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【オリジナル小説】希望のアイドル

※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

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時は2030年


世界は自動運転が当たり前になり、さらに体に内蔵される
icチップにより、通話が可能になるなど飛躍的に進歩していた。

あれはもう10年も前の話だろうか。


2020年東京オリンピックの開会式は秋元康プロデュースにより

AKBグループのみならず
日本で活動するアイドルが
一同に集まり、JPN48を結成

誰もが失敗すると思っていた中
世界からも過去最高の開会式と
称されるほどの素晴らしいものになった。

誰もが、アイドルに夢中になり
アイドル戦国時代はさらに加熱した


時のトップはやはり
AKB48だった


AKB48が20期生を迎え
また、国内では札幌を拠点とする
SPR48

沖縄、那覇を拠点とする
NHA48と日本中を取り込み


2021年の選抜総選挙投票券付きの
シングル「涙の川」は
売り上げ枚数400万枚を突破した。


総選挙1位に輝いた
AKB48 チームA
18期生の 井上 祭はスピーチでこんな
言葉を残した。


「アイドルの夢は終わらない」


アイドルを目指す、女の子たちは
この言葉に感激し、よりいっそうアイドルは増えていった

しかし、長くは続かなかった。

握手会で度重なる事件が発生
技術の進歩で、刃物などの持ち込みは不可能なものになっていたが

参加者が膨大に増えたため、その検査も甘くなってしまっていた。


そして2022年

今年も総選挙を控えた5月のことだった

東京ドームで行われていた
全国握手会にて、20代の男性が暴走
刃物を振り回し次々と斬り付けていった。


昨年の総選挙女王
井上 祭を含む5人のメンバー
ファン10名が死亡する最悪の事件
「アイドル殺人事件」

後に、「血の握手会」「最後の握手会」と称される事件が起きた。


その後のアイドルの崩壊はあっという間だった。


握手会などの接触イベントの禁止が法律で決まり

事件後、多くのメンバーが一気に
アイドル業界から姿を消した。


事件から1年後の
2023年10月


総合プロデューサーであった
秋元により
既に解散していたNMB48を除く
AKB48.SKE48.HKT48.NGT48.
STU48.SPR48.NHA48の解散が発表された


すでにファンはアイドルに冷めており
最後の劇場公演は、くしくも
スタートと同じたった7人の観客に見送られたものだった。


時は流れ


2030年


1人の男がアイドル復活に向けて
立ち上がった。



その男の名前は
葉山 蓮(はやま れん) 28歳だ


AKB48のファンは大きく3つに分類することができる

1つ目は、初期の前田敦子、大島優子がセンターをつとめていた
時代のファンである

2つ目が、指原莉乃、渡辺麻友がセンターをつとめていた
時代のファン

そして3つ目が
井上祭や、NHA48センター 瑞慶覧 遥姫(ずけらん はるひ)が
活躍していた時代のファンに分かれる



葉山は2020年、18歳の時に東京五輪開会式を会場で見ていた
それまで、まったく興味もなかったが
JPN48のパフォーマンス、そのセンターで踊る
井上祭に虜になった

それから大学生になった葉山は、井上が亡くなる2022年までの2年間
握手会、ライブなどのイベントには全て参加

彼は高校時代、野球部に所属していたが
2年の夏に、肩を負傷し野球を辞めざるをえなかった
生きる希望を失っていた葉山にとって井上は希望の光だった


井上が亡くなる2ヶ月前
AKB劇場、過去最高の倍率となった井上祭生誕祭の
会場の中に、葉山の姿はあった

彼は、生誕委員長を努め、生誕委員500名をまとめあげていた
劇場の外には、みたこともないほどのスタンドフラワーの数
劇場に入ることができなかったファンで溢れかえっていた

この様子はフジテレビ、ニコニコ生放送
当時、スマートフォン専用で誕生していたAKBTV.comで
生配信された。


本編が終わり
アンコール前の口上
真っ暗な画面の中
葉山の声に誰もが耳を傾けた


「みなさ~ん、こんばんは! 盛り上がってますか? (イェーイ!) まだまだ足りませんよ。盛り上がってますか? (イェーイ!) 」


「今日は3.1に18歳の誕生日を迎えた井上 祭ちゃんの生誕祭です!」

「2019年、18期生として加入してから3年が経ちました。
当時のAKBグループは、指原莉乃、横山由依、岡田奈々、向井地美音という主力メンバーが相次いで卒業し、もうAKBは終わったと言われていた頃でした。
そんな中、加入し1ヶ月というスピードで、樋渡チームAへ昇格し、そこからわずか4ヶ月でAKBのセンターにまで上り詰めました。
2020年の東京五輪では、全アイドルの中でセンターに立ち
オリンピックのために書き上げられた、「Gold Medal」を見事に歌い上げました
そのステージがなければ、私はここにいないだけでなく、死んでいたかもしれません。
選抜総選挙では2019年に2位、昨年は見事1位に輝きました!
今日は生誕祭、いや井上祭(いのうえさい)です。
これからの祭がもっと皆さんに知っていただけますように、祭にとって素敵な1年になる、年中お祭り騒ぎな1年になるようにと、願いを込めて、アンコールは盛大な祭コールでお願いします!
アンコールいくぞーー!!」


