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「選手愛」高じてライター・通訳に スイニャンは「ファン目線」で伝え続ける

好きな選手の生の声を届けたい。そんな思いで記事を書き続けていたら、いつの間にか通訳者にもなっていた。

2015年のことだ。League of Legends Japan League(以下、LJL)の会場で、スイニャンはライターとして取材していた。試合では、韓国人のRokenia選手が大活躍。多くのファンが見守る中、チームをひっぱり、勝利に導いた。MVPが彼であることは、誰の目にも明らかだったが、日本語は一切できない。

そこで韓国語に長けたスイニャンに、配信にも映るヒーローインタビューの通訳の依頼が回ってきた。

「他に通訳できる人がいなかったので。彼の話を聞けるのが私しかいないなら、私がやるしかない、と」

スイニャンが、通訳者になった瞬間だった。

観戦勢からeスポーツライターに

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現在はeスポーツライターや通訳者として活躍するスイニャンだが、ゲームを自身のキャリアにすることは予期せぬことだった。

幼い頃から父親や弟がプレイしているゲームを横で見ていた。現在も自分自身でゲームをプレイするより「観る」ことが好きだ。

eスポーツにのめり込んでいったのは、K-POP好きが高じて留学した韓国でのこと。当時から韓国はeスポーツが盛んで、日常的に触れる機会も多かった。スイニャンはケーブルテレビのゲームチャンネルで『StarCraft』の大会を見始め、気付けばオフライン会場に足を運ぶようになっていった。

現地でeスポーツの熱量を感じたスイニャンは、やがて自身のブログでStarCraftについて記事を書くようになる。当時、日本ではStarCraftを取り扱うメディアがなかった。そもそも、多くのゲーマーが「他人のゲームプレイを観るよりも、自分でプレイした方が絶対楽しい」と思っていた時代だ。スイニャンもそのことを肌で感じており、まずは日本でもStarCraftを盛り上げるための記事を地道に書き続けた。

「合宿のような生活で1日中ゲームをプレイして、人生をかけて試合をする。汗だくになることもあるし、勝てば涙も出る。そんな真剣勝負を伝えたかった」

そんなスイニャンの熱意が実を結び、やがてメディアから声がかかるようになる。ビジネスレベルの韓国語を扱うことができ、かつ日韓のeスポーツシーンに詳しいスイニャンによる記事はメディアから重宝されるように。以前は国内ゲーマーたちから「不思議な存在」と思われていたスイニャンだが、「貴重な存在」として周囲から認められていった。

チームプレイに魅せられたLoL

スイニャンが『リーグ・オブ・レジェンド(以下、LoL)』に出会ったのは、2012年に取材で上海の大会に訪れた時だった。当時はLoLの知識がなかったにも関わらずその魅力に触れ、「もっと観戦してみたい」と思った。

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LoLにのめり込むようになったのは、韓国のWatch選手の活躍によるところも大きい。StarCraftからLoLに転向したWatch選手は、スイニャンのお気に入りの選手の1人だ。

StarCraftの選手時代は2軍だったWatch選手は、LoLに転向してから大いに躍進。以前から注目していた選手がLoLで活躍の場を広げたことに、スイニャンは喜びを隠せなかった。

そして2014年には日本でLoLの大会が開催された。しかも自身が追いかけていたStarCraftとLoLの試合が同じ会場で行われたのだ。

「観客にLoLの知識を教えてもらいながら観戦しました。StarCraftとは全然違うゲームだけど、StarCraftの知識が役立ちましたね。この大会で、当時高校生だったCogcog選手を見て、日本にも若くてうまい選手がいるんだなって思いました」

お気に入りのチャンピオンはブリッツクランク。特にMadLife選手のブリッツクランクが印象的で、手を伸ばして敵を引き寄せるスキル「ロケットグラブ」を華麗に駆使する姿に魅了された。

これまで追いかけてきたStarCraftは1対1のゲームだったが、LoLは5対5のチーム戦。ブリッツクランクが相手を引き寄せ、付近にいるチームメイトに攻撃をしてもらう……そんなプレイを目の当たりにしたスイニャンは、次第にLoL特有のチームプレイの新鮮さや面白さに惹かれるようになった。

