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名建築で旅をする~東京大学の赤門が赤い理由

10代の終わりに初めてヨーロッパに旅をしました。誰もが驚くヨーロッパの建築。大阪に住んでいるので、京都の日本の歴史ある街並み、神戸の異国情緒あふれる洋館は目にしていましたが、街全体が、そして国全体がこんなに美しい建物にあふれてるなんて!と感動したのを今でも覚えています。私にとって旅をする楽しみの1つに、その土地にある名建築やその中のインテリアを見ることです。
数多くの名建築をみてきましたが、建築やインテリアの専門知識がなくても皆様にも建築やインテリアを楽しんでいただければと思っています。

なぜ赤門になったのか?

東大といえば、多くの人が思い浮かべるのは「赤門」。
私には全くご縁はなかったけど、一度はみてみたい!と思いますよね。
実は東大のキャンパスはだれでも入れるんです。もちろん赤門から入ることもできますが、今は耐震診断のため、閉鎖されています。

この本郷キャンパスにある赤門は国の重要文化財に指定されています。
大学のなかでも最古の建築物だそうです。

実は正式名は赤門ではなく「旧加賀屋敷御守殿門」というんです。この門は加賀(今の石川県)の大名・前田家が、将軍家から妻を迎えるにあたって建てた朱塗りされたそうです。明治時代に加賀屋敷の跡地に東大が作られたのですが、門はそのまま残すことになったそうです。さすが加賀100万石!その資金力で贅を尽くして建てられたのでしょう。
屋根の上部にある棟瓦(むながわら)には徳川家の葵の紋、軒の丸瓦には前田家の家紋である梅鉢がかたどられています。
是非瓦部分もチェックしてみてくださいね。

この赤門が見る人の心に響くのは、鮮やかな朱漆が一面に塗られた木造部分ではないかと思います。
もちろん裏側も赤門です!

内田ゴシック

東京大学の多くを設計したのは、建築家 内田祥三氏です。
1907年に東京帝国大学工科大学建築学科を卒業したのち、1916年に東京帝国大学助教授となり、1921年に教授となります。本郷キャンパスにおける内田ゴシックの代表作を挙げるのであれば、正門から安田講堂につながる銀杏並木の左右に展開する、工学部列品館、法学部3号館、法文1,2号館、工学部1号館、総合図書館の十字エリアでしょう。
1923年の関東大震災後の東京帝大のキャンパス復旧を主導し、正門から続く明快な軸線を導入しています。また「内田ゴシック」といわれるデザインを用いた数多くのキャンパス内の建物を設計しました。

内田ゴシックの特徴として、構造は鉄骨・鉄筋コンクリート造、スクラッチタイルで覆われたゴシック調で、連続アーチなどの特徴的な外観です。

このアーチをくぐると法文2号館。アーケードをくぐってさらに進むと法文1号館が並立しています。いずれも国の登録有形文化財です。

マンホールも必見です!

安田講堂

大学紛争でも有名な安田講堂。
安田講堂の正式名称は「大講堂」というそうです。
安田財閥の創始者である安田善次郎の寄付により建設された東京大学の大講堂です。内田祥三氏が基本設計を行い、弟子の岸田日出刀氏が詳細設計と監理を担当しました。こちらも国の登録有形文化財です。

学生占拠事件以降、安田講堂の殆どの施設は使われていなかったらしいのですが、平成6(1994)年に数年がかりの改修工事が完了し、現在は大学施設として広く使われるようになったそうです。

このシンメトリー(左右対称)の美しさと内田ゴシックの建物。
必見です。

正面の門もなんともレトロで美しい。

小説にも登場「三四郎池」

夏目漱石の長編小説「三四郎」
この三四郎のモチーフとなった三四郎池は「育徳園」の一部で、夏目漱石の小説の影響で三四郎池と通称されるようになったそうです。
私はこの小説、実は読んでいないのですが、、、、
読んだ方は、また違う感動があると思います。

楽しみポイント

東大には今回ご紹介しきれなかった美しい歴史ある建物だけでなく、現代的な建物も数多く混在しています。
カフェや食堂も充実し、その門は大きく広げられ、どんな人でも利用できるんです。

こんなところにも東大印があったりとか。さまざまな東大の形を探してみるのも楽しいですよね。

ちょっとしたところに東大印。

学校内ではキャンパスツアーもされています。




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