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アリのよろい 「ベキベキおばさんとティックル」

ベキベキおばさんとティックル

「はいはいおばさん
そんなに大きな声をださなくてもきこえるよ」

「ピサ!
あらあらこんなにちらかして
身の回りはきれいにしておくべきなのよ
さあテーブルの上ををかたずけて
おひるにしなさい
ひとは決まった時間にご飯をたべるべきなのよ
朝ごはんはちゃんとたべたの?
あしたから朝ごはんももってきましょうか?
あらこのにおい
バナナをたべてたの?
ご飯の前には空腹にしておくべきなのよ
今日はそとにでたの?
たべたらお散歩にいきなさいね
ひとは太陽の光を浴びるべきなのよ
ほんとうに散らかっている部屋ね
あら 可愛い
このぬいぐるみはどうしたの?」

ベキベキいいながらティックルをつまみ上げました

「ティックティックティック!
そこはとってもくすぐったいです〜」

「きゃっ 喋ったわ!
ピサ!あなた!またへんなものつくったのね!」

「へんなものじゃないです〜
ぼくはティックルです〜
このいいにおいはなんですかぁ〜」
と、ティックルはベキベキおばさんが抱えているカゴをのぞきこみました

「こらやめなさい!
これはピサのおひるごはんのシーフードドリアです
ピサ!なんなのこの子は!
せつめいしなさい!」

ピサはベキベキおばさんがびっくりして慌てている様子がおかしくて
テーブルの上を片付けながら笑っていました
「おばさんその子はティックルっていって
ぼくが初めて作ったモンスターだよ
とってもいい子だってことはわかってるんだけど
生まれたばっかりだから なーんにも知らないんだ
ぼくがこれから色々教えようとおもっているんだけど、、、、」
「なーにを言っているの!
あなたがものをおしえたらたいへんなことになります!
仕方がないわね
わたしがこの子をしつけてあげましょう」
と言うと ベキベキおばさんは
シーフードドリアの入ったカゴをピサにおしつけ
ティックルを抱えて出て行ってしまいました

ピサはぽかーんと
生まれて初めてぽかーんとしながら
シーフードとチーズの香りがほかほか漂うカゴを抱えて
ベキベキおばさんを見送りました
「なんてこった!
静かにお昼がたべられる!」

ベキベキおばさんの料理は最高に美味しいんです
ピサは一度でいいから一人でゆーっくり静かに
料理を味わいたかったんです
何度かベキベキおばさんに一人で食べたいっていったことがありました
でもそのたびに
「なにをいっているの!
わたしがみていないとあなたはすぐに他のことに目がいって
食べることをわすれてしまうんだから
それにこのちらかった部屋と洗濯物をだれが片付けるの?
私以外にいないでしょ!
あなたには私が必要なんです!」
とこんな感じ
ピサの意見は通りません
ピサは心の中で
(本当はおばさんにとってオレがひつようなんだけどね)
なんて思いましたが、口に出すことはありませんでした
だって、ひとこと言ったならば
百万倍のベキベキの弾丸になって帰ってくることはわかりきっていますから

そのころ
シーフードドリアの入ったカゴをピサに押し付け
ティックルを抱えてさっさと出てきたベキベキおばさんは
家に向かって歩いていました
ふと、何かに気がついたように立ち止まりました

「あら、わたし、なんにもしないで出てきてしまったわ
どうしたのかしら、
きっと部屋もキッチンも散らかっていてお洗濯物も干したまんまなのに、、
それなのにへんね、気にならないわ
ほんとに、どうしたのかしら、でも、、
考えてみたら、
ピサに片付けてくれと頼まれたことなんて一度もなかったんだわ
それどころか、ひとりにしてくれって何度か言われたこともあったわね
そうね、全部わたしが勝手にやっていたんだわ
おかしいことよね、勝手に押しかけて勝手に文句を言って
まるで文句の押し売りね いやだわなんだか恥ずかしくなってきちゃった
それにしてもこの子、とってもいい匂いね
ティックルって言ったわね、勝手につれてきちゃってよかったかしら」
「はい よかったです〜
ところであなたのことをなんとお呼びしたらいいのでしょうか?」
「あら、ティックルはとてもちゃんとしているのね
わたしのなまえはサラよ」
「サラさん
すてきなお名前ですね
わたしはサラさんのためになにをすればいいのでしょう?」
ベキベキおばさん、ではなく、サラさんの耳に
今まで聞いたこともない
なんともいえず美しい音、そうです言葉ではなくて音、
言葉だとしたらこれが天使のささやきなのでしょう
なんとも心地の良いひびきがサラさんの心をキュンとつかみました
ティックルの甘いバナナの香りとともに
7秒ほどうっとりしていたサラさんは
この心地よいひびきがティックルの口から出た言葉だと気がつき
あわてて聞き返しました
「え?なんですって?
ティックル いまなって言ったの?」
「ですから、
わたしはサラさんのためになにができるのでしょう?
とおききしたのですよ」
サラさんはティックルをかかえた両手を前にならえのようにさっと伸ばし
ティックルをぐっと見つめて
「いやだわ!気持ち悪い!
だれかがわたしのために何かをしてくれるだなんて!
わたしは わたしは
わたしのことは全てわたしが面倒見るのよ
ちゃんとした大人はそうするべきなの!」
みなさん 聞きましたか? 「気持ち悪い」だなんて!
さぞやティックルは悲しんでいるかとおもいきや
そーんなことはありません
ティックルはなにもかわらず
「そうでしたか、これは失礼しました
どうやらわたしはそう言うことが口ぐせのようです
サラさんどうか気にしないでくださいね」
といってティックティックティックと笑いました
ティックルはどうして笑ったんでしょう?
それはですね、ティックルはうれしくなっちゃったんです
サラさんへするいたずらが思いついちゃったから
(ピサは言ってたよね
「いたずら」は
見たこともないものを見せたり
感じたこともないものを感じさせたりすることだって
サラさんは今まで人に何かをしてもらったことがないんだ
あったとしてもわすれているんだ
おかしいよね、じぶんはピサのためにご飯をつくってあげているのに)
ティックルはまたティックティックティックと小さく笑いました
サラさんに気づかれないように。

