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あっちゃん

あっちゃんはわたしの幼馴染
物心ついた頃には一緒にいた
同じ幼稚園
同じ小学校
同じ中学校
同じ高校
働き始めると飲みにいき
ときどき家に泊まりに行った
でも わたしがあっちゃんと一緒にいて心から笑っていたのは
たぶん小学校一年生の頃までだったと思う
カセットデッキの前で二人で笑い転げながら漫才をした
本当に楽しかった
あっちゃんは握力が強かった
家の庭にあった鉄棒に何十分もぶら下がっていられたんだ
それをみたときから
わたしはあっちゃんをすごいひとだと思うようになった
あっちゃんに比べてわたしはだめじゃんと思うようになった
わたしはわたしと色んなものを比べていた
漫画の登場人物と比べ
兄弟と比べ
父母と比べ
従兄弟たちと比べ
同級生と比べ
なんなら庭に生えている花とも比べ
どういうふうに振舞ったらいいのかわからなくなった
正解はなんなのかを周りに全てに求めていた
わたしはわたしに自信がなかった
わたし以外はすべて芯のある実態のあるものだと本気で思っていた
一緒にカセットテープに漫才を吹き込んで笑い転げていた
あっちゃんとわたしは少しずつ違ってきた
あたりまえだけど 確実に大きく違ってきた
あっちゃんはいつも笑顔だった
人を悪くいう口はもっていなかった
妬みや嫉みとは無縁だった
とっても楽しそうにいつでもケラケラと笑っていた
まわりには友達がたくさんいた
そのともだちの輪にわたしが入る隙間はないように感じた 
勝手に感じていた
でもわたしが誘うとあっちゃんはいつも遊んでくれた
それをわたしはとても喜んだ
わたしは自分が特別なんだと思えて嬉しかった
そんなことに縋っていたわたしだった
あっちゃんは
わたしが何を喋ってもただただきいてくれて
ただただ驚いてくれて笑ってくれた
とても気持ちが良かった
でもともだちに囲まれているあっちゃんのそばにいくことはできなかった
あっちゃんはハードロックが好きだった
それもかなり激しくビートを打つ音楽が本当に好きだった
だから軽音楽クラブに入ってバンドをやっていたようだ
わたしはそれをあっちゃんの家に泊まりに行った高校生の時に知った
あっちゃんは普段わたしに自分のことを話すことはなかった
わたしが一方的に話していただけだからかもしれない
あっちゃんは国立の薬科大学に進学した
わたしはとっても驚いた
わたしは中学1年の微分積分で数学とおさらばしたから
あっちゃんは数学についてこう言った
「公式を覚えるだけで全て答えが出せるんだよ、
こんな簡単な教科はないよ。わたしは頭がいいわけじゃない」
って
衝撃だった
見知らぬあっちゃんがそこにもいた
大学合格を知るまで
あっちゃんが数学が得意なことも
大学に行こうとしていることも知らなかった
わたしとあっちゃんはすでに別々の世界で生活していた
わたしは相変わらず何かとじぶんを比べ続けていた
周りのことをわかったようなつもりでいたけど
全くわかっていなかった
そもそも 
じぶんのことをしっかり見ることもせず
じぶんの中に見つめるべき何かがあることにも気がつかず
相変わらずじぶん以外の全てには芯があり実態があるんだと思い続け
私自身の立ち居振る舞いをすべてまわりに委ねていた
いつからなんだろう、
いやをいやだとはっきり言えなくなったのは
「ゆみちゃんはわがままね」
「すねてるだけだ、ほっとけほっとけ」
こんな言葉が心に刺さり
そのときから あ わたしの言動は受け入れられないんだと感じ
だめなんだ 正解じゃないんだ と
まず浮かぶじぶんの感情を信じることをやめたんだと思っていた
本当にそうなのかな
わたしはみんなに好かれたかった
そのためにはどんな我慢も耐えたと思う 
好かれるためなら 嫌われもした
頑張った
だけどその反動をぶつけた相手もいた
弟だった 妹だった たぶんあっちゃんだった
このひとたちは
わたしの手のひらにいると思っていた
でもあるときからそのひとたちは
わたしの目のちょっとうえで輝くようになった
焦った私はますます正解を求めて
そのひとたちを手のひらにのせるために
整っているわたしを求めて
周りと自分を比べるようになった
整っていない理由をまわりに探した
整っている理由もまわりに探した
自分の中になにかがあるってことに全く気がついていなかった
そんなわたしにチャンスが来た
中学生になった頃
深夜に映画をやっていた
白黒の画面にとても素敵な女性がいた
オードリーヘップバーンだった
うわぁああああ
わたしは心を鷲掴みにされた
クリアーファイルに雑誌を切り抜いたオードリーの写真を入れた
その裏にはテニスコートを書いた紙を入れた
わたしはテニスにも夢中だった
そしてテレビの音楽番組に夢中になり
サザンオールスターズの雰囲気に憧れた
原由子になりたかった
オードリーになりたかった
比べて落ち込む前に
じぶんの中にある好きという感情に気がついた
そのときに
あ わたしがいた
わたしは これが好き
他の誰でもない 
わたしが これを好き
わたし いた
とても嬉しい感じがしたのを覚えている
わたしにも好きという感情がある
これは私だけのものなんだ
このままじぶんをみとめればよかったのに
もうちょっとがんばってふんばって
好きもあれば嫌いもある
いいときもわるいときもある
どれもわたしなんだよって感じてしまえばよかったのに
わたしは考えることが苦手だった 考えることから逃げていた
相変わらずじぶんの一挙手一投足を
なにかと比べることで決めていた
喋るわらう動く 全てのことをおずおずと
慎重にしていた
一緒に漫才をして笑い転げていたあっちゃんは
どんどんと仲間を増やし
毎日を自由に楽しんでいるように見えて眩しかった
悔しかった
妬ましかった
あっちゃんなのに
わたしのあっちゃんなのに
一緒に漫才したあっちゃんなのに
わたしはみんなが同じ電車に乗って同じ速度で進んでいるのだと思っていた
じぶんがこんなに焦っていること
満たされないこと
寂しいことは
一緒に電車に乗っているみんなが悪い
電車が悪い
とにかく私以外のなにかがおかしい
と思っていた
一度たりとも自分の芯をみつめようとしたことはなかった
チャンスはあった
オードリーヘップバーンに
サザンオールスターズに
テニスに
うわぁああああああ
って思った時だ
でもすぐにそんなことは取るに足りないことだという
あれに比べたら これに比べたら
という比べるモンスターにとって食われてしまっていた

