持った手拭いで汗を拭きながらそう言うと、小柄な色黒坊主の納豆が顔に不釣り合いな大きなメガネを持ち上げ、続けた

『確かに!河童の言う通りかもネ!住職の機嫌が良い時は決まってみんな食事を済ませるのが早い時だもんネ!やるネ河童!なかなか鋭いよネ!』

もぐもぐと口を動かしている新香がお吸物で流し込み、鉄火達を見上げてようやく口を開いた

『ある意味カッパやんが当たっているなァ。住職は晩飯を早く済ませてェ、でもそれは何故だと思うよ?おゥ?』

ニヤリとしている新香を見て、鉄火が真面目な顔をして答えた

『なんだい新香、まるで事の真相を知っている様じゃないか。何か知っているのかい?何かを目撃したとか?』

『しちまったなァ〜もろに見てしまった。ある日たまたま早めに食事が済んで後片付けを終えて、浴室に行こうと渡り廊下を歩いていた時にさ。ほら、あそこの廊下から総門が見えるだろ?何故だか門の前にタクシーが止まっていてさ、携帯電話で住職が何かを話しながらタクシーに乗り込んだのよ。住職は何を話していたと思う?俺ァは耳を疑ってしまったよ、何時もの住職の声のトーンじゃねェんだ。甘え声で「マリナちゃ〜ん待っててね〜ん♪今タクシーに乗る所だからすぐお店に着くよ〜♪」だとよ。要は、住職は早く晩飯を済ませてそのお店に遊びに行きてェのよ』

それを聞いた一同からどっと笑い声が起きた

『新香どん!それは、ほ、ほ、本当なのかどぉ!?マリナちゃんって誰なんだどぉ!?店ってなんの店なんだどぉ!?』

『相変わらずカッパやんは疎いねぇ〜、俺の話はいつも決まって本当にマジでガチさ、えェ?店は女といちゃいちゃ出来る所に決まってるだろうよ、マリナちゃんはその店に勤めている住職のお気に。今度皆で総門を見張ってみようか、なんなら寺抜け出して店がどこなのか見つけてやっても良い』

『でもさ!でもさ!住職って結婚して子供もいるって言ってたよネ!?ネ!?それってさ!それってさ!浮気って事じゃんネ!ネ!ダメだよネ!?』

『子供は二人いるって言ってたなァ、でも住職の歳も歳だし子供ももう結構年齢いってんじゃないか?まぁどうであれ浮気は浮気、八正道から逸れている事には変わりねェ。金にモノを言わせて若い女抱いてウハウハしている癖に俺達には渋ちんと来た。碌なもんじゃないやーな、おれァ住職にいつか痛い目に遭わせてやるんだ。この寺に革命を起こしてやらぁ、へへ』

河童と納豆はまるで新香が英雄であるかのように、キラキラとした尊敬の眼差しで囲っている。鉄火は少し訝し気な面持ちでそれを眺めている

『へぇそれはそれは大した野心じゃな。若造や、その野心を消さない様にしないとダメじゃよ。その革命とやらにあたしも参加してやろうかの?』

いつの間にか梅子がそばで話を聞いていた、一同は驚いて声を上げている

『ば、婆さん!いつから居たの〜!?もうとっくに寝たのかと思ってたよ〜!参ったなァ、余計な事聞かれちまった〜!婆さん、住職と親しいみたいだから告げ口されちまうなァ〜ははは』

ポリポリと頭を掻く新香をジッと見て、梅子は座布団に腰を下ろした

『そうかい?あたいには、告げ口をしてもらって住職の弱みを握ってやろうという魂胆が見えたがね。うっかりお坊さんとやらじゃったかね?なるほどこりゃあ、この若造が一番頭がキレるようじゃい。能ある鷹はなんとやらじゃ』

『ははは、婆さんそれは早とちりだァな、ただ単に爪が無いだけさ。どうであれ、思い立ったが吉日とは正にこの事、住職が怒って立ち上がった。どうする?今頃タクシーが迎えに来ているよ』

『よぉうし、追いかけよぉう新香どん!善は急げだぁ!』

『俺らの場合、御膳は急げだけどな』

鉄火と干瓢を残し、他の一同は住職を追いかけて行く。浴場で鉄火と干瓢が話をしている様だ。そこの綺麗なお嬢さん、寄っておいで見ておいで。イケメン坊主の干瓢が全裸で何を話しているか気になりゃしませんか。なぁに減るもんじゃあるまいし、覗いていきなさいよ。男の一物…いや、女の妄想なんて膨らませる為にある様なもんだ。さあさ、お嬢さんどうぞどうぞ

