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ねむねむの森 第八章 おわりのおはなし

(八)

「おかえりー」
「よくかえってきたねー」
「ぶじでよかったー」
とつぜんそとがにぎやかになりました
スープとパンをたべおわって
いっしょにえほんをよんでいた
うみちゃんとねむねむさんは
なんだろうと まどからそとをみました
ひとりのわかものが 村へかえってきたようすでした
わかものとかぞくがぶじをよろこんでいます
それをかこむように ほかの村びとたちもでてきて  
わかものがもどってきたことをよろこんでいます

わかものは なまえをモーリといいます
モーリはピアノをひきながらうたうおんがくかです
ピアノはうみちゃんのお父さんからおしえてもらいました
じつは うみちゃんのお父さんはピアノの先生なんです
モーリは町のゆうめいなおんがくのがっこうにいって
そのまま町でおんがくかとしてかつやくをしていました

そのモーリがどうして村にもどってきたのでしょう
 
それはあの大水のせいです 
モーリのすむ町が水にのみこまれ
すんでいたいえも はたらいていたところもなくなってしまいました
たすかったモーリはリーシャ村をめざして
いちにちじゅうあるきつづけたんです 
もうすぐリーシャ村だというところまできたのに
村のある丘が大きな池にかこまれているのをみたモーリは
どうしたらいいかわからず 池のまえで夜をすごしたのでした
そして
きょうの朝 
おなかもすいてすわりこんでいたところに
うみちゃんのお父さんがのったふねがとおりかかったのでした

「モーリじゃないか!
ぶじでよかったよかった 
そろそろ町からだれかがかえってくるころじゃないか
とおもってふねをだしてみたんだ」
モーリはしんじられないというように目を大きくひらいて
「タックせんせい!」
とさけびました

うみちゃんのお父さんのなまえはタック
お母さんのなまえはサナ といいます

「タックせんせい 
おひさしぶりです
村のようすはどうですか?」
モーリはなつかしいせんせいにであえてうれしくて
あるきつかれておなかがぺこぺこのからだに元気がわいてきました

「モーリありがとう 村はだいじょうぶだ 
おなかがすいただろう パンと木のみをおたべ」

焼きたてのパンのかおりがモーリのはなにひろがり
おくさんのサナさんはパンやきのめいじんだったことをおもいだしました
いえの前をとおるといつも 焼きたてパンのいいかおりがするのです
ふねにのりこんだモーリはすわって パンをひとくちかじりました
あるきつかれて おなかもぺこぺこのからだに 
ふわふわの焼きたてのパンのやさしいあじが
かおりといっしょにしみわたります
ふねのゆれも気もちがよくて 大きなあくびをひとつしました

そのようすをみていたうみちゃんのお父さんは
(モーリにとってはピアノのタックせんせいですが)
「丘についたらおこしてあげるから すこしのあいだだけど
ねむりなさい」といって ふねをやさしくこぎだしました
モーリは目をつむると
なにかにすいこまれるように ねむってしまいました

「モーリ ついたよ」
タックせんせいの声でめをさましたモーリのめのまえに
なつかしい丘がみえました
タックせんせいはふねをとめて モーリのかばんをもつと
「さあいこう みんなおどろいてよろこぶぞ」 といいながら
あるきだしました
ちょっと元気になったモーリも
なつかしい丘のみちをタックせんせいのあとについてあるいていきます

トントン カンカン 
トントン ギコギコ
と村のひろばでは なつかしい村のおとなたちがふねを作っています
「おーい モーリがかえってきたぞー」
とタックせんせいが大きな声をあげると
みんな てをとめ
いっせいに こちらをみました
「なんと! 村のじまんのおんがくか モーリがかえってきた」
「モーリ! おかえりー」
「モーリ よくかえってきたね!」
「モーリ! ぶじでよかった」
とみんなが声をかけるなかで
いちばんさきにモーリにかけよった3人が
モーリのお父さんお母さんそしておにいちゃんでした
おとといの水がこの村まできたんだから
モーリのすむ町はきっとたいへんなことになっているだろう
と それはそれはしんぱいで
いまも目の前にモーリがいることがしんじられないというように
お父さんとお母さんは目になみだをためて
モーリのからだをさすっています
おにいちゃんがさいしょにはなしかけました
「モーリ おかえり
ぶじでよかった ほんとうによかった
大変だっただろう よくかえってきたね」
「ケイルにいさん 
父さん母さん ただいま しんぱいをかけて ごめんなさい」
モーリのお父さんとお母さんは ただただ
首をよこにふり なみだがこらえきれなくなって
泣きながらモーリをだきしめました

