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【スポーツ批評 第1回 第1章 対資本主義の構図 第1節】

サッカーの本質

「暗礁=創造」。文芸批評家、渡部直己の著書『小説技術論』の中に登場するこのフレーズは、暗礁に直面した時、それをどう乗り越えていくのか考えることで何かが創造されるということを意味している。絵画の技術がこれほど発展したのは、3次元を2次元にするという暗礁を抱えているからだ、といった具合に。同様に、サッカーがラグビーやテニスなど他の球技と比較して、戦術的・技術的に発展してきたのは、基本的に手を使ってはならないという本質的な暗礁を抱えているからだ。ロナウジーニョが魅せた華麗なフェイントも、クライフが体現した革命的な戦術——トータルフットボールも、サッカーだからこそ生まれたものだ。現代最高のGK、ドイツ代表のマヌエル・ノイアーはGKであるにもかかわらずスライディングタックルでボールを奪い、ゴールに直結する鋭く正確なロングフィードを蹴る。ノイアーが足を使うのは、サッカー選手として他のプレーヤーに対して強烈な嫉妬を覚えたからである。ノイアーの登場以降、足を使うGKが主流になりつつある。これらを考えると“ボールをいかにして足で扱うか”というボールテクニックこそがサッカーの本質の1つだとわかる。EURO2008、2010年南アフリカW杯、EURO2012と主要国際大会を3連覇したサッカースペイン代表の選手たちは、他国と比較してそれほどフィジカル能力に優れているわけではなかった。彼らは身体的な暗礁を乗り越えるために、圧倒的なボールスキルを備えた選手を揃え、自分たちでボールを支配する“ポゼッションサッカー”という戦術を選択することによって“フットボール”を究めていた。スペイン代表の“フットボール”は同国の強豪クラブ、FCバルセロナの選手たちによって展開され、同時期にこのクラブが“ポゼッションサッカー”の生みの親であるクライフの流れを引き継いだグアルディオラの元で史上最強と言われる結果を残し、史上最高と謳われた“フットボール”を体現していたのは偶然ではなく、サッカーがかつてないほどまでに発展していた時期だったのかもしれない。ところが、2014年ブラジルW杯でスペイン代表は結果を残すことができなかった。特に、オランダ代表との試合での大敗は彼らの“フットボール”が限界を迎えていたことを知らせるかのような惨めさだった。同じ場所に安住してしまった彼らは、他国の研究や中心選手の高齢化などの原因で勝てなくなった。それ以降、サッカーは効率化と身体能力の2つに依存しはじめる。圧倒的なスピードでDFラインを切り裂くアタッカーが重宝され、もはや「ファンタジスタ」という言葉は死語になりつつある。しかし「ファンタジスタ」こそがサッカーを体現する人であり、ロベルト・バッジョに代表される「ファンタジスタ」を追放し続けたイタリアのサッカーが今やトップレベルにはなく、かつての強豪ACミランやインテルが衰退したのも偶然ではない。代表とクラブでポゼッションサッカーの中心を担っていたシャビが退団してから、FCバルセロナのサッカーは特別なものではなくなった。結果に執着し、本質を見失ったサッカー界の未来は暗い。“フットボール”を殺したのは効率化である。そしてこの効率化こそがまさに資本主義へと繋がる概念だ。

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