サラさんはティックルをかかえなおし、また歩き出しました
いつものようにピンと背筋をのばして
まっすぐ前を見てまっすぐ足をだして
しっかり地面をふみしめて歩いています
しっかり歩いているように見えます
いえ、歩いているように見せています
それはそれは一生懸命に
そうしないと今にもその場にうずくまりたくなってしまうんです
だって心がむぎゅーっとつかまれたような
ドアをこじあけられたような
苦しくて恥ずかしくて
でも顔がかってに笑顔になってしまうような
つまりサラさんはなんだかおかしなことになっているんです

すれちがった郵便屋さんが
「サラさんこんにちは
今日もいいお天気ですね」
といつものあいさつをします
その郵便屋さんの前を
背筋をのばして前を見つめて
何もきこえないかのようにサラさんが通り過ぎます
あまりにエレガントにスタスタと通り過ぎるので
郵便屋さんは自分は声がでなくなったのかと思い
「あーあーあーぼくは郵便配達人です」
と声をだしてみました
するとそばを通った男の子が
「知ってるよ!ゆうびんやさんのおにいちゃん
おはよう」
と言ってくれたので、郵便屋さんはホッとしました

背筋をのばして前を見つめて
まっすぐ足を出して歩いているサラさんが
ふと 立ち止まりました
そこはお花屋さんの前です
(あ お花 買わなくちゃ)
毎朝ピサの家から帰るとちゅう、かならず、お花を一りん買っているサラさんは
ティックルを抱えてお花屋さんへ入っていきました
ふわりと花たちの香りがサラさんの鼻をくすぐります
「あら、このお店はこんなにたくさんの花をおいてあったのかしら?」
とサラさんが色とりどりの花をながめていると
「サラさんおはようございます
今日は白いゆりの日でしたね、ご用意していますよ」
と花屋の主人がカウンターにおいてあった紙につつまれた一りんのゆりの花を
サラさんにさしだしました
サラさんはそれをチラリと見て
「いいえ、今日はミモザの花にします
あるかしら?」
「えっ、、、えーっ!
ミ、ミモザですか?
えっと、しょ、しょ、しょうしょうおまちくださいね」
花屋の主人はそれはそれはおどろいた顔をして
つまづきそうになりながら店のおくへひっこみました
そしてミモザを探すのではなく
おくで花束を作っていた奥さんのところへかけよって小声で
「たいへんだたいへんだ
サラさんが花のじゅんばんを変えたよ!
しかもリストに入っていないミモザの花だとさ!」
そうなんです、
サラさんは毎日花屋で買う花も決めていて
あらかじめ花のリストを花屋につたえてあるんです
だからその花がその日にないと
花屋の主人はながーいベキベキな小言を聞かなくてはなりません
ミモザは春先に咲く花です
今は夏のおわり、とうぜんミモザはありません
白いゆりだってそろそろ終わりの季節です
花屋の主人はこの日にきれいに咲くように
気をつけて白いゆりの世話をしてきました
それなのに、それなのに!
すでに季節が終わったミモザだなんて!
お店にミモザはありません
「なんだって!どうしちゃったんだい?サラさんは!今の季節にミモザだなんて!」
と、花屋の奥さんも目をパチクリさせています
でもさすが奥さん、花束を作る手はとまりません

花屋の主人はふと思いました
「いや、まてよ、サラさんが花の季節をまちがえるわけがない
私よりもよーくしっているくらいなんだから
考えてみたら今日のサラさんはいつもと様子がちがうんじゃないか?
いつもならスタスタと店に入ってきて、他の花には目もくれず
カウンターに用意してある花をつかんで
代金をおいてさっさと帰っちまうじゃないか
なのに今日はふら〜と店の中にはいってきて店にある花をひとつひとつながめている
あんなようすのサラさんをみたのはいつぶりだろう、、、
あーそうだ!
あの子がいなくなる前のサラさんのようだ」

花屋の主人はちらりと店をのぞきました
いつものサラさんならイライラしながら待っているだろうと思いながら
でも、
花屋の主人の目にはいってきたサラさんは
ゆっくりと花たちのあいだを歩きながら
ときどき花に顔を近づけたり
抱き抱えている黄色いぬいぐるみになにか語りかけているようすです
黄色、、、
ミモザも黄色、、、
「そうか! 黄色の花か、、、夏の終わりの黄色い花といえば
どこにでも咲いてるこれはどうだろう、一本じゃさみしいから花束にしてみよう」
と花屋の主人が手にとったのは「ルドベキア」
べつの言い方をすると「大反魂草(おおはんごんそう)」
反魂(はんごん)っていうのは魂を呼び戻すって意味もある
花屋の主人は「あの子」を思い浮かべながら
その花を3本取ると間に葉っぱを差し込んで小さなブーケをつくりました
葉っぱは手のひらを広げたような形で、花を包みます
ティックルを抱えてお店の花たちの姿や匂いをゆっくり楽しんでいたところに
「サラさん、ミモザは残念ながらないのですが 
今日はルドベキアでいかがでしょう?」
と言いながら花屋の主人が話しかけました
小さく丸い中心のまわりにほそながい花びらが10まいほどついた
かわいらしいな花のブーケをもってきた花屋の主人は
さっきのあわてた様子はどこへやら
サラさんを優しくなぐさめるような、おだやかな顔をしていました

ティックルは自分を抱えるサラさんのうでに力が入るのを感じました
「ルドベキア、、おおはんごんそうね」
と言ってサラさんはしばらくブーケをみつめています
そのサラさんを花屋の主人はみつめています
花屋の主人の目にはなぜか涙がたまっています
そのときサラさんがぽつりとつぶやきました
「あの子の魂はわたしのところへきてくれるかしら
わたしをゆるしてくれるかしら」
「もちろんです!サラさんはひとつも悪くない、最初から悪くない、
あの子はいつでもあなたのそばにいるはずですよ、今もこれからもずっと」

「大反魂草」とかいて「おおはんごんそう」と呼ぶのこのルドベキアは
ちいさなひまわりのようで 花の真ん中が盛り上がって目のようにみえます
花言葉は「あなたをみつめる」

花屋の主人は、じぶんがおもいがけず手にとってつくったルドベキアのブーケと
なぜだかわからないけれどいつもと雰囲気のちがうサラさんをみつめながら
いつのまにか店の中の空気が柔らかくなっていることに気がつきました
そして このいい匂いはなんだろうと考えて
サラさんがブーケといっしょに抱えるバナナ色のぬいぐるみに目がとまります
そういえば「あの子」もぬいぐるみが大好きだったっけ
そして黄色が大好きだった「あの子」は毎日サラさんと一緒に店にきては
大きな目をぐりぐりとうごかして店中の黄色い花を指さして
(あれはなんていうの?どんなにおい?)って忙しく働いているわたしの後をおいかけながらきいてたっけ
町中のみんなが「あの子」とサラさんが散歩する姿をみるのが大好きで
あんなふうに「あの子」が突然いなくなるなんてだれも思っていなかったっけ
「あの子」がいなくなった後のサラさんはとてもとてもみていられやしなかったなぁ
自分をせめて自分におこって いまにも消えてしまいそうだった
それがあの日 あれはいつだったかなぁ
その年の夏で一番暑い日だったから
「あの子」がいなくなってから三月ほどすぎたころだな
あの少年「ピサ」が突然この街にやってきたんだ
いや 気が付いたらあの空き家に住みついていたんだ
不思議なことにピサがいつ どこからこの街へきたのかだーれも知らないんだ
でもピサは街中の人間の名前を知っていたし
わたしたちは(きっと誰かの孫が都会から遊びにきているんだ)なんて思っていたからとくべつ気にとめはしなかったんだ
そういえばあの空き家ももともとあったのか 誰の持ち物なのかも知らないけど
ちゃーんと地図にものっているし、税金もおさめられているようだ
(自分たちが全てを知っているつもりでいたけどそんなことないんだなぁ)なんて あの頃街のみんなと話したっけ

ピサとサラさんが出会ったのがまさにこの店さ
大きな目のピサが「あの子」と重なったのかねぇ
ピサがひとりで暮らしていると知った時のサラさんときたら
まるで生きる喜びを見つけたようだった
サラさんの目がかがやき始めたのを昨日のことのようにおぼえているよ
それからの毎日はサラさんにはピサしか目に入らないようだった
ピサが少し いやだいぶいやがっているのはみんな気がついていたけど
そんなことより サラさんがじぶんを責める毎日から
誰かのために動いている姿を見るのがみんな嬉しかったんだ
「あの子」がいなくなる前のサラさんは街中で評判のいいお手伝いさんだったな
サラさんの口ぐせは「あなたのためにわたしができることはなにかしら?」
だったっけ
今日のサラさんはなんだかあの頃「あの子」がいなくなる前のサラさんのようだ
うん きっと サラさんはもう大丈夫
よかったなぁ
おや? このぬいぐるみ
いま ウインクしなかったかい?

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