ケイルはことばをつづけます
「モーリ きょうはいちにちゆっくりおやすみ
そしてあしたから村のみんなといっしょに 
ふねづくりとはしづくりをするんだ」

モーリは 村にかえってきたらまたむかしのように
ピアノをひきながら 好きなうたをうたって
いえとしごとをうしなった かなしいこころを元気にして
またあたらしい町にむかおう とかんがえていたので
ケイルにいさんのことばに ちょっとがっかりしました
でも 
大きな池にかこまれてしまった村のことをかんがえると
じぶんのことばかりかんがえているわけにはいきません
「うん わかったよ」
とへんじをして お父さんお母さんにかかえられるように
いえにはいっていきました
モーリのうしろすがたをみながら 
ケイルはこころの中でこうつぶやいていました
(ごめんよ モーリ
町へでている村のなかまのなかには 
きっとかえってこないなかまもいるはずなんだ
生きているのか しんでしまったのかわからない
そしていまこの村は やらなくてはならないことが やまほどある
モーリのような わかもののちからが ほんとうにひつようなんだ)
このようすをずーっとまどからみていた
うみちゃんとねむねむさん
かえってきたわかものが かぞくといっしょに 
となりのいえにはいっていったのをみとどけると 
へやをでて そとにとびだし
となりのいえのどあのまえまできました
「うみちゃん どうするの?」
と 肩にのってるねむねむさんがききました
「えっとね こんにちわ ってするの」
と うみちゃんはてをぎゅっとにぎって ドアをたたきました

ドアがひらいてなかからとなりのおばさんがかおをだします
「あらあら うみちゃん おはよう
ゆうべはよくねむれたかしら?」
「おばちゃん おはよう よくねむれたよ
えっと さっき うみのお父さんといっしょにおにいちゃんがきたね」

「ええ ええ むすこのモーリがかえってきたのよ
うれしくてうれしくて
きょうはごちそうをつくろうとおもっているのよ」
「おにいちゃんに こんにちわって いってもいい?」
おばさんはすこしかんがえて こういいました
「そうね モーリはずいぶんくたびれていて いまはおへやでやすんでいるの
よかったら おひるごはんをいっしょにたべましょうか
お母さんのサナさんにも伝えましょう」

そのときうみちゃんの肩にのっていたねむねむさんが
ぴょんととびおりたかとおもうと
おばさんのよこをするりとぬけて いえの中に入ってしまいました
「あっ ねむねむさんだめだよ!」
という うみちゃんにむかって
ねむねむさんはりょうてで大きなまるをつくってみせました

「うみちゃん どうしたの? なにがだめなの?」
おばさんはふしぎそうです
(そうだった おとなたちにはねむねむさんのすがたはみえなかったんだ)
「ううん なんでもない さよなら おばちゃん」
というと うみちゃんはいつもあそんでいる大きな木のほうへあるいていきました

さて 
うみちゃんの肩をおりて
いえの中へはいっていったねむねむさんはどうしたのでしょう
はじめてのおうちなのに まようことなくかいだんを上り
二階にあるひとつのへやのまえまできて そこにぺたんとすわりこみました
このへやの中には歩きつかれたモーリがやすんでいます
ねむねむさんはおへやにはいることはできません
でも なぜだかこのわかもののことが気になってしかたがないのです
さっき うみちゃんとまどからこのわかものをみていたときに
(かなしいよ つらいよ)という
わかものの声がきこえてきたからです
きっとうみちゃんもなにか感じたのかもしれません
だから モーリにこんにちわっていいたかったのかもしれません
ねむねむさんも モーリには会いたかったのですが
じつは もうすこしちがう気もちがありました
それは
『ぼくになにかできるかもしれない』
という気もちです

ねむねむさんは目をとじて おへやの中にいるモーリのことをおもいました
モーリはぐーっすりとねむっているようですが
こころの中のかなしみの声がねむねむさんにきこえてきました

(あー かなしい つらい ぼくはすべてをなくしてしまった
  いえもしごとも だい好きなあのこも どこにいるのかわからない)

(モーリさん モーリさん)

(だれだい ぼくはいまだれともはなしたくないんだよ)
(モーリさん ぼくはねむねむの森からきたねむねむです)

(ねむねむの森、、、きいたことがある
  ああ 小さなころケイルにいさんといっしょにたんけんにいった森か
   そこからきたねむねむくん? ようせいさんかい?)