「1人が相手を掴まえて、もう1人が攻撃する。シンプルなシーンだからこそ、分かりやすかった。実際に自分でプレイしてみると意外と難しくて、相手を掴まえられないんです。MadLife選手は神なんだなって気付きました」

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選手に向けられた熱気を体感

LJLの会場で通訳を任されて以来、スイニャンのもとには、ライターだけでなく通訳者としての仕事も舞い込むようになる。

通訳の際、スイニャンは事前に選手とコミュニケーションをとるように心がけている。韓国人の選手たちにはどのような人が通訳を担当するのか知らされていない。そんな不安や緊張を和らげるためだ。

「『日本語ができなくても安心していいよ、私がいるから』『最後はファンに向けて日本語で喋ってみる?』などと声をかけて、選手たちと仲良くすることを意識しています」

自身の通訳を介して、選手が持つ魅力を伝えていく。通訳は仕事の一つとなったが、スイニャンはいちファンとしても通訳の仕事を大いに楽しんでいる。

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通訳を担当してきた中で、忘れられない印象的なシーンがある。試合で大活躍した韓国人選手にインタビューした際、観客から選手に向けられた熱気が、選手の隣に立つスイニャンにまで伝わってきたのだ。普段は通訳に集中するあまりにフロアの観客がボヤけて見えるが、この時ばかりはファンの「この選手の話を聞かせてくれ」という熱い視線を肌で感じたという。

もちろん自分に向けられた熱気ではない。だが活躍した選手が受けるであろう視線を、選手のすぐ隣で感じることができた。

「選手たちは、この熱気を味わったら二度と忘れられないだろうなって思いました。通訳をしていなかったら体験できなかったことです。特等席で選手の活躍を見た気分になりました。この記憶はファンとしても大切にしています」

10代や20代前半で日本に渡り、選手として活動する。慣れない土地で生活する不安と戦いながらも努力を積み重ねる韓国人の選手たちに、心から活躍してほしい、満足のいくシーズンを送ってほしい。スイニャンが今の仕事に励んでいるのは、そんな「いちファン」としての気持ちからに他ならない。

ファンを増やすため 試行錯誤の日々

新型コロナウイルス感染拡大の影響により、オンラインで通訳を行う機会が増えた。大切にしてきた、選手と会場でコミュニケーションをとる機会が失われるなど、通訳としての課題が生じた。

オフラインで通訳する場合、会場や放送にのる自分の声は日本語部分のみだ。しかしオンラインではマイクのオンオフの切り替えが難しく、韓国語での会話も拾われてしまう。そのため、放送に適した丁寧な韓国語でのスピーキング力が求められるようになった。

たとえばオフライン会場であれば、インタビュアーが「おめでとうございます。本日の試合の感想はいかがでしょうか?」と言った場合は、選手に「おめでとう。感想は?」とフランクに聞くだけでよかった。だがオンラインでは丁寧な言葉選びや話し方など、放送向けのトークが求められる。スイニャンは今も常に韓国語を学びながら、試行錯誤を重ねている。

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自身のルーツであるライターとしても試行錯誤の途中だ。直近の目標は、eスポーツを知らない層にもeスポーツを好きになってもらうことだ。

韓国では、LoLに精通している芸能人が、テレビ番組でLoLの試合を繰り広げたりすることもある。音楽や芸能人など入り口はなんでもいい、1人でもeスポーツに興味を持ってもらいたいというのがスイニャンの願いだ。

「eスポーツ業界では観戦してくれる人がいること、ファンがいることが非常に大切なんです。トッププレイヤーであればあるほど、ファンの大切さを知っていると思います」

当初はゲームを自身のキャリアにすることを想定していなかったというスイニャン。しかし留学で学んだ韓国語、留学先でStarCraftに夢中になったことによって、現在は日本のeスポーツシーンに欠かせない存在となった。

彼女は現在もファンの目線でシーンを支え続けている。

(取材・文 Dopey)


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