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はじめて「家族写真」を撮ったはなし

小学校に入学した年、母ヨーコとお父さんが離婚をした。暫くは親子二人での暮らしだったが、私が十才の時にばなちゃんが家族に加わり、それ以来ずっと二人と一匹で生きてきた。二人での生活より、二人と一匹での生活のほうが約五倍も長い。ばなちゃんがいない頃の生活なんぞ、もはや思い出せない。

生きている限り、終わりは来る。いつかはこの「家族のかたち」も変わる。犬は人間より寿命が短い。いつかはばなちゃんのいない日々のほうが、二人と一匹で暮らした年月より長くなる。
わかっていたが、わかっていなかった。知っているようで、知らなかった。
けれどばなちゃんが肺がんと診断されて、雲のようにぼんやりしていた「それ」がすごくリアルになった。14年間の「かたち」が変わろうとしている。

七五三は写ルンです、成人式の前撮りはしてないし、大学の卒業式も母ヨーコの4年モノのiPhone7。思えば私自身も、家族としても、プロに写真を撮ってもらったことがなかったけれど、この14年間のあゆみだけは、未来に残したかった。そしてどうせ残すのならば、何年先に見返しても、まるで昨日のことのように幸せを感じられるものであってほしかった。

そんなわけで、私たちは人生ではじめての「未来に残すため」の家族写真を撮ることにしたのである。

これも後に残る「かたち」の一つかな、と思ったので、覚え書きもかねて書いていきます。


①カメラマン探し
まずはカメラマンを見つけなければ始まらない。
「写真館のような『きっちりとした写真』では私たちのズボラでアホでゆるハッピ〜な雰囲気が出ないな」と思い、OurPhotoという出張撮影のマッチングサイトでカメラマンさんを探すことにした。
まずは日程で検索。その時点でざっと六十人以上……。写真の雰囲気、予算、プロフィール、レビューの四点を加味して十名程度まで絞り込んだが、ここから先が難航した。だってどの人の写真も本当に素敵なんだもの……。

ヨーコや彼氏のアイダホポテトフェイス(本人名付け)、ばなちゃんに手伝ってもらいつつ(?)一週間かけてようやくスズキタツヤさんというカメラマンさんに決めることができた。ちなみにお値段は五十分、交通費込みで一万一千円だ。

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一緒に選ぶばなちゃん。目見えてないけど。

②写る人
次は写る人決め。決めも何も、家族写真だったら家族で写らんかい!という感じよね、フツウ……。確かにきっかけは「二人と一匹の生活をかたちに残したい」だったから、それならばヨーコ、ばなちゃん、私、でよい。けれど、どうせ撮るのであれば「ばなちゃんを愛してくれている人たちも一緒に写ってほしい」と思った。その方が、ずっと幸せな思い出になるだろう、と。
家に来るたびにばなちゃんの写真を撮りまくり、会社の人にまで自慢をしてくれている、親友の明日香。ばなちゃんにガンが見つかった時に真っ先に会いにきてくれて、いつも優しい声と優しい手つきでばなちゃんを撫でてくれる親友のるり。我が家に来るうちにすっかり「ばなマスター」になり、抱っこからお散歩、お薬の煎じまでこなすようになった彼氏、アイダホポテトフェイス。この三人にお願い。全員快くオッケーしてくれて、それだけで幸せな気分だった。予定が全員あったのが奇跡的……。

③事前打ち合わせ
カメラマンさんとの打ち合わせはチャットで。
私がパンピ〜(死語?)丸出しでオタオタしている間に、サクサクとロケーションの下調べや、撮ってほしい写真のイメージを固めてくださった。地元での撮影のくせに、何からなにまで提案してもらう女……。
写る人々について簡単なイラストを交えて説明をしたら、当日イラストを描く用のボードを持ってきてくださるという。サイトのレビュー通りめっっっっっっちょめちょに良い方であった。
チャットの様子をスクショし、三人に「いい人……」と送りつけるくらい、私は嬉しかった。

<当日>
④待ち合わせ

当日は生憎の雨。当初は近所の公園で撮る予定だったが、念のためにと借りていた小さなレンタルスペースを使用することに。
ばなちゃんはいつもはほぼ寝ているのに、移動中もワン、降りてもワンと大変活発であった。いつもショルダーバック型のキャリーに入れているのだが、起きているのにチャックを閉めて閉じ込められたのが不満だった模様。
スズキさんとも無事合流し、スタジオへ向かう。

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ばなお嬢はこんな感じでお顔を出すのがお好き。きも〜ち出ているあんよがおきゃわポイント。(定期入れが落ちそう!)