『…へぇそれで君以外は住職を追いかけて行ってしまったと。君は興味ないのかい?住職の裏の顔をさ』

『何を言っているんだ干瓢、僕は住職を信じているから行かないんだよ。それに明日は大切な御忌大会がある。遊びは二の次にするもんだろう?努力の先に結果があるんだから、やるべき事をしなくちゃ』

『…やるべき事ね。フフッ』

『なんだ気味が悪いな急に笑い出して、一体なんなんだい』

『…聞きたい?どうしようかな、誰かに話されると困るからやめておこうよ…』

『男同士の裸の付き合いじゃないか、素っ裸でこれ以上何を隠すんだ。僕たちは親友だろう?誰にも話さないよ、約束は守る』

『…約束は守る、か。……鮎川温泉の御上さん知ってるかな』

『美人御上で有名な、なお婦人だろう?明日の御忌大会の審査員として来る様じゃ無いか、その人がどうしたの?』

『…その人とね…色々と関係を持っていてさ…』

『関係?関係って、所謂“大人の”ってやつかい?』

『…フッまぁね』

『なんだい干瓢、お前は年増好きだったのか』

『…別にそうじゃない、ボクだって好き好んでやってる訳じゃないよ。審査員としての御上さんの票を、体で買い取ってるって訳さ…』

『干瓢、お前は坊主だろう?何をそんな男版の遊女みたいな事をしているんだい。御忌大会というのは、自分自身の知恵を−』

『君はエリートだから分からないんだよ…今のままで行くと間違いなく君がこの寺を継ぐだろう。こういう事もしていかなくちゃボクみたいな出処が悪い人間は這い上がれないんだ。…言っておくけどね、ボクは君をライバル視している。蹴落としてやりたいと思っている、君が嫌味な奴ならね…』

鉄火は言葉を詰まらせてしまった。干瓢は水栓を閉めると、桶に入れた湯で体を洗い流した。それから黙々と湯槽に浸かり、天井を見上げながら干瓢は続けた

『…この際、全て包み隠さず話してしまおうか…』

『……』

『…小梅ちゃんいるだろう?』

蛇口を見つめたまま黙っていた鉄火がフッと気付き、干瓢に顔を向けて口を開けた

『小梅ちゃんって、あの雑貨屋の?』

『…そうさ、他にどんな小梅ちゃんがいるのさ。実はあの娘に好かれていてね、こないだ遂に…味見をしてしまった…』

『味見って…小梅ちゃんは新香が好きな子だぞ?干瓢も知っているだろう、もしかして干瓢も好きだったのか?』

『…正直興味なんてないよ、ただの遊び半分さ。人間という生き物は他人が欲するモノを横取りしたくなるもんでね。大体…ぐずぐずしているから取られるんだ。悪いのは度胸のない新香さ…この話は別に黙っていなくても良いよ、寧ろ話してくれよ。この事を知ったら…フフッあいつの事だ、血相変えてボクを殴ってくるだろう。そして住職に追い出して貰えば良い、そうすりゃボクがこの寺を継ぐ可能性も増える…』

『干瓢!お前は五目坊主を仲間だと思っていないのかッ!?』

『…仲間?仲間な訳無いじゃないか。何を言っているんだ、寺側はボク達を切磋琢磨し合わせて次期住職を育てているだけさ。五人全員がこの寺を継げる訳ないじゃないか。仲良しこよしで生きていけるほどこの世の中は甘くないだろう?河童や納豆を見ていてごらん、どちらか一方が居なくなったら後を追うようにもう片方も出て行くだろうさ。そんな奴等にこの寺が務まる訳がないんだ。あいつら二人はボクの眼中には無いよ、仲間なんていない。全員敵さ…』

湯槽から上がると、何も言わずに出口へと向かう干瓢。すると突然立ち止まった

『…こんな話を聞いても、誰にも言わないって約束……守れるの?』

『……』

『…まぁ、どっちでも良いけど…』

浴室には沈黙する鉄火がただ一人残っていた。長時間椅子に座ったままのお尻に違和感を感じ、お尻の位置を少しずらす。それから数時間後、新香一同がニヤニヤしながら寺院に帰ってきた


