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京都アニメ事件犯人の見えない過去

「日影のこえ・メディアが伝えない重大事件のもう一つの真実」高木瑞穂著・鉄人社2022年6月発行

著者は1976年生まれ、月刊雑誌編集長、週刊誌記者を経てフリーのノンフイクション作家。本書は、フリーの映像作家・我妻憲一郎主幹のユーチューブ「日影のこえ」取材班共著による単行本である。

この世で起きた出来事は大手メディアが伝える「大きな声」だけではない。重大事件のその後を追い、メディアが伝えない「名もなき人たちの声」を伝える。

犯罪は人間の感情の爆発である。事前にいかに周到綿密に計画された犯行でも実行されるときは爆発そのものである。真の犯罪動機、事件背景は複合的である。犯人の個人的な性格、人格に帰することはない。

人間は社会的動物であり、生活する環境から逃げられない。犯罪は犯人の生活環境、今まで生きた半生が犯罪に影響する。同じ環境の人がすべて犯罪を犯すのでもない。実行するのは極一部、だからと言って無視することはできない。

2019年7月、36人の命を奪った京都アニメーション放火事件の犯人青葉真司(当時41歳)の家族、半生も全く報道されていない。大手メディアは犯行理由を青葉の作品盗作の逆恨みとしか報道しない。裁判も始まっていないので詳細は不明である。

青葉は40年前、さいたま市緑区に両親、兄、妹の5人家族で住んでいた。その後、両親は離婚、母と兄、父と青葉、妹に分かれて、別々に生活する。青葉が13歳のとき、父親はタクシー運転手勤務中に人身事故を起こし、失業、家庭は困窮した。

青葉は高校卒業後も定職なく、アルバイトで一人暮らしを始める。21歳のとき、父親はアパートで自らの命を絶った。畳の部屋が血だらけだったから、普通の死に方ではない。

父親の死後から5年後の2004年、父親と同居していた妹も自らの命を絶った。妹は父親と同居した場所の近くの貧民窟的アパートに一人で住んでいた。その後、母親と暮らしていた兄も自殺していたことが判明する。

妹の自殺から2年後の2006年、青葉は窃盗で逮捕される。更に6年後の2012年、コンビニに包丁を持って押し入り、現金2万円強奪。強盗、銃刀法違反で懲役3年の実刑判決を受ける。2016年出所後はさいたま市のアパートで生活保護を受けながら生活をする。

アニメーション凶行の日は出所から3年半が過ぎた2019年7月18日である。自らも火傷、危篤状態から軌跡的に助かった。一種の自殺行為に近い。

青葉の行為は許されるものではない。犯罪の裏側には数々の見えない部分がある。その部分を過大に取り上げるべきではない。しかし個人の問題として押し込むことも問題である。

2014年11月、群馬県前橋市の高齢者宅に侵入、女性を殺害、現金7,000円を奪った。翌月、前橋市の高齢者夫婦宅に侵入、男性を殺害、妻に重傷を負わせ、盗んだのはリンゴ2個だけ。

前橋強盗殺人事件で死刑が確定した土屋和也(当時26歳)死刑囚など、そのほか8件の重大事件を取り上げる。それぞれに特殊な環境、家庭が存在する。それらは犯罪の影に隠れ、表に出てこない。

犯罪に対する世間の見方は明治以降に生まれた「自己責任」という考え方が中心である。即ち、貧しいのは本人の努力不足、二宮金次郎的道徳観、人生観である。この道徳観は資本主義高度化、新自由主義、グローバル化によって更に深堀りされた。

日本のセーフティーネットは人間中心ではない。政府の「物の支援」である。民主主義、人権意識の高い国は「物の支援」から「人への支援」を重視する。

「お上のお情け」という考え方は江戸時代から変わらない。犯罪も個人的側面だけでなく、社会的側面も必要だ。心の支援なくば、犯罪は無くならない。二者択一、二項対立でなく、中間の地点に本当の真実は存在する。

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