あっちゃんは淡々としていた
淡々と好きな音楽を聴き
淡々と友達と楽しく過ごし
淡々とじぶんの得意を見極め
淡々と進学し資格を取り 
それを生かした仕事をし
淡々と伴侶に出会い
4人の子供を産んだ
そのころわたしはカナダにいた 結婚した相手の駐在で 子供はいなかった
一時帰国で久しぶりに会ったあっちゃんは
4人目の子供を妊娠していた
最近背中が痛いと言っていた
足首がゾウのように浮腫んでいた
一人目は5歳の男の子 やんちゃだと言っていた
二人目三人目は年子で3歳と2歳の女の子
整骨院に通いながら
淡々と薬剤師の仕事をし
淡々と家事をし
淡々と子供たちを叱り
久しぶりに会ったわたしの話をただただ聞き驚き笑ってくれた
あっちゃんはずーっとあっちゃんだった
わたしはすでにあっちゃんに対しては白旗をあげていた
わたしが勝手に負けを認めていた
お互い結婚して なんかこれからやっとあらためていろいろ
心を割って話せるような感じがしていた
小一のころ 一緒に漫才をしていた頃の私は
少しずつ歩き出していた
それぞれのペースがあるんだということを学び始めていた
それぞれの思いがあるんだということを感じ始めていた
なにより
わたしの中にはわたしだけの思いがあるんだということに気づき始めていた
そしてそれはわたしにとって大きな自信になっていた
あっちゃんに追いついたような気持ちになって
別れた後は清々しかった
あっちゃんは変わらずずーっとあっちゃんだったと
わたしが勝手にかんじていただけで
あっちゃんにはあっちゃんの思いがあって変化もあったはず
でもわたしはじぶんの思いにようやく気づき始めたことに興奮して
他の人の思いに考えを巡らす余裕が全くなかった
まったくもって心や脳のコントロールができない
未熟な大人に成長していた