会場に響く、祭コール
フジテレビで放送されていたこの生誕祭は
瞬間最高視聴率、38.9%を記録した


そして、祭が登場し
彼女のために作られた楽曲「Inoue Festival」が初披露された


その曲の後
彼女が、感謝を口にした


「今日は最高の生誕祭をありがとうございます。
AKB48に加入する前、私は大きな病をかかえていて病院にいました。
薬による、副作用も強く、こんなにつらいなら死んじゃいたいって何度も思いました
でも、そんな時力をくれたのがAKB48でした。
私が入院していた病院にAKBが来てくれて、ライブをしてくれたんです。
キラキラと輝いていて踊っている姿に心を打たれて、私は当時センターだった
樋渡さんに思いを伝えました。”私にもアイドルできますか?”
すると、樋渡さんはこう言いました”女の子は生まれながらにして誰かのアイドルなんだよ”
”ほら、こうして今、私はあなたの中のアイドルになれた 君ならきっと日本中の人のアイドルに
なれる。君にはその素質がある” ”私はみんなのアイドルのまま死んでいくの
アイドルのために死んでくれる気になったら、いつでも声をかけて。待ってるからね"
私にはその当時、意味がよくわかりませんでした。
でも今ならその意味がわかります。私は今、みなさんのアイドルになれたんだって!
このままみんなのアイドルのまま死ぬことになっても後悔はありません!!
今日は本当にありがとうございました!井上祭でした!!!」