⑤撮影開始
今回来てもらった三人は殆ど面識がないし、私は強火の人見知り。おまけに写真も撮られ慣れていない。「どうなるかしら……」と心配していたが、タツヤさんの明るい声かけと、ばなちゃんのぷりち~さ、明日香の話術(?)で空気はあっという間に緩んだ。
アイダホポテトフェイスのカメラを使って「目線くださ〜い」とカメラマンごっこをしている間も(それでいいのか二十五歳たちよ!)タツヤさんは「自然な雰囲気でいいですよ〜」とフォローをしながらも、ばし〜〜と撮ってくださっていた……。これがプロ……。

(アイダホポテトフェイス撮影:タツヤさんと明日香、私の頭)

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室内で撮るのに五十分は長すぎるかな?と思っていたが、わいわいとはしゃいていたらあっという間だった。なんなら若干過ぎた。大丈夫ですよ〜とタツヤさん。小道具として持ってきてくださったお絵かきボードも「僕にはこの絵は消せません!」とくださった。終始優しく、去っていく後ろ姿まで爽やかであった……。ちなみにばなちゃんは終始おねむであった。きゅん。

⑥残った「かたち」
大好きなばなちゃん、大好きな母。大好きな親友に、大好きな彼氏。ばなちゃんを中心とした撮影だったが、一等の幸せ者は私だったんじゃなかろうか。
家に帰ってもふわふわとした気持ちが抜けず、お昼寝をしたら撮影の様子が夢にまで出てきた。

「ああ、届くのが楽しみだなあ。一週間後くらいかなあ」と余韻に浸っていたら、タツヤさんからメールが届いた。「今日の写真できました!」ジェバンニ級の(これも死語?)仕事の早さ…。

ここからは私のしょうもない言葉より、写真をみてほしい。

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DSCF4850のコピー

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今こうして見返しても嬉しく、幸せで、ちょっぴり切ない。修学旅行から帰ってきて、久々の一人の布団の中にいる……ような気持ち。

明日香とるりは十代前半の頃からの友達だ。中二病をこじらせている頃の私も、ばなちゃんが若く、ぷりぷりの頃も知っている。
昔のばなちゃんは二人が我が家に遊びにくると嬉しくて大騒ぎし、私が宥めようがオヤツで釣ろうが尻尾をぶん回し、飛び跳ねていた。
すっかり耳が遠くなってしまったばなちゃんは、インターフォンの音も、廊下で響く足音も、ドアが開く音にも気がづかない。尻尾も常に垂れ下がったままだし、駆けまわることもない。
「ばなちゃん、昔はインターフォン鳴らすと吠えるから、さいの家に遊びにいく時は電話で『ついたよ〜』って連絡したよね」
「私は構わずピンポン押しまくってたけどね。喜び過ぎて家中駆け回ってたよね」
「だいぶ穏やかになったねえ」
「でも年をとればとるほどかわいくなっていくねえ……」
年をとって、すっかり穏やかになったばなちゃんを抱きながら、こんな話ができる。そんな人たちが二人もいることが、幸せじゃなきゃなんなんだろう?

彼氏はばなちゃんとここ一、二年の付き合いだけれど、多分、ヨーコと私の次にばなちゃんの世話がうまい。
確かにばなちゃんはかわいい。すごくかわいいが、やはり生き物だし、年も取っているので、汚い時も手がかかる時も沢山ある。お薬を毎日シリンジで飲ませなきゃいけないし、ご飯はこぼしまくる。抱っこすれば手をよだれまみれにされたり、おしっこをされたりする。
彼はビビらずばなちゃんに薬をやり、嬉しそうに手をよだれまみれにされ、おしっこをされても「されちゃった~」と言いながら何食わぬ顔で洋服を脱ぎ、洗濯機に放り投げる。
こういう、今のばなちゃんの日常ををフラットに受け入れてくれること。それが私にはとても嬉しく、ありがたい。これもやっぱり、幸せの一つだ。

やっぱりみんな、私の大好きな人たち。私の人生そのものだ。そしてばなちゃんにとっても同じ。膝の上でぐうぐうと眠れるくらい、安心できる人たち。
大好きな、私たちの人生。


私は今まで「写真を撮ること」にあまり価値を感じていなかった。そもそも、写真を撮ることを主目的にしたことがなかったし、自分はスマホで十分。そう思っていた。

でも今回「きちんと写真を撮ってもらう」ていうのも、たまにはいいな、と素直に思った。ちゃんとこだわって、考えて、かたちを残す。その行為自体が思い出になるし、心を込めて撮られた写真にはこんなに色や香りや音が残るんだ、ということがよくわかった。

ばなちゃんとはいつか別れることになる。ばなちゃんだけではない。いつになるか、誰が先ははわからないけれど、ヨーコとだって、明日香やるり、彼氏とだって、いつかは必ず別れることになる。

でも、この写真たちを見返せばすぐに「今日」に戻ってくることができる。この写真に触れている瞬間は、永遠に「五人と一匹」なのだ。

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ラブリ〜ぷりぷりドッグ、ばなちゃん15歳。肺がん。日々の暮らし。
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