夢を観た

燃え上がる山、轟轟と溶岩が流れている。その溶岩で二手に分かれた人々。どんよりとした曇り空の下、世界は混沌としている。遂には全て飲み込まれてしまった。そこで目が覚めた


『…!!!やった成功だ!蘇りの念仏ってやつを一度試してみたかったのよ!』

『本当にええんかね、こんな事して。仏様に怒られるんじゃないかい』

『俺は別に仏や神に何の恩もねェからね、まぁ仏も二度目までは許してくれるっつーから。それより婆さん、こいつに合う服を持ってきてやってよ。折角、生き返らせたのに、これじゃあ風邪拗らせてまた死んじまう』

『そしたらまた生き返らせれば良いじゃろう』

『何言ってんだい、もうこれで二度目だよ』

『仏様に二度ある事は三度あると言えばええ』

『ははは、もう頼みますから早く持ってきてよぉ』

そこには遺骨になったはずのタケやんが居た。何が何だか分からない様子で辺りをキョロキョロと見回している。あれ?なんだやっぱり生き返らせたかという顔をしているね、物語を盛り上げる為に主人公を死なせただけかと。馬鹿言っちゃいけないよ、この物語の主人公は語り手の私だよ。なんて言ってみたりして。…まぁ良いから最終話までお付合い下さいよ。これも何かの縁だ、きっと心を震えさしてみせますから。話は戻って、早朝の寺院は静まり返っており、ミンミンゼミとニイニイゼミが合唱を始めた。タケやんが服を着た後、新香達は事の経緯を聞き始めた

『…成る程ね。たださっきも話した通り、この争いを止めるのは困難だァね。争いが止むって事は、世界が変わったって事だからね。兄さんが自分を責める気持ちも分からんでもないが、口を挟んだところでややこしくなるだけだ、もう成り行きを見守るしかないやァなぁ。それとも何かい?何か秘策があるのかい?』

『……』

『ん〜それじゃ無理だーなァ。何の策も無しに飛び込んで行くんじゃ、柵に引っかかりに行く様なもんだ。俺もその都度生き返らせてたんじゃ、仏の顔がいくつあっても足りゃしねェ。…そうだ!もしあれなら、ここの住職の息子が離れ街で鍛冶屋やっていてね、そこで鎧や武器やら拵えて貰えばいい。なぁに、あっても困るもんじゃあるめぇし行ってみても良いじゃねェの。な?今から地図描いてやっからよっ』

新香はそう言うと日本紙に墨でもって地図を書きだした。すると梅子の隣で話を聞いていたシケモク太郎がこう言った

『その鍛冶屋とやらでオレ様の防具や武器も作ってくれるのか?もし作ってくれるんならよ…(長ったらしいし、物語的には関係ないので以下略)』

ったく鬱陶しいな、というかこのキャラいるの忘れてたわ。邪魔になってきたから死んだ事にしようか。もしくはシケモク太郎の命と引き換えにタケやん復活でも良かったな。でもそれはそれで面倒臭くなりそうだから、もうこのまま行こう。*これからずっとシケモク太郎は(以下略)で進行していきます

すっかり外は明るくなり、気づけば鶯と雉鳩、ひぐらしも合唱に加わっていた


いよいよ御忌大会も開催されようとしている最中、渡り廊下で新香と干瓢が二人で話し合っている。相変わらずすっとぼけた表情の新香とは違い、干瓢の顔は鬼気迫る表情をしていた

『…じゃあ、鉄火からは何も聞いていないんだね?』

『あぁ、なーんにも聞いておりませんよ。聞いたと言やァ明けの明星が昇った時に聞こえた寝っぺぐらいだ。あ、それは俺のだったか』

『…ボクは真面目な話をしているんだ、ふざけるんじゃない』

『ははっ悪ぃ悪ぃつい癖なもんでね。で、どうしたんだよ。さっきからそんな怖い顔して。まさか坊主がお化けを見たなんて言うんじゃないだろうなァ、えェ?』

『……君は小梅ちゃんの事が好きなんだろう?』

『何を今更。いやァ、あの照れ屋な所がまた可愛くてねェ。あんなに可憐な女もいつかは梅子婆さんみたいになっちまうのかと思うと、恐ろしいよなァ。俺ァなんだか柿が干し柿に変わる過程を見ているようだよ、えェ?ほら、あそこの農家もよォ、離婚したかと思ったらあっという間に若い女娶っちまって。ありゃ毎日柿の過程を見ているからだろうな、柿から学んだんだよ。柿といえば−』