年明け、カナダにいるわたしに
あっちゃんが無事出産したという連絡があった
だれからだったか忘れたけど、、
よかったよかった すごいなぁ と思った
そしてその年の九月の半ば、
実家の母からあっちゃんが亡くなったという知らせがきた
意味がわからなかった
その朝あっちゃんは
八ヶ月になる四人目の子供にお乳をあげていた時に心臓発作が起きたらしい
たまたま ほんとうにその日に限って
風邪気味のご主人は運動会が近い子供達に風邪をうつしてはいけないと
別の部屋でねていたんだって、、、
赤ちゃんの鳴き声で気がついたご主人が駆けつけた時には
あっちゃんはすでに息はなく
心臓マッサージ 人工呼吸の甲斐もなく
あっちゃんは空に戻っていってしまった
空に戻っていった、、という表現が本当にぴったりだと思う
わたしにとってあっちゃんは天使だった
どんなに逆立ちしても隣に並ぶことができない
わたしにない美しいものを全て持っていた天使だった
あっちゃんといるとじぶんのずる賢さ 卑屈さ 意地悪さが嫌でも目についた
ひととして あっちゃんはわたしの憧れだった

あっちゃんの告別式には四百人以上の参列者があったらしい
その列の中にもわたしは入ることができなかった
実際カナダにいたからなんだけど
日本にいたとしても参列できたかどうか疑問だ
その年の暮れに一時帰国であっちゃんの家にいって
ご主人と初めてちゃんと会ってお線香をあげた
そして子供たちへの手紙を渡した
わたしにとってのあっちゃんはこんなひとでした
あなたたちのお母さんはとても素敵なひとでした
という手紙を
まあ そのときの私はそうしたいと思ったのだから
それはそれでいいのかな と思うけど、、。
子供はまだいないんですというわたしに
ご主人は半分冗談といいながらも
ひとり連れて帰りませんか?といった
それから1年後くらいにわたしは結婚十年目にして
子供を授かった
そのこは今年一四歳になる
あっちゃんの長男くんはもう成人しているはず
わたしは手紙をかいたまま その後連絡は全くしていない
その程度の人間なんです と自分のことを軽蔑していた
台所に仏壇のような場所がある
荻原家先祖代々の霊
とわたしが書いた白い厚紙と二枚の写真
一枚は結婚の数ヶ月後に亡くなったオットの母
もう一枚はあっちゃん
毎朝お水とご飯を備えて手を合わせている
「おはようございます
いつもありがとうございます
きょうもよろしくおねがいします」
すっかりご先祖扱いだ
あっちゃんは
空に戻っていった
四人もの子供を産んで
あっちゃんを知っている誰もの心の中に
一点の曇りもなく清らかな朗らかな思い出を植え付けて
小学校以降、あっちゃんが出会った人のことは知らない
全く知らないけど、
誰一人あっちゃんのことを悪くいう人はいないということはわかる
はっきりとわかる
わたしにとってあっちゃんは
いつでもそこにいて
話をきいてくれてわらってくれる
そんな都合のいい存在
亡くなってもなお
写真を飾ってむりやりわたしのそばにいてもらっている存在
わたしはあっちゃんを卒業しなくてはいけないのかもしれない
そうか
そうだ
あっちゃんの写真を外そう
あっちゃんを神聖化するのはやめよう
あっちゃんをご先祖さま扱いするのをやめよう
こわい?
罪悪感がこわい?
足のむくみを指摘できなかったじぶんを
背中の痛みは心臓疾患が反射しているんだと気づけなかったじぶんを
攻め続けているんじゃない?
ただただあっちゃんが好きだった 
でいいじゃない
あっちゃんに見合うわたしってなに?
あっちゃんの純粋さに圧倒されたからって
あっちゃんを天使のように祀って
わたしもあっちゃんと同等の純粋な存在になろうとしなくてもいい
あっちゃんは
ひとりの人間として
娘として
母として
妻として
淡々と生きて やるべきことをやって
命を全うしたんだ
わたしはそんなあっちゃんが大好きだ
今でも隣に感じるのは耳にきこえてくるのは
一緒に漫才をしてゲラゲラ笑い転げているあっちゃん
それでいい
あっちゃんと同じペースで歩まなくていい
わたしはあっちゃんが大好き
それでいい
わたしは淡々と
淡々とわたしの命を使い切って
ようやくみつけたわたしの心の芯をみつめて
わたしの心の喜びを感じて
わたしを大好きでいればいい
ありがとう

ご先祖の棚からあっちゃんの写真を外した
今日からあっちゃんの写真はわたしの作業机の上にいる
落ち着いたモナリザのような眼差しでわたしをみつめるあっちゃんは
「わたしだっていろいろ悩んでたんだからっ」
と頬をふくらませているようにみえた

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