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現地コーディネーター

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長編小説「現地コーディネーター」のまとめです。創作大賞2024に挑戦中。
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#海外生活

現地コーディネーター:第20話

 ミシシッピ州の安モーテルで一晩を過ごした二人は急に湧いてでてきた目的地ニューオーリンズへ向かった。二人を乗せたビートルは時速百キロで舗装されたばかりの道路を滑るように進んだ。古い木々が道路の両側に茂り、その影には小さな教会や田畑が広がる。  モーテルは前回より清潔だったし、カズマの提案でそれぞれ別の部屋に泊まったのだが、エドウィンは気分が高揚して中々寝付けず、またしばしの間眠っても極度に乾燥した部屋のせいで途中で何度も目を覚ましてしまっていた。アメリカに来てまだ一度もしっ

現地コーディネーター:第15話

 二階の部屋のドアを開けると硬質な電子音がカズマに浴びせかかった。十畳程度の室内は薄暗く、四方の壁に取り付けられたブラックライトだけを頼りにカズマは部屋の様子を観察した。パワフルなスピーカーから響く四つ打ちのビートが股間を突き上げてくる。  酩酊状態の学生三人が部屋の中央で暴れ踊っている。その脇には床に座ってジョイントを吸い回している連中、人目を憚らず愛撫をするカップル、ドラッグをキメ過ぎて床に突っ伏したまま動かない者などがいた。昔よく出入りしていたブルックリンの地下パーテ

現地コーディネーター:第13話

「ディナーができたぞ!」 ロイの大声が二階に響き渡る。  趣味の合わないマイクのCDコレクションを物色していたエドウィンはステレオを止め、ダイニングルームに駆け下りた。食卓にはフライドチキン、マッシュポテト、マカロニチーズと棒状の揚げ物がそれぞれ大きな皿に山盛りに並んでいる。 「これが本場の南部料理よ」  クリスタルは嬉しそうにグレイビーの入ったボウルを食卓に置く。エプロンには油のシミが飛び散っていて、自分たちのために一生懸命料理をしてくれたという事実に感謝し、またほぼ他

現地コーディネーター:第12話

 緩やかなカーブを描く高速道路の先に、青い鉄板が陽の光に輝いて立っている。「ようこそ音楽の都テネシー州へ」とウェスタン調の筆記体フォントで書かれたその看板は南部の歴史と文化の入り口を示しているようだ。  アメリカ横断の五州目。カズマの運転するビートルの窓の外に時折見え隠れするのは巨大なミシシッピ川だ。年老いた木々が湿地帯の風を遮り、生ぬるい空気が車の中に流れ込んだ。  大雨でも降ったのか、川の水は茶色く濁り、岸には粗大ゴミが散乱している。ドアを失った古い冷蔵庫、破けて中の

現地コーディネーター:第11話

 その夏のブルックリンはとにかく暑かった。カズマはアーチスト仲間四名とシェアするアトリエに入り浸っていた。その頃はとにかくアイデアが留めどなく溢れて時間が足りなかった。真っ白なキャンバスはそれを形にできる無限の可能性を持ち、描いていない時は生きている感覚がなかった。  そうしたカズマの作品の幾つかは業界の中でも少しずつ注目を集め、コミッションとしての仕事も徐々に増えていった。そして当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったマッド•ドッグから二人の個展をしようと持ちかけられたのだ。  カ

現地コーディネーター:第8話

 またアラームが鳴る前に目が覚めてしまう。エドウィンはまだ疲れのとれない体をカウチから起こし、開け放しの隣の寝室に目をやった。カズマとシャーロットはまだ寝ているようだ。  昨晩のうちに旅支度を済ませたエドウィンは、Tシャツの上にヒートテックを二枚重ね着し、動きやすいスウェットとだぶついたカーゴパンツを装着した。そしてコンロに置きっぱなしのケトルを火にかけ、冷蔵庫から巨大なインスタントコーヒーの缶を取り出し、コーヒーをスプーンで掬ってマグカップに入れた。  すぐに手持ち無沙

現地コーディネーター:第7話

 四十二丁目の駅に着く。駅構内の人混みの量はブルックリンのそれと比にならない量だ。新宿駅などの人混みと比べても、数は劣るものの圧倒感が違う。ここでは多人種が競い合うように四方八方からそれぞれスピードで我が物顔に進んでいくのだ。右側通行などの暗黙の了解も無ければ、皆に共通した歩きのリズムやペースも全く無いし、雑踏の真ん中で堂々と立ち話に興じる者もいれば、そっと紛れこんで急に手を差し伸ばしてくる物乞いもいる。  白人、白人、黒人。中東系、ヒスパニック、白人、黒人、不明。 エドウ

現地コーディネーター:第6話

 白く透き通った絹のカーテンの隙間から眩しい朝日が無遠慮に降 り注ぎ、エドウィンは目を恐る恐る開けた。時差ぼけなのか見知らぬ 土地にいる興奮なのか、何度も不思議な夢をみて途中で目を覚ました。何の夢だったかは覚えていないが不快なものではなかったはずだ。  リビングのソファベッドから身を起こすと、姿見の前でシャーロットが着替えている様子が目を捉える。上下薄ピンクの下着を纏った小さな純白の胴体ーふくよかな胸と少したるんだ下腹がなんだか生々しい。  シャーロットがふとこちらを向く

現地コーディネーター:第5話

高速二七八号線のミーカー通り出口を降りると、ブラウンストーンのアパートが建ち並んだ細い通りに出る。ガイドブックで見たようなこれぞブルックリンといったグラフィティまみれの建物の合間に新しいガラス張りの高層コンドミニアムがそびえ立っている。  巨大な灰色の建物の外壁には競い合うかのように多様なスタイルのグラフィティが乱描されている。スイス製時計を写実的に描いた広告、サイケな色合いの抽象的なアート、スプレーで殴り書きしたFで始まる罵り言葉の落書きなどが、一瞬だけ顔を見せて

現地コーディネーター:第4話

フライトの到着予定時刻ほぼぴったりにケネディ空港に着いたカズマは少し誇らしい気分でターミナルに向かった。仕事は出だしが肝心だ。右手に冷め切ったコーヒーのコップ、左手に「エドウィン様」と手書きのサインボードを持って到着ゲートに立ちはだかる。  周りには各々の目的に忠実な出迎えの者達が待ち人の到着を心待ちにしている。サインボードを持ったリムジン運転手達はみなスーツ姿で、くたびれたジャケットと薄汚れたジーパン姿のカズマは少し気後れした。相手は所詮大学生だし、ジェフもエドウィンには

現地コーディネーター:第1話

<