『君に謝らなければいけない事がある…』

『…? 謝るって何をだい?別に柿でおめぇに謝られる事なんてねェと思うがなァ』

『…柿は関係ない。実はこないだ……その…小梅ちゃんを…その……だ、だい…だ、だ、抱いてしまった……』

干瓢はそう言うと申し訳なさそうな表情をしながらも、何かを期待するような瞳で新香の顔を覗いた

『抱いた?ははっ、おめぇなァお姫様抱っこなんつーもんは西洋人が教会でもって……だ、だ、抱いたッ!?抱いたっつーと、つまりその…』

『…ボクの男根を小梅ちゃんの−』

『いや皆まで言うなよッおめぇのキャラでもねぇ。…あらァ…ははっそうかい…おぉ〜そうかい…抱いちまった…いやァ…はははっ…』

『…すまない……ボクを、殴ってくれ…』

『殴るっつってもねェ、もう、その、時すでに遅しというか…いやァ…ははっ……』

『…君がぐずぐずしているから!どうして想いを伝えなかったんだいッ!?』

『逆ギレしてんじゃないよこの野郎、えェ?謝ってみたり怒ってみたり忙しい奴だなァ』

『…ボクを、殴らないのかい?』

『殴る訳無ぇじゃねェか。いや干瓢の言う通りだよ、ぐずぐずしてる方が悪ぃんだぁな。俺もね、小梅ちゃんがおめぇの事好いてるなんてのは薄々気づいてたよ、小梅ちゃんだってそっちの方が幸せになれるんなら何も言う事はねェじゃねェの、えェ?』

『…ボクが…小梅ちゃんの事を…遊び半分で抱いたとしてもかい?』

『あ、遊び半分?…なんだおめェ、他に付き合ってる人いるのか?』

『…いるよ、二股どころじゃない』

『自慢してんじゃないよこの野郎、えェ?なんだいおめェ一体何股してるんだよ、股ってのは一つしかないんだぞお前、えェ?一つぐらいお裾分けしろってんだよったく』

『……君の大好きな小梅ちゃんが遊び半分で寝取られたのに、何も感じないのかいッ!?』

『取るも取らねぇもなァ、まぁ誰のもんでもねぇしなァ元々。…小梅ちゃんが一時でも幸せを感じる事が出来たんなら、それで良いんじゃないの?よく分かんねェや、はははっ』

『…君の大好きな小梅ちゃんの貞操を奪われたのにそれで良いのかいッ!?』

『なんだよさっきから君の大好きな君の大好きなって、おめェ。頭の中で卵が映ってしょうがねェや。おまけになんだか月見うどんが食いたくなってきた。大体よォ貞操なんてもんはよォ、やってたとしてもやってねェって言っちまえばそれで済む話なんだから、えェ?あ、おめェちゃんと避妊はしたんだろうなァおい。避妊はしないとダメだよおめェ、子供が出来て証拠が残っちまう』

『…堕ろさせれば良いさ!!』

『そんな事言っちゃいけねぇよおめェ、えェ?俺だってね母親から、私がお父さんの反対を押し切らなかったらあんた今頃産まれてないのよ。だなんて思春期の頃に言われてだなァ、大層傷付いて愚れたもんだよ、あぁ。命ってもんは大切にしなきゃいけねェ。何かの縁だ、それを粗末に扱う奴は碌な死に方しねェぞ?あぁ違いねェよ』

『……!!』

『なんだどうした、顔真っ赤にさせちまって』

思い通りに激情しない新香に苛立ちを募らせる干瓢。怒りの沸点を超え、我を失って叫んだ

『…ボ、ボ、ボクは小梅ちゃんを遊び半分で旨い汁だけ吸ってなぁッ!飽きたら捨てて、不幸にしてやるぞッ!?ある程度の年齢までいったら行くあてもないからなぁッ!遊女かなんかになってボロボロになって路頭に迷うだろうよッ!それで良いんだなッ!?』

『大丈夫だよ、そしたら俺が拾う』

『……!!!!!』

『…なぁ干瓢よォ、何となく俺に突っかかってくる気持ちも分からんでもねぇが、お前がそんなに躍起になる理由は、恐らく行く末の不安からだろ?そりゃあ五人全員寺は継げねェ、残るのは誰か一人だ。でもそんなもんは何処かのお偉いさんが決めた下らねぇ決まりだろ?だったらそれを変えてやれば良い。ほら昨日、河童と納豆と梅子婆さんで住職の後をつけたって言っただろ?まァ今日の御忌大会を見ときなよ、革命起こしてやらァ。へへっ』