このスピーチは2ヶ月後
ニュース番組で毎日のように使われることとなった。


くしくもその年の
流行語は「アイドルのまま死ぬことになっても後悔はありません!」
ではなく、「握手会殺人事件」となった



葉山は現在28歳


井上が殺された事件の時
彼は握手会会場におり
その悲惨な事件が起きたのは

彼がレーンにならんでいるときだった



彼はレーンに並んでいる時に彼女の叫び声を聞いた

叫び声を聞き、みんなが逃げる中
レーンに向かっていた彼がみたのは

無残にも血を流して倒れている
井上と、同じレーンだったメンバー
止めようと戦って切りつけられたファンの姿
そして、刃物を持って立ち尽くす犯人の姿だった


鬼の形相で犯人に向かっていこうとした葉山だったが
警備員がとめに入り動けず

犯人はその場で持っていた刃物で首を切り
自殺した。


葉山は何もすることができなかった。
言葉を失った。


井上が切りつけられたことと
もう一つ

その犯人が2ヶ月前
共に生誕祭を支えた生誕委員の仲間だったことだ。


後に、彼の遺書がスマホの中から見つかった。

彼は井上祭のことを応援していたが
人気は衰えることを知らず
ファンが増え続けていることに
不満をもっていた。


「初期から応援してきたのに、他の人に優しく接している」


それが徐々にスキな気持ちから憎しみに変わっていった。


彼女を殺して、自分も死ぬ
そして天国でまた応援するんだ。


彼のメモ帳にはそのようなことが
ぎっしり記載されていた。


葉山は事件後、病院で井上が死んだことを知った後
狂ったように泣き叫び、引きこもった。

野球を失った彼を、支えてきた
井上とあまりにも早すぎる別れだった。

その後葉山は大学を辞め
なんとなくフリーターとして過ごしてきた。

気づけば、10年という月日が経っていた。


毎年のように事件のあった日付に行われていた
特番も徐々に減っていった。


テレビをつければ、指原莉乃はママタレとして
バラエティに引っ張りだこになっていた。

横山由依は卒業後、アナウンサーになり
今や朝のニュース番組の顔になっている。

岡田奈々は、女優として映画にドラマに大忙し

井上をアイドルの世界に導いた
樋渡結依は、すでに芸能界を引退していた。


みな、それぞれ新しい道に進んでいるが
彼女らがAKBについて話すことはなくなった。


そんなある日
葉山はバイト先のコンビニの雑誌である記事を目にする。


「再びアイドルグループを作ろう」


あの事件以降、すっかりと消えてしまった
アイドルの話を久々に目にした。


今回、この企画を立ち上げたのは
AKB48の1期生であり、総監督を努めた
高橋みなみであった。


葉山は2020年にAKBの世界に入ったため
高橋みなみがいたころのAKBを知らない。


しかし、他のファンと交流するたびに
「やっぱ、たかみながいてくれないとなぁ」という
話になったことがしばしあり、その凄さはなんとなく理解していた。


なぜ、このタイミングでまたアイドルを・・・
疑問は残ったが、動かずにはいられなかった。

葉山はすぐさま、雑誌にのっていた連絡先に電話し
指定された場所に向かった。

今回の記事は、共にアイドル再生に向けて戦ってくれる人募集!
といった内容であった。

指定されたビルにつくと
そこには高橋みなみ1人だけがいた

席に座り話を聞いた

彼女は今年で39歳になっていた
2016年、AKB48を卒業しその後は
タレント業をこなしながら
アーティストとしても活動をしていた。


しかし、2022年
AKBを思うがあまり
テレビではタブーとされていた
殺人事件を含む、AKBの話を生放送で語ったことが
原因となり、テレビ業界から干されてしまっていた


