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ショートショートギャグ 「旅館」

「おかえりなさいませご両人」
一人で旅館を訪れた俺に、
まるで拳銃の様に折れ曲がった腰の女将が三つ指をつき、出迎える。
気色の悪い。

俺はいつものようにお昼に食べたものを
吐き出す。
今日は何が出るかな?
おっ、車のハンドルだ。
女将にハンドルを取り付け跨り、
黄金の間と向かった。
俺の華麗なハンドリングの前に旧式の女将はヘトヘトのようだ。
フシュー、フシューと耳から空気のようなものを出している。
これが温室効果ガスか!地球温暖化で話題の温室効果ガスか!
しかし、旧式にも良いところがある。
追従性があるので自分の体の一部のように走らせることができる。
やはり、マシンは旧式に限る。
そんなこと思っていると、今日泊まる"黄金の間"にたどり着いた。
黄金の間には、豪勢な料理と瓶に入ったイチゴジャムが置かれていた。
俺は小指でイチゴジャムを取り、女将の口へねじ込んだ。
女将は
「ありがとうございますやで。
 先日からありがとうございますやで。」

と言い残し、黄金の間を去って行った。
気色の悪い。

気分を晴らすため、外の風景を眺める。
あたりは一面工業地帯
健康を害する煙が立ち込める
俺は窓を開け、作業中の作業員に
「健康を害する〜〜〜〜〜!!!!!」
と叫んだ。
作業員は、もちろん
「知ってるかも〜〜〜〜〜!!!!!」
と返してきた。
可愛いやつだ。
俺はイチゴジャムを小指で取り、
作業員に投げつけた。
作業員は、それを鼻に詰め
「ありがとうございます。ご両人」
と返してきた。
あれは作業員じゃない。
女将だ。
女将は作業員のふりをして、イチゴジャムを狙っていたのだ。
気色の悪い。

気分を晴らすため、露天風呂へとやってきた。
露天風呂の床は、まるで夕方のおじさんの顔面のようにヌルヌルしている。
「夕方のおじさんの顔面か!」
とツッコミを入れると
風呂の底から女将が現れ、
「作用でございます。ご両人」
と返してきた。
気色の悪い。

あれよあれよとすぎる間に帰宅の時間が迫っていた。
俺は女将に取り付けたハンドルを外し、
自分の車に付け直し、
窓を開け、女将に別れの挨拶をする。
「気色の悪い旅館じゃの!ば〜か!」
女将は
「老兵に 縋る菊ばな 旅の友」
と返してきた。
最後に良い贈り物をもらった。
旅館是非また訪れたいものだ…


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