(そうですよ ようせいのねむねむです
  モーリさん つらいのですね
   かなしいのですね)

(そうさ ぼくはすべてをうしなってしまったんだ!
  かなしくてつらくてもうこのままずーっとねむっていたいよ!)

(モーリさん モーリさん
  でもあしたから村のみんなといっしょに
   ふねをつくったりはしをつくったりするのでしょう)

(ああ そうだね
  いまは村がたいへんなときだから
   じぶんのことばかりかんがえているわけにはいかないんだ)

(モーリさん モーリさん
  ほんとうにそうでしょうか?
   ほんとうにじぶんのことは これっぽっちもかんがえてはいけないのでしょうか?

(そりゃあそうだろう
  村のみんなだってつらい気もちをがまんして
   村のためにがんばっているにちがいないんだ ぼくだってがんばらなくちゃ)

(モーリさん モーリさん
  いまいちばんやりたいことはなんですか?)

(そんなこと! きまっているさ 
  ピアノをひいてうたうこと おもいっきりいろんな気もちをうたいたいんだ!)
(モーリさん モーリさん
  それをやってみてはどうでしょうか?)

(なにを言っているんだい
  みんながいっしょうけんめいにはたらいているときに
   のんきにピアノなんかひいて うたなんかうたっていたら
    きっとみんなはおこるにちがいない)

(モーリさん モーリさん
  わたしはそうはおもいませんよ
   どうか めざめたら ピアノをひいて なにかうたってみてください
    きっと きっと 村のみんなはよろこびますよ)

(そんなこと、、、できるわけないじゃないか、、、)

モーリはふかーいねむりにはいっていきました
ねむねむさんは しばらくへやの前でじーっとすわっていました

〜さいごのおはなし〜

大きな木の下では 
うみちゃんとカラスくんとあなほりふくろうくんがおしゃべりしています
太陽さんがあたまのてっぺんにきたので
もうすぐおひるごはんのじかんです
ねむねむさんは となりのおうちに入ったまま まだでてきません

「ねむねむさんは どうしたんだろう?」
と うみちゃんがしんぱいそうに言うと

「ホゥホゥホゥ だいじょうぶだいじょうぶ」
と あなほりふくろうさんが元気にこたえます

「カァカァカァ 長老ふくろうが言っていた じぶんのちからってものに
気がついたんじゃないかな」
と カラスくんがしっかりものらしくこたえます
トントン カンカン
トントン ギコギコ
村のひろばからは ふねやはしをつくるおとが聞こえてきます

お母さんが焼きたてパンのはいった大きなカゴをかかえて
ひろばのほうへあるいていきます
ほかのおうちからも おなべをもったり ポットをもったひとたちが
ひろばへむかってあるいていきます

お母さんはたちどまり うみちゃんに手をふっていいました
「うみちゃーん
きょうのおひるごはんは おとなりのユミおばさんのおうちでたべますよー
もうすこしあそんだら ユミおばさんのおうちにいって まっててね」

「はーい!」
うみちゃんが元気にへんじをしたとき
ユミおばさんのおうちから ポロロン ポロロン 
ポロン ポロロン ポロローン
とてもきれいな ピアノの音です
そのおとにあわせて 
ちょっとかなしい うたごえがきこえてきました

うみちゃんの目には
ユミおばさんのいえの二階のまどから
ピアノの音とうたごえをのせた 
ふとくてながいリボンのようなものがたくさん たくさん
ふわりふわりと 村のなかにひろがっていくのがみえました

たべものをひろばにはこんでいたひとたちはたちどまり
トントン カンカン ギコギコと しごとをしていたひとたちも
しごとをやめて ピアノとうたごえに 耳をすましました

だれかがいいました
「きれいなおとだね やさしいうたごえだね うれしいね」
(そうだ! おにいちゃんに こんにちわって いいにいこう!)
うみちゃんは カラスくんとあなほりふくろうさんに さよならを言って
ユミおばさんのおうちへかけていきました

みなさん みなさん
ねむねむです
さいごまできいてくれてありがとう
これはずいぶんまえのおはなし
今のリーシャ村はドーナツ池がゆうめいになって
いろんなところからおきゃくさんがきます
小さかったうみちゃんも 
今では3にんのかわいいこどものお母さんになって
まいにち焼きたてのパンとおいしいおりょうりと
すてきなうたごえでみんなをしあわせにしています
さあ わたしはそろそろ しごとのじかん
そうそう わたしにてつだってほしいときは
ねむねむさーん きてくださーい 
と こころの中でよんでくださいね
いつでも おてつだいにかけつけますよ

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