011. マイちゃん
こんばんは。
猫と暮らしし女、あなぐま すみです。
会社を辞め、現在、シナリオスクールに通いし38歳の女武者なり。
自己紹介note
さて。今日のあなぐまは、泣きながら目を覚ました。
夢の中に、懐かしい友だちが出てきてくれたからだ。
別に、あなぐまが勝手にべそべそ泣いているというだけで、彼女は故人でもなんでもない。自己管理の徹底した、心身タフネスな人だったので、この令和の世でも精魂たくましく生きていると思う。
名前は、仮に、マイちゃんとしよう。
マイちゃんは間違いなく、わたしの親友だった。あなぐまの人生がどこまで続くかはわからないけれど、この生涯のあとにも先にも、あそこまで心を許せるともだちに、出会えることはないだろう。
マイちゃんは、あなぐまと正反対の性格で、超がつくほどの合理主義だった。あなぐまが空回ったり無駄なことをすると、それを音速で指摘し、論破することを好んだ。彼女は自分で自分のことを、しばしば「アンドロイド」と自称していた。実際、ほんとうに機械みたいに冷徹なときがあり、マイちゃんが自身の感情を剥き出しにすることは、極めて稀だった。
でもマイちゃんは、優しいひとだった。あなぐまの性格をよく分析して、理解して、正確にインプットしていた。でも本当の機械のようにデータを収集するだけで終わったりはせず、そこからいつも先回りして、不器用で要領の悪いあなぐまのことを、端的な助言や行動で支えてくれる人だった。そういえば、あなぐまの文章を、いつもいちばん最初に読んで褒めてくれるのも、マイちゃんだったな。
今でこそ、あなぐまはそこそこ自己主張ができるようになったけれど、マイちゃんと一緒に過ごしていた頃はもっとずっと、自分の意見を表に出すことに消極的な人間だった。「ああ、気が弱かったってことね」、なんて思われた方もいらっしゃるかもしれないが、たぶん違う。マイちゃんはよく当時のわたしのことを、「気は弱くない。我も強い。だからタチが悪い」と言っていた。彼女は滅多に感情的にはならない人だったが、上記を指摘するときは、いつもきまって不機嫌そうだった。
たとえば当時のわたしは、自分のお腹が空いていても、同行者が満腹であれば、自分も食事を抜いて当たり前だと思っていた。それが数日続こうが、相手が満腹であれば自分はお腹が空いたままで構わなくて、貧血になって倒れてから、「ほんとうは食べたほうがよかったみたい」と気がつくのだ。そしてそれを、何度も何度も繰り返す。学ばない。いま振り返れば、イカれている。でも当時は、自分で自分のその気味の悪さに気がついていなかった。ぼうっとして、流されるままに生きていた。
あなぐまは、目玉焼きに何もかけない。トーストにバターも塗らない。お刺身に醤油をかけない。すき焼きに卵を溶かない。天ぷらに天つゆをつけない。マイちゃんに「薄味が好きなのか」と尋ねられ、「なにかを足して失敗したら嫌だから、味がなくていい」と答えたら、こっぴどく叱られたこともあった。
「あなたの判断軸は、消極的が過ぎる」。
「あなたの心の声を、あなたがきかないで誰がきく」。
「なんにも言わず、なんにもきかないのは、人生をサボって甘えてるのと同じだ」。
マイちゃんの言うことは、わたしにとってはいつも目からうろこで、新鮮だった。マイちゃんから見たら、あなぐまのほうがよっぽどアンドロイドに見えていたのかもしれない。マイちゃんがいることで、あなぐまは自分の姿かたちや、欠けているものがわかるようになった。
あなぐまは、マイちゃんが大好きだった。今も変わらず大好きだし、恩人だと思ってる。こんなふうにマイちゃんに教えられたこと、支えられたことが、星の数ほど存在する。
ただ、マイちゃんとは手の付けられないところまで拗れて、もう会えなくなってしまった。もう、10年近く経つのかなあ。
そしてわたしはたぶんもう、一生彼女には会えないんだと思う。
別に、お金がどうとか恋愛がどうとか、エンタメに昇華できるような劇的な諍いをしたわけではない。ただちょっと、あんまり長く一緒にいすぎて、皮ごと癒着していたような感じがあった。上記のように、あなぐまはマイちゃんに頼りすぎていて、マイちゃんという存在は、なんでもわたしの欠けているところを投射してくれると思い込んでいた。マイちゃんはしっかりしていたから、わたしのことをわたしのように頼ったりはしなかったけれど、彼女も彼女でわたしの向こうに、マイちゃん自身のなにかを覗き込もうとしていたんだと思う。
剥がれたときの痛みは、それはもうおそろしかった。その傷は、今も癒えない。だからマイちゃんは、今も定期的にわたしの夢に出てくる。あれから、あなぐまは誰かと深い人間関係を構築することが、本当に恐ろしくなってしまった。マイちゃんに傷付けられたことよりも、より手ひどく、自分がマイちゃんを傷付けたことのほうがつらかった。
ゆうべ、夢の中でマイちゃんに再会したあなぐまは、多少気まずい思いをしながらも、彼女と世間話を交わしていた。マイちゃんは夢の中でも鉄面皮で、淡々と会話に応じてくれていた。
不格好な会話を積み重ねるうち、わたしは、淡い期待を抱き始めた。「もしかしたらまた、マイちゃんとこうやって会って、話ができるようになるかもしれない」と思った。だから必死になって、彼女の顔色を窺って、他愛もない会話のボールを投げつづけた。
でも、さすが、マイちゃんだった。わたしの目に期待がこもったのを見て取ったのか、夢の中のマイちゃんは紅茶を飲みながら、「また会えて、こうして少し会話ができたからって、あのときのことがなかったことになるとでも思ってるの」と言った。わたしは、何も言えなくなってしまった。
「あなたが本当にそう思うんだったら、またこうして会ってあげてもいいよ。」
マイちゃんは、ちょっとだけ笑ってそう言った。あなた、とわたしのことを呼ぶマイちゃんは、10年前のマイちゃんのままだ。だって、わたしとマイちゃんの時間は、そこで止まってしまっているのだから。
わたしは、「ううん」、と首を横に振り、うなだれた。マイちゃんはなにも言わなかった。そこで目が醒めた。気がついたら泣いていて、わたしの起きるのを待っていたねこが、ふしぎそうに枕の横で座っていた。
マイちゃんには、もう会えない。
10年間、何度も何度も、そのことを確かめている。
目が醒めるたび、悲しくてならないけど、マイちゃんがこうして出てくるときは、わたしはきっと無意識下で、自分で自分の心の声をきくことを怠り、人生をサボって甘えているときなんだと思っている。
マイちゃんに会えなくなって、わたしはきっと一生悲しい。でも、わたしはいま悲しいんだな、とわたし自身で理解できている現状は、10年前より、少しは前進している証拠なんだと信じたい。
あなぐまは起き上がって、まだちょっとだけ泣いて、顔を洗い、パジャマのままカリカリに目玉焼きを焼いた。
あれから10年経ったあなぐまは、焼き上がった目玉焼きに、数滴、醬油をかけて食べるようになったよ。マイちゃん。
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