その後、2024年に一般男性と結婚。


今は、持ち前のトーク力を活かし
講師としていろんなところを周ったりしながら
生計をたてていた。


しかし、彼女の中には1つの思いがずっと
消えないまま残っていた


自分をここまでそだててくれた
AKB48、アイドルがこんな形で終わってしまっていいのか。

そんな思いが募り募って
今回、ダメもとで雑誌に募集広告をかけた。

アイドルが流行っていたころはとうの昔
今回の募集に関して、連絡をしてきたのも
葉山1人だけだった。


葉山は、自分が野球ができなくなりどん底にいたことから
井上と出会い、別れるまでの話を泣きながら
全て、高橋にうちあけた


高橋は、話を聞いたあと
泣きながら笑ってこう言った


「やっぱり、アイドルはすごいんだ」
「私達のやってきたことは間違いじゃなかったんだ」


アイドルという存在そのものが批判されている
現在の風潮から、自分のしてきたことが今回このような事件を
招いてしまったと、感じていた高橋にとって

葉山のように、生きる希望をもらえたという話は
心の底から嬉しかった


そんなこともあり
2人はすぐに意気投合


葉山の知らなかったAKBのことや裏話
ファン目線のAKBの話など
その宴は夜中まで続いた・・・・


ふと目が覚めると
朝だった


周りを見渡すと
見覚えのない、部屋が広がっていた


きっと高橋が酔っ払った私を
介抱してくれたんだろうと思い
キッチンの方に向かい、感謝を伝えようとした


二日酔いの体を起こしドアを開けると
キッチンに1人の女性がたっていた

寝ぼけていたこともあったが
明らかに、後ろ姿が高橋ではない
「おはようございます」と声をかけた


振り返った瞬間
一瞬誰だかわからなかった葉山だったが
すぐに思い出した

そこに立っていたのは

あの時と何一つ変わってない
AKB48元メンバー

樋渡結依だった 。



一体何が起きているか
わからなかった


そこに、高橋がやってきた

朝食を食べながら
話を聞くことにした

どうやらここは、あるマンションの一室であった
樋渡はここで管理人を努めているらしい。

というのも、AKB48が解散した後
地元に帰るものもいたが、多くの女の子が
行き場を失った


そんな子たちをなんとかしようと
樋渡はこのマンションを買い取り
彷徨う女の子に住む場所を与えた

リビングには続々と
東京で未だに暮らす元アイドルがいた

食堂に行くと

谷口めぐ、田北香世子などの姿もあった。

みんなアイドルをまだ諦めきれないわけではなく
それぞれ新たな世界で活躍を夢見ている。

葉山は樋渡に自分のことを
高橋に話したのと同じように語った。

樋渡もまた、アイドルの復活を高橋と同様
望んでいた


樋渡、高橋、そして葉山の3人は
再び、感動と勇気を与えられるような
アイドルの復活を目標に立ち上がった


しかし、一体どんなアイドルだったら
国民は再び、アイドルに目を向けてくれるだろう。

握手会等接触禁止法により
接触イベントは実施することができない。


しかし、そんなことはどうでもいいのだ。


葉山は井上の握手会に参加していたが
彼が井上をスキになった理由は
ステージで見せる溢れんばかりの笑顔と
ひたむきに努力する姿だったからだ。


そうと決まれば
やることは一つだった。


劇場をつくり、パフォーマンスを見てもらおう。


きっと、葉山と同じように
あの時のことを思い出す人や、
アイドルを知らない人達に伝えることができるだろう。


3人はすぐさま行動に移し
みんなの頭文字をとり
事務所「I・T・H・H」を立ち上げた。


最初のIは井上祭のIであった

事務所設立と同時に
アイドルオーディション開催の
チラシを新聞に入れた


今はアイドルのことが忘れられていても
新聞広告だったら誰かは来てくれるだろう


しかし、その考えは見事に打ち砕かれた

待てど待てど連絡はこない。


くるのは冷やかしのメールや電話のみ


無謀すぎた。


3人とも諦めようとした時だった

事務所の電話がなった
高橋が電話に出て、何か話している


そして電話を切って二人の方をみてこう言った


「努力は必ず報われる」


2人はその言葉が何を意味するのか
すぐに理解した。


数時間後、事務所の
インターホンが鳴った。



ドアを開けると
1人の女の子が立っていた


葉山はなぜか初めてあった気がしなかった



部屋に上がってもらい


話を聞くことにした

彼女が口を開いた瞬間
彼は、彼女を初めて見た感じがしなかった
理由に気づいた


「井上 はなです」

まさかとは思ったがそのまさかだった
彼女はあの、井上祭の妹だったのだ


10歳年の離れたはなは
祭のSNSにも何度も登場していた

当時まだ8歳だった


はなは、祭が死んだときのことを
よく覚えていない


それもしょうがない