『……!!!!もういいッ!!!』

そう言うと干瓢は物凄い形相で走って行ってしまった。新香はポリポリと頭をかいている。そうこうしている内に御忌大会の開幕である。タケやんと梅子達はと言うと、住職の息子がやっている鍛冶屋へと向かう為、御忌大会の見物に来た大勢の人をかき分けながら、なんとか総門の所まで来た。梅子が少しだけ見たいと言うので、タケやんとシケモク太郎も観衆の外で見物する事に。住職の後から五目坊主が登場し、歓声はより一層大きくなった


『えーでは次のお題。…耐えきれない悲劇が自分の身に起きた、被害者という立場になった時、加害者に対して人が行うべき最善の方法とは何か?…思いつくかな。はい、ではまず鉄火から』

『はい…人はすぐ憎悪に対して憎悪で対抗しようとする生き物です。しかし、憎しみの連鎖を止める方法はただ一つ、それは許す事でございます』

『うむ。流石鉄火だな、優秀な答えだ。では次に河童、他に何か思いつくかな?』

『はぁい、えーとぉ〜…でもそれだどぉ、どうせ許して貰えるから、悪い事しちゃえって考えの奴も出て来ると思うんだどなぁ〜…だから一番良いのは罪を憎んで人を憎まずなのかなぁ…法は罪を裁くものであって、人を裁いてはいないと思うんだどなぁ…』

『ほほう、成る程。人は許しても罪を許してはいけないと。では次に納豆、他に何かあるかな』

『…ん〜とネ!ん〜!ぼくも河童やんの言う通りだと思うんだよネ!やっぱネ!刑務所は必要だよネ!うん!ぼくもそう思うよネ!ネ!』

『なんだ納豆、相変わらず右に習えだな。まぁ良い、では次に干瓢。他に何かあるかな』

『……はい…私も鉄火君の考えと似ております、やはり許す事が最善の方法かなと。法で裁けれない事に対して、どう対処するのでしょうか?そういった出来事に遭遇した場合、法で裁かれないからと憎悪を抱いてしまうのではないでしょうか?』

『うむうむ、お見事だ干瓢。それこそが許す事の大切さだな。では次に新香……こら新香!今にも眠りそうな顔じゃないか、目を覚ませ!他に何かあるかッ!?』

『へェ…ん〜まぁ難しい事はよくわかんねェけども、許すも許さねぇも何も、一番良いのは“気にしない”って事なんじゃないっすかね。気にしなきゃ考える必要もないんでねェ』

会場に笑い声。住職はその雰囲気をぶち壊す様に怒鳴り声をあげた

『馬鹿者がッ!お前は仏教から何を学んできた!?考えの放棄は教えに背いているだろう!大体お前は修行が足らんのだ!この前も雑巾掛けの時に、水ではなくお湯を使う始末!理由を問いただすと、住職の足元を冷やす訳にはいかないだ!?自分が温い思いをしたいだけだろうがッ!世の中には即身仏にもなられた方々もおるというのに、お前は自分が坊主として情けないと思わんのかッ!?』

『思いやせんなァ、即身仏とやらにも興味ありませんからねェ』

『何ッ!?もう一度言ってみろ、バチが当たるぞ!そもそも即身仏とは何か知っているのか!?』

『えェ知っておりますよ、野垂れ死んだお坊さんの事でさァ』

『大馬鹿者ッ!即身仏とは、この世の天災や疫病や飢えで恐れおののく人々の苦悩を背負うために、厳しい修行を経て、山に篭り断食をして己の肉体をミイラとして残す事を言うのだ!』

『でも苦悩は無くなりゃしませんわなァ、人間から苦悩を取っちまったらそりゃただの猿だァな。おまけにミイラまで残しちまって、迷惑な話でさァ』

『お前それを即身仏となった方々にそのまま言えるのかッ!?』

『言える訳ァないでしょう、死人に口無しですもの。どこぞのいたこや霊能者じゃあるめェし、俺ァ死者とは話せません。命あってのもんですわ』

『お前は仏教を何だと思っておるッ!信仰もない人間が、教えを理解出来る訳がないだろうがッ!』

『その教えに背いている人間を、俺ァ知っておりますがね』

『なんだとッ!?さっきから口答えばかりしてッ!どこにそんな人間がおるんだ!お前以外におらんではないかッ!!』

また観衆から笑い声が聞こえると鉄火が目を瞑り、俯き始めた。干瓢はと言うと、余計な事を話すなよと言わんばりに新香を睨みつけている。河童と納豆は一点を見つめたまま固まった。新香は頭をポリポリと掻きながら続ける

