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【今日コレ受けvol.008】ゾーン

「ゾーンに入っていた」
神がかったパフォーマンスを見せたアスリートが言う。

ゾーンとはどのような空間なのか。何人もの選手にその体験について聞いてきた。
これだという明確なものがあるわけではないが、周りがスローモーションに見えた、周囲の音が聞こえていなかった、と振り返る人が多い。

「コマ送りのように、ひとこまひとこま相手の動きが見えていた」
「申し訳ないんですけど、ファンの人の歓声は全く聞こえていませんでした」

最近だと、シーホース三河vs川崎のGame1、残り7秒で同点の3Pシュートを決めた久保田義章選手が「あのときはモードに入っていたので、(歓声は)少しは聞こえましたけど、あんまり」と話していた。

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私も一度だけ、それらしき領域を垣間見たことがある。10年以上前、フットサルの練習をしていたときのことだ。

きっかけはわからない。とにかく周りの人の動作がスローになって、ピッチの全てが見えていた。ドリブルで抜けてゴールを見ると、「ここに打て」とばかりに、ゴール右隅に向かって光の筋が見えた。ああ、この光に沿わせて、この角度、この高さ、この強さで打てば入るんだなと悟った。ゆっくり迫ってくるディフェンダーとゴールキーパーの位置を確かめて、足を振る。ボールがひとこまひとこま光の上を進んでいく。ズドン。静かだった。駆け寄ってくるチームメイトの声が遠くに聞こえた。

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それとは少し違うかもしれないが、毎日書くということを始めて5日目。同じような感覚を覚えた。

毎朝書きます、と宣言し、しかもライター仲間を巻き込んだ。だけど、仕事の締め切りに追われて、書く時間が取れない日もある。書くテーマが思い浮かばない時もある。

でも、簡単にやめるわけにはいかない。針のように細くて弱々しいフックを見つけ、そこを足場にして、書き始める。歯を食いしばって、書き続ける。そんなことを10分くらい続けていると、不思議なことに、文字を打つ手が止まらなくなってゆく。

ライターの近藤康太郎さんは、夢中になって書いていたら、パソコンの上で指が勝手にダンスしている時がある。月に1度あるかないかの、その瞬間が好き。つまりは書くことが好きなのだとおっしゃった。

何を言ってるんだ、と思った。元々書くことが好きな人の論理だ、とも思った。けれども今は、あれほど書くのは嫌いだったこの私が、手が止まらないくらいにどんどん書き進められている。

近藤さんは「世の中には、やるとわかること、やらなければわからないことがたくさんある。そして、やれば必ず面白くなる」とも言っていた。その言葉が、身に染みる。

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昨日、ライター仲間との打ち合わせで、怖いという気持ちは自意識の強さに起因するのではないかという話をした。

毎日書くためには、人目を気にしている余裕はない。自意識は自然と消え、ただ書きことだけに深く集中する。

「下手だと思われたくない」
「いいねをもらえなかった恥ずかしいな」
「シュート外したらどうしよう」
「負けたらどうしよう」

ゾーンとは、雑念なく、ただ対象と向き合った時にだけ開く領域なのかもしれない、とふと思う。


毎朝7時に更新、24時間限定のショートエッセイCORECOLOR編集長「さとゆみの今日もコレカラ」。「朝ドラ受け」のように、その日の「今日もコレカラ」を受けてそれぞれが自由に書く「遊び」です。

締め切りが待ち遠しい【さとゆみの今日もコレカラ/008】


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