祭は仙台出身で
はながまだ小さいときに
家族の元を離れ、1人アイドルになった


祭はとても家族思いで
時間を見つけては家に帰り
家族との時間を過ごした


殺される当日の朝も
家族とLINEでやり取りしたいたという


でも、なぜここにはなは来たのか

1番アイドルというものに対して
恨みをもっていてもおかしくないのに


葉山は聞いた
「君はなぜアイドルになりたいの?」

はなは、迷わずこう言った


「お姉ちゃんが叶えたかった夢、まだ叶えられてないから
私がきっと叶えてあげる」


葉山は続けて聞いた

「お姉ちゃんの夢って?」


はなは答えた


「お姉ちゃんの夢は、アイドルが永遠の女の子の憧れになること」
「まだ叶えられてないから・・・」

その言葉を聞いた時
葉山の中には
総選挙のスピーチで祭が言った
「アイドルの夢は終わらない」が鮮明に思い出された

話を聞いていた3人は黙って頷いた


そして葉山はこう言った


「ありがとう 。
力を貸して欲しい。一緒にお姉ちゃんの夢を叶えよう」


こうして、一歩ではあるが夢へと近づいた


その一歩はとても大きかった



井上はなを含む
4人は、新聞広告を諦め


東京の駅周辺で
チラシを配ることにした 



新宿、中野、東京、御茶ノ水


そして、AKB48の
ホーム秋葉原でも

毎日のようにチラシを配った

チラシ配りは
2人1組で行っていて


樋渡と高橋
そして
葉山と井上だった。

葉山は井上に祭のことや
いろんなことを話した


最初は、なかなか笑顔を見せなかった
はなも、時折笑うようになっていた。


笑った顔は、さらに祭そっくりだった。

ある日
駅でのチラシ配りを終えて
いつものように、はなと事務所に戻る時だった。


はなは、今日も全然だめでしたねー
もっと何かこういいアイデアがないと・・・

と喋っているが葉山には耳に入らない
葉山の中で何か別の感情が働き始めていた。

そして、事務所に向かうための
細い路地に入った時だった

「葉山さん聞いてるんですか〜?」
と、はなが振り返ろうとしたその時だった。

葉山は持っていた、配りきれなかった
チラシを投げ捨て
はなを抱きしめた

はなは、驚くあまり
声がでない


5秒ほどたって
正気に戻った葉山は
はなから離れ「ごめん・・」と呟いた

はなは、何も話すこと無く
無言でその場を走り去った

葉山がおかしくなるのもムリもない


葉山は女の子と2人きりで歩くなんてことは
今までなかった


女の子と二人きりになれるのは
お金を払って会いに行ける
祭しかいなかった


そんな彼の大好きだった祭の妹と
2人きりで過ごす度に彼は
欲を抑えきれなかったのだ。。。

次の日


葉山が事務所に向かう
いつもなら先に来ているはずの
はなの姿はなかった。


高橋に「葉山、何か聞いてないか?はなのこと」と
聞かれた

そっか、はなはまだ誰にも話してないのか・・
とホッとしたものの、このまま来なくなってしまう気がして
自分の過ちを責めた。


葉山は「昨日から体調悪そうだったから今日は休むんじゃないかな」


いずれバレるのにこんなウソを重ねていくしかなかった

今日は雨だから、チラシ配りはせず
3人で打ち合わせをして、終了した


帰り道
いつものように電車に揺られ
最寄り駅に着いた


雨がひどく強くなってきた


濡れないように
傘を深くさして帰ろうとしていた時


聞き慣れた声が耳に入った

「私と一緒にアイドルやりませんか?」


傘を上げ、周りを見渡した


すぐに見つけることができた
雨なのに傘もささず
カッパを着て、声をかけている


はなだった
彼女は本当にアイドルになりたいんだ。


祭のように強く、大きく見えたその姿に
自分のしたことを後悔しつつも
何もせずにいられなかった


葉山は傘を捨て
はなのいるところから
20mほど離れた所で
「アイドルになりませんか〜?」

と呼びかけをスタートした


はなが気付いてこっちを見た
葉山と目が合う


あっかんべーとしたあと
いつものように笑い
そのまま声掛けに戻っていった。


葉山は自分の気持ちを押し殺し
はなを日本一のアイドルにしてあげようと
心に決めた。


いつの間にか
雨も上がり
空には虹がかかっていた。




次の日から


はなはいつもどおり
事務所にくるようになった


葉山とも、普通に接している

どうやら、高橋や樋渡には話してないようだ



肝心の
メンバー集めはというと


ビラ配り中に
話を聞いてくれる
女の子はいるものの

未だだれも事務所まで足を
運んで来る人はいない

今日も
負けじとビラ配りに向かおうかと
思っていたその時


事務所の呼び鈴がなった

4人はついにきた!!


と一斉に玄関まで走り
ドアを開けた

がしかし
そこにはメンバーではなく


1人の老人がたっていた

葉山は
どなたですか?


と尋ねた


しかし、高橋と樋渡は
驚いた顔をしている


少し間が空き、高橋が
つぶやいた

「あ。。。


・あ・・秋元さん」


葉山はあらためて
立っていた老人の顔に目をやった

たしかに面影はある


しかし、葉山の知っている
秋元康とは見た目がだいぶ変わっていた


ほっそりと痩せた
メガネの秋元康がそこにはたっていた


中で詳しく話を聞くことにした

AKB解散の後、テレビから忽然と姿を消した
秋元は田舎に引っ越し
妻と、のんびりとすごしていたという

悲惨な事件が起きたのも
元をたどれば、自分が
AKB48を作ってしまったからだと


自暴自棄になった時期もあったが
やはり、プロデューサーの血は
抑えられなかった


秋元は、ぱっと はなに目をやった


そして


「はなちゃんだね。待っていたよ」

はなは目の前にいる秋元に言葉を失っていた


秋元はカバンから1枚の
CDを取り出した

「君のために書いた曲だ」


そういってCDと
歌詞カードをはなの目の前においた

はなは震えながら
歌詞カードを手に取った

歌詞を見て
はなは涙が止まらなくなった


タイトルは
「花祭〜Flower Festival〜」


秋元は
はなが必ず、アイドルを目指してやってくる


そう信じて、この時を待ち続けていたのだ


秋元ははなが泣き止むのを
コーヒーを飲みながら無言で待った後

つけていた腕時計をちらっとみて
こう言った


「そろそろかな、テレビをみてごらん」

高橋はすぐにテレビをつけた



テレビをつけると
そこには秋元が各放送局に送った
映像が流れていた。



真っ白な壁の前に
スーツを着た秋元康が立っており

そっと喋り始めた。


「みなさま、お久しぶりです。
秋元康です。


8年前の事件、そして7年前のAKB48G解散後
私は妻と都会を離れ、2人でゆっくりと
過ごしていました。

皆様の前にこうして立って謝ることもせず
消えるような事をしてしまって大変
申し訳ありませんでした。

元を辿れば、私がAKB48を立ち上げた事が
悲惨な出来事を産んでしまったと感じております。

眠る暇もないほど忙しい日から
何もする事がない1日の繰り返しとなり
ただ、死を待つばかりの状態でした。

そんな中、友人と食事をするため
数年ぶりに東京に来た際
必死にビラ配りをする1人の少女と男性を
見かけました。


捨てられていたビラを拾ってみると
そこにはアイドルオーディション開催と
書かれていました。


そのビラを拾った私を見て
その男性は声をかけてきました。

そして、私にアイドルの魅力を
ひたすら熱く語ってくれました。

事件のこともあり、私は自分が
もたらした悪影響のことばかり考えていましたが、ここまで応援してくれた人がいたこと。

その事に気づかされました。


彼らは本気です。


私が言って良いものかわかりませんが
アイドルは世界に通用する日本の文化であり
私が生涯を通して追い求めたものです。


みなさん
そう簡単に許してもらえる事では
ないかもしれませんが

もう一度チャンスをください。
私にできなかった事、彼らならきっと
成し遂げてくれると思います。


よろしくお願い致します。」


深々と頭を下げ映像は終了した。

チャンネルを変えても全てこの話題で持ちきり。


秋元先生、ありがとうござい、、


感謝の言葉をかき消すように一斉に
電話が鳴り響く。


「ばれ。」

そう呟き秋元は帰っていった。

「喜ぶのは後だ。とりあえず電話に対応しよう」

その日、永遠となり続ける電話に
夜中まで対応を続け


静まり返った夜中
3人とも受話器を片手に眠りについた。

この幸せが長くは続かないとも知らずに。。。


朝になり

再び鳴り始める電話で

目が覚めた。


昨日の秋元のメディアへの

呼びかけでオーディション希望者は

一気に増えたが

それだけではない。

報道各局からの取材問い合わせ

アンチからのいたずら電話

決して良い話ばかりではなかった。

そして、報道の目は

はなにも向いた。ビラ配りをしているはなの写真がネットにアップされ

祭の妹では!?という書き込みや

秋元は姉妹揃って殺す気かと言った内容が

あとを絶たない。

せっかくオーディション希望者が

増えてきたにも関わらず

周りは敵ばかりで意気消沈していた。

そんな中、ママタレとして活躍中の

指原莉乃がツイッターで今回の件で

コメントを投稿した。


がまんできないから言うね。

んー今回の件は今更感あって

ばかばかしくて。たかみなとも

れんらくすら取ってません。

たくさん意見貰ってますが私は

かならずしも良いとは言えません。

みんなも同じだと思います

なぜ今なんだろう。。。



アイドルをやることに

賛成してくれるだろうと思っていた

元メンバーからも批判が相次いだ。

この投稿を高橋、樋渡にも見てもらった。

2人はさっきまでの暗い顔から

人が変わったようにニッコリと笑顔を見せ

仕事へ向かった。

葉山には意味がわからなかった。



秋元が
メディアで訴えて以降

オーディションへの応募は増え続け
既に1000人を超える履歴書が送られてきた。



しかし不安も消えることはなかった。

アイドルを夢見る女の子達の親は何というのだろう。
また同じことが起きてしまったら・・・
恐らく次はない。


ここで葉山は1つ気になることがあった。


そして、彼は一人新幹線に乗っていた。


ぼんやりと窓の外を眺めていると
あっという間に仙台についた。


そう、葉山は祭とはなの地元を訪れた。

まず、仙台駅からほど近い場所にある
公園を訪れた。

その公園は「祭公園」と呼ばれており
祭の死後、ファンと仙台市が一体となり
作られた場所であり

命日にはたくさんのファンが未だに訪れているという。


「井上祭 永遠に・・・」
そう書かれた壁の前で葉山はそっと目を閉じ
静かにお参りした。


「こんにちは」


声をかけられた葉山が振り向くと
そこには祭の母が立っていた。

「来てくれたんですね」

葉山は話を聞かせてほしいと手紙を出していた。

公園にあるベンチに座り
葉山と祭の母は話をした。


母からは生まれてからアイドルになるまでの話を
葉山からはアイドルになった後の話をした。

そして、妹であるはなが今事務所に来ていることも。


葉山は聞いた。

「お母さんはアイドルをやりたいというはなさんのことどうお考えですか?」

少し考え、話し始めた。

「もちろんやらせたくありません。。。って

普通の人なら言うでしょうけど私はそうは言いきれません。

結果的に見れば、アイドルをしてたことで事件に巻き込まれて命を落としたかも
しれませんが、病気になって自暴自棄になりもう死んだような状態だった祭を
生き返らせてくれて、スターにしてくれたのもまたアイドルでしたから。


はなは、祭が死んだ時まだ小さかったんです。
はなの記憶には姉としての祭よりアイドルとしての祭の記憶が大きいんです。


小さい時から祭と一緒にAKBを見てたからか
私もアイドルになるんだってずっと言ってました。


ただ、事件があってからはなは姉と同時に夢も失いました。
徐々に学校にもいかなくなり引きこもりがちになってしまっていたのですが

またこうして、アイドルに娘を生き返らせてもらったのですから
否定することはできませんね。。。


どうか、はなのことよろしくお願い致します。」

葉山は思ってもいない言葉にただただ呆然としていた。

正直、はなは親に何も言わずに東京に来ていると思っていたので
今回話すことではなを実家に帰すつもりの覚悟できていた。

母親の一つ一つの言葉を噛みしめるように聞いて
葉山はこう返した。

「お母さん、はなちゃんのことは何があっても守ります。
それから、祭は死んでなんかいませんよ。

今でも、僕の中で生き続けていますから。
アイドルの夢は終わらない。今、引き継がれた。」


葉山は絶対に今回のことを成功させる。

そう強く誓い新幹線で帰路についた。。。



時は流れ

応募総数1290件の中から
書類選考、一次面接を実施し

100名に絞った。



葉山は
いきなり裏でオーディションを実施して
メンバーを発表したところで

その後いきなりブレイクするのは難しいと考えていた。

そして、テレビ局に頼み込み
韓国でよく行われているPRODUCEシリーズのように
毎週、オーディションの様子を公開し
視聴者に選んでもらう形をとることにした。


残った100人は後日、千葉のある場所に呼び出され
そのことを告げられた。


約3ヶ月間
全員が同じ宿舎に住みレッスンを実施する。


もちろんはなも参加する。

迎えた初日。

広い練習場に集められた100人の前に
葉山、高橋、樋渡が現れた。

そして、葉山が口を開いた。



葉山はまずこう話し始めた。

「アイドルの夢は終わらない。」

この言葉を聞いたことがありますか?



この言葉は元AKB48井上祭さんの言葉です。

その井上祭さんは無残にもアイドルのままこの世を去りました。

8年前のことですが

みなさんもニュースや学校の授業などで聞いたことがあると思います。

もちろん、アイドルになるためにここに来た皆さんは間違いなく知っている

いや、知ってもらわなければならない事件です。

法律も変わり、危ない目に合うことはほとんどないと思いますが

人前に立つということは常に危険と隣合わせだということです。

その覚悟はできていますか?

覚悟を確かめる上でもこのオーディションは

かなり厳しいものになると思うので覚悟していてください。

葉山はそう話し終えると

自分の立ち位置に戻る途中に

ちらっとはなに目を向けた

そのまなざしを見ただけで葉山にはその覚悟が伝わった。

初日は100人一人一人が自己紹介をし

3ヶ月間 5人部屋で生活を共にする仲間でありライバルと

コミュニケーションをとって終了した。

解散になった後

葉山、樋渡、高橋は部屋に戻った。

この後、今回のオーディションをサポートしてくれる

ダンスと歌の先生が来ることになっている。

数分後扉が開いた。

現れたのはダンスと歌を指導しに来た5名

その全員が祭と共に

AKBの第3の時代を支えてきた元メンバーだった。

瑞慶覧 遥姫・・・元NHA48

広瀬 海・・・元SPR48

一神 なる・・・元AKB48

栗山 絵里・・・元HKT48

チャン エイウォン・・・元STU48

みな、各グループでセンター経験もあり

卒業後も歌やダンスの世界で活躍している。

特に、元AKBの一神なるは

井上祭と共にW.I(ダブルアイ)としてユニットを組んでいたほどに

人気のあったメンバーである。

それを物語るのが下記の2021年の総選挙結果だ。

AKB48選抜総選挙2021 ~これが私達のやり方だ~

開票日 6/16 場所:仙台都の杜ドーム

1位:井上祭(AKB48) 405050票

2位:一神なる(AKB48) 356700票

3位:岡田奈々(AKB48) 349000票

4位:チャンエイウォン(STU48)328090票

5位:瑞慶覧遥姫(NHA48)308745票

6位:広瀬海(SPR48)303098票

7位:栗山絵里(HKT48)289870票

8位:樋渡結依(AKB48)269008票

9位:島瞳(NGT48)264890票

10位:沢野実花(NGT48)259080票

11位:須田亜香里(SKE48)230840票

12位:小栗有以(AKB48)230800票

13位:有栖理亜(NMB48)224569票

14位:山本彩加(NMB48)204488票

15位:赤城れな(AKB48)195098票

16位:宮脇咲良(HKT48)189809票

加入して数年の黄金世代組が

圧倒的な投票数で世代交代を告げた印象深い出来事だった。

そしていよいよ

地獄の合宿が幕を開ける。

続く

 
ついに始まった合宿初日。


全員がまず練習場に集められた。

葉山が口を開く

「まずみんなが今の時点でどれくらいできるかを判断しなければならない。

そして、来週月曜日まず今の時点で優秀なメンバーだけ早速テレビに出てもらう。」


100人はざわついた。

というのも今回のオーディション番組は
当然番組のカメラが入っているが
秋元がおニャン子、AKB48 に続き
第3の大型アイドル立ち上げということで
各メディアが既に盛り上がり始めていた。


そしてはやくもゴールデンタイムの
歌番組のオファーがあったのだ。


葉山は続ける

「もちろん、全員を出してあげたいのだが
それでは競争にならない。
そこで、2日後までに今から伝える曲の
歌とダンスを練習してもらいテストを行う。

その中でテレビに出しても問題ないメンバーだけを出演させることにする。」


高橋からみんなに
CD DVD 歌詞カードが配られた。


与えられた楽曲は
今回のオーディションメンバーの初めての
楽曲。


作曲は今回歌の指導で来ていて
現在は作曲家としても活動している
瑞慶覧が担当した。

そして作詞を担当したのは

葉山だった。

先日の秋元のテレビ出演により
メディアは今回も秋元が作詞、プロデュースを
務めるものだと考えていた。


しかし、秋元は
葉山へ「私の役目はこれで終わりだ。
これからは君が新しい時代を作ってくれ。」

と言葉を残しまた田舎へ帰っていった。


葉山は戸惑った。

正直作詞なんてやったことがない。
勉強もできる方ではないからボキャブラリーも
少なければろくに恋愛もしていないから
恋愛ソングなんてもっと無理だ。

瑞慶覧から預かった音源を何度も聞き
書いては消してを繰り返し
丸3日かけてやっと完成した。

その曲名は

「クオリティスタート」


野球部だった葉山は
このクオリティスタートの意味はよく知っているだろう。


ただメンバーはよく分かっていない。

葉山は曲に込めた意味を不器用に伝えた。


分かってくれたかは分からないが
全員がそれぞれイヤホンをして
曲を覚え始めた。


テストへのカウントダウンが始まった。





あれからどれくらい時間が経っただろう。。。


アイドルをプロデュースすることとなり
作詞した曲の歌詞を手渡した後だった。 




葉山は今まで経験したことのない
頭痛に襲われその場に倒れ込んだ。

意識はなく
「葉山さん 葉山さん!」と叫ぶ
はなの顔をぼんやりと見ながら視界は真っ暗になった。

「あぁ、俺こんなとこで死んでしまうのか・・・」


今までのことが走馬灯のように駆け巡る中
葉山はその暗闇の中に1人の少女を見つけた。

「蓮さん 久しぶりだね」

そうつぶやいた少女を見て葉山は驚いた。

「・・・祭!?」


そこにいたのは紛れもなく祭だった。

一瞬、何が起きたかわからなかったが
葉山は意外にも冷静だった。

「そっか。俺死んだんだ。」

そこから祭は近づいてきて
これまでのことを葉山に話しだした。

葉山もこれまでの事を思い出しながら
楽しかった事、辛いことをすべて祭に話した。

そして祭がなくなった後のこともすべて話した。


祭は「全部ここから見てたから知ってるよ。」

「ありがとう。アイドルの夢を終わらせないでくれて。
そしてこんな私にアイドルの夢を見させてくれて。」

葉山は涙が止まらなかった。
短い人生だったけどこの言葉を聞けただけで一瞬で
報われたような気がした。


後悔はない。


このまま、祭と一緒にここでずっと話していられるんだ。


そう思った。


しかし、祭は立ち上がった。

「蓮さん。見て。」


そこには倒れて病室で寝ている葉山の周りを
はなを始めとするみんなが囲んでいる現世の映像だった。


「蓮さんはまだここに来るには早すぎるよ。
まだやらなきゃいけないことがあると思う。」

「私はいつでもここで見てるから。」


そう言って葉山の背中を押した。


その瞬間、体がどんどん祭から離れていく。

「またね。」

そう言って笑う祭の姿が消え、俺は病室で目を覚ました。

「葉山さん!?

みんな葉山さんが目を覚ました!」

みんなが病室に集まってきた。

はなが泣きながらこう言った。



「お姉ちゃんと会えた?」



葉山は静かにうなずき窓から空を眺めた。
そして
「俺、もう少し頑張るよ」


そうつぶやいた。


5年後


葉山は東京ドームにいた。

そう。プロデュースしたアイドルは最終的に10人となり
デビュー。

すぐに話題となりブレイク。

その噂を聞きつけ各事務所が再びアイドルプロデュースに力をいれ
あっという間にアイドル戦国時代に突入した。

その中でも圧倒的人気でトップを走るのが
井上はなだ

東京ドームのボルテージも最高潮に高まり
真っ暗闇からステージにスポットライトがあたり
はなが登場した。


「今日は祭だ〜〜〜〜行くぞ〜〜〜!」

その掛け声と共にライブが幕を開けた。

葉山はその様子を舞台袖から見ながらポツリとつぶやいた。



「アイドルの夢、まだ続いているよ。」


Fin










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