『いやちょっと観衆の皆さん聞いてくださいよォ、俺ァいつも晩飯の時になると決まってこの住職に怒鳴られるんだ。漬物ばかり食うなだ早く済ませろだ、別に良いじゃないっすかねェ好きな物を食ったって、どうせ食うんだから。で、こないだね。珍しく晩飯が早く終わったんでさっさと片付けて身支度でもしようと渡り廊下を歩いていたんですよォ。そしたらね、総門の前に…分かります?入口の門の事ね、その門の前にねェタクシーが停まっているの。ありゃなんだってな具合に眺めていると、この住職が携帯片手に電話しながら来てねェ「もしもし〜ん♪マリナちゅわぁ〜ん♪うんうん今行きまちゅからね〜ん♪」だとさ』

どっと観衆に笑い声が起きて拍手もちらほら。住職は立ったまま顔を硬直させて苦笑いをしている

『調べてみるとねェ、そのマリナちゅわぁ〜ん♪はどうやらキャバ嬢らしいんですよォ、ねェ?妻子持ちですよォ?この住職。店から出てきたかと思ったら、マリナちゅわぁ〜ん♪と一緒にタクシーに乗り込んじゃってさァ。そのまま二人の世界に走り去っていっちまったって訳。タクシーの次はマリナちゅわぁ〜ん♪に乗るのかねェ?まぁそれは置いといて、』

星梅子が腹を抱えて爆笑している。会場は拍手喝采となり物凄い盛り上がりを見せた。鮎川温泉の御上さんは具合が悪いといった感じに俯き出し、干瓢もどうしたら良いのか分からない様子だ。鉄火は苦笑いで観衆を眺めており、河童と納豆はクスクスと笑っている

『何が頭にくるかって、夜の世界では羽織が良い癖に俺たちには渋ちんだって事ですよ、えェ。こないだだってねェ地方の葬儀が終わってねぇ?ご飯を食べに店に入ったんですよォ、ねェ?そしたら全員一律1000円ですよ?普通、住職とあろう者が割り勘ってあるのかねェ?いや、全額出せとは言いませんよォ?少しぐらいは多めに出して貰わないと、マリナちゅわぁ〜ん♪に何を出してんのかは知らないけども、金出して貰わないと格好がつかないやぁーねェ?その癖にこうやって偉そうに毎日毎日俺ァ怒鳴られてねェ?おまけに仏教の教えに背いていると説教が始まったと来た。観衆の皆さん、俺の辛さ分かるでしょ?』

梅子が満足した様子で、一同が門から出ようとした時、新香と目が合った。タケやん一同が手を振ると新香はゆっくりと頷き、再び観衆の方へ顔を向けて語り出す

『何が許せないってねェ?他の四人の表情を見てやってくださいよ、ちっとも活き活きとしてねェじゃないですか、えェ?そりゃそうですやねェ、こんな住職の元で修行してたら心も次第に腐っていってしまいますわ。俺以上に苦しい思いをしている奴を知ってるんでねェ、俺ァこうして代弁して反抗している次第でさァ。この後、住職にどんな仕打ちを受けるか想像しただけでも震えますがねェ、まァ頑張っていきますよ』

歓声が鳴り止まないうっかり寺院を背に、タケやん一同は西へ西へ。目指すは離れ街の鍛冶屋。梅子とシケモク太郎も興味があると同伴し、始まった戦争を止める事は出来るのか。兎にも角にも物語は進む


さぁ、行くのかいタケやん。きっとこの先だって良い事ばかりではない、辛く悲しい事の方が多いだろう。何かを変えようとすれば、大きなモノに抵抗すれば、何かを手に入れようとすれば、そして、何かを渡そうとすればする程、その比率は悲しい事の方へ傾く。それでも行くのかい、動かない方が楽だというのに、深傷を負う事だって無いだろう。本当に行くのかい、覚悟は出来ているのかい

君がその気なら、良い答えへと導ける様、語り手として私も苦悩し抗おう


タケヤンは再び走り出す。

つづく

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