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分散・包括・島宇宙(Kira Kira『Skotta』レビュー)

幻の名盤として高価で取引されているらしい、というのを聞き、久しぶりにラックから取り出す・・つもりだったのですが、
杜撰な管理のせいかどこにも見当たらず、ついでに探しても見つからないCDがたくさんあったので、考えるのを止めてレビューを書きました。

本稿については、2010年のボツ原稿を元に書いていますが、大幅にブラッシュアップしているので実質2019年の新作・・のはず・・

コンピューターとともに分散する思考

沈み込むようなダウンビート、人のうめき声のようなヴォーカル、ネコの鳴き声に、不整脈のような無機質なグリッチ・ノイズ・・

2010年のWIRED誌に、「WEBがもたらす脳の変化」の特集があり、曰く学びの歴史は当時のカルチャーから影響を経ており、人間の思考に影響している・とあった。大まかには、インターネットの発展とともに情報へのアクセスが容易になったと同時に、人間の思考は散漫になっている、というようなものである。

1980年代は「enthusiasm(熱狂)」ー異なった立場、見方が簡単にスイッチできる、厳密な「読み」からの解放により、異なる仕事同士を知的にマッシュアップできるようになる。

続く1990年代は「skepticism(懐疑主義)」ーインターネット=WEBの発展により、いわゆる「知識」はより手軽にアクセスできるようになった反面、なんの目的もなくWebのリンクを漁るようになることにより、「どのページを読んだのかわからない(あるいは読んでいない)」という散漫な思考、表面的な学びというのが派生した。

ツイッター、FacebookなどのSNSが全世界的にブームとなり、MySpaceからアークティック・モンキーズやリリー・アレンなどに火がつき・・というのはもう随分と昔の話となるが、この時代(00年代)の音楽は、兎角分類しづらい。

というのも、かつての「マージービート」「ブリットポップ」や「ポストパンク・リバイバル」のように、地域性、持っている音楽的アティチュードによる分類というのはWEBのリソース上で分解・融解し、多様で複雑なバックグラウンドを持ったアーティストが一気にオーヴァーグラウンドへ出て来たからだ。

音楽の聞き方が大きく変わり、一時的にCDのコピーがコントロールされたり、iPodの登場により音楽の「アルバム」という単位が解体されー「小文字の物語」的なベッドルーム・ミュージック然としたインディ・ポップがフックアップされたり、時代の変化に伴い様々なジャンルが出て来た頃だと個人的には思う。

例えば、このアルバム『Skotta』について評するならば、チル・ウェーヴ、グローファイ(Glo-fi)となるほど同じようなレイドバックしたアティチュードは感じられるが、Washed Outのように緩やかに踊らせてくれるわけではない。

また、リアル・エステイトのようにバンド然としているわけではないこともわかる。

多分、音楽性としてはオヴァル(Oval)やジム・オルークのようなアンビエント寄りのグリッチ・ノイズ系エレクトロニカに近いのではないかと思う。

ーただし、不協和音的なメロディラインと、打ち込み音楽、肉声のサンプリングのマッシュアップという意味では、スロッビング・グリッスル、ファウスト、ノイバウンテン、ナース・ウィズ・ウォンドのようなインダストリアル・ミュージックに近いのかもしれない。

沈み込むようなダウンビート、人のうめき声のようなヴォーカル、ネコの鳴き声に、不整脈のような無機質なグリッチ・ノイズ・・彼女のアプローチは、ただしインダストリアル勢のように攻撃的ではないが、有機的で、非・暴力的でありながら、どこか不鮮明でリスナーを不安にさせる。

Syngdu Svarthol」は、反響する呻き声を含んだエレクトロニカという点ではウィッチ・ハウス然であるし、「Dyri」はベッドルーム・ミュージック然とした生歌にギターストリングで構成されているが、解像度の低い画像のように全体的にノイズがかかっている。また、「Crowd Goes Wild」のように展開の読めないインダストリアル然としたグリッチ・エレクトロニカは、筆者はNurse With Woundのようだと感じた。

エクスペリメンタル・シンクタンク

Kira Kiraはアーティストの名前であるが、彼女の本名はクリスティン・ビョルク(Kristín Björk Kristjánsdóttir)という、アイスランド人の女性である。

クリスティン・ビョルクといえば、ヨハン・ヨハンソン(Jóhann Jóhannsson)、ヒルマル・イェンソン(Hilmar Jensson)らとともに設立された、アイスランドのレーベル「Kitchen Morters」の創始者の一人である。

ちなみに、キッチン・モーターズとはアイスランド語の名前を英訳したもので、本来の意味は「Kitchen of Experiments」とのこと。(キッチン・モーターズとはレーベル名であり、シンクタンクの名前であり、様々な活動を行うプラットフォームとして存在しているようで、アルバムのリリースにとどまらず多岐に渡る。)

クリスティン・ビョルク自身も、出自もあってかムーム、シガーロスのメンバーとも親交が深いようだ。ただ、彼女自身を「アイスランド」的な辺境的な文脈で括ってしまうにはあまりにも乱暴なので、その点の言及は控える。

※しかしながら、余談ではあるが、『Grandma Lo-Fi』にも出演していたとのこと。アイスランドの繋がりを感じる。

Kira Kira名義としては、後の作品ではポスト・クラシカル然としたハイブロウなアプローチになっていてそれはそれで驚いたが、00年代に出ていたトイ・ピアノなどを用いたローファイなベッドルーム・ミュージックのアティチュードをテクノロジーのノイズで解像度を下げて展開する彼女の音楽も、当世代的で面白いと思う。

というわけで、見つけたら是非聞いていただきたい。

<補足>

ダブステップ:UKインディを中心に派生したダンス・ミュージック。

チルウェーヴ、グローファイ:ダブステップの影響を受けつつ、ブルックリンのネオ・サイケ以降の、アンビエントとオフビート・トランス、シンセポップのドリーミーなブレンドを取り入れつつ、レイドバックした音楽(Washed Out、Small Black等)

ウィッチハウス:チルウェーヴにゴシック的な要素を取り入れたもの。象徴的なモチーフをもつチルウェーヴというと乱暴だが、だいたいそんな感じ。(Ritualz、White Ring等)

ちなみに、筆者のこのパフォーマンスも、ウィッチハウスとインダストリアル・ミュージックに影響を受けています。
(黒い布の上でピクニックをしているのが筆者です)


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