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【買ったわけ】贅沢な15年

ポチる手が震えた。7万円。決して小さい額じゃない。でも、注文完了画面を見て妙な達成感と爽快感が後を追いかけてくる。

私が買ったのは長年ライブに通うあるアーティストのライブDVDボックス。第1弾と第2弾、合わせて7万円。今日び音楽はサブスクで、ライブ動画もYouTubeで見れる時代に、CDについてる特典DVDすらロクに見ないまま棚の肥やしにしているくせに、買ってしまった。

きっかけは大したことではない。apple musicにも今までの音源にも私の聞きたいアレンジの演奏が入ってなかったので、ライブDVDなら見れるかなと思っただけ。でも、今までなら「次のライブでまた見れるだろうし、わざわざ円盤買う必要は無いかな」と見送っていた。ただ、最近のニュースや友人の何気ない言葉が私の指を後押ししたのだ。

チバユウスケ、櫻井敦、彼らをはじめ、最近若すぎる訃報が多い。SNSではアーティストの健康診断を祈る声が多くの共感を呼ぶ。私は今年で33歳。幼いころから憧れた一時代のアーティストが、人生の節目を迎える世代に入ったという事なんだろう。オノヨーコが91歳。ジョンは生きていれば84歳。在りし日のロックが人間の平均寿命を上回り始めた。

やはり長年追いかけているアーティストのライブを観た友人が「今も最高。でも、今は昔ほどステージで動き回らない」と切ない言葉をこぼした。どんな人間も老いに勝つことは出来ない。AIでデジタルツインを生み出せるのが当たり前になったとしても、この世に生を受けて、生身で過ごしているこの1分1秒、すべての人間は等しく死に向かう。ライブハウスで過ごす日常とかけ離れた数時間。その瞬間瞬間、私たちは永遠を感じる。でもそれは、感じるだけだ。現実には、時間は常に移ろい、進み、戻ることは無い。

今回DVDを買った彼らは、すでにアラフィフを迎えた歴の長いアーティストだ。ありがたいことにそんな年齢はみじんも感じさせず、いまだに毎回パワフルなステージを演じあげてくれる。私も向こう1週間の筋肉痛なんて考えず、時間を前借りして拳を振り上げ、その熱量に必死でこたえようとする。夢のような時間。かけがえのない時間。でも、きっといつか夢になる。

年の差を考えれば、私は一生彼らのライブに足を運び拳を突き上げていられる訳じゃない。「次のライブで見ればいい」「音源買ってないけど毎回ライブで聞いて新曲覚えちゃった」そんなことを友人と話していたこの15年は、なんて贅沢だったんだろう、と煙草をふかしながら不意に涙がこみあげた。

DVDは来週届く。20弱のライブ公演を映像に収めた超大作なので、きっと私は例の曲だけ見て、ついでにその公演だけ軽く見て棚にしまい込むのだろう。でも、また15年後、いや願わくば還暦を迎えるくらいずっとずっと先で、この贅沢な今を振り返りながら、そっと再生ボタンを押して自分と彼らの交わった瞬間を噛みしめ、また数時間だけ永遠を感じる日が来る。

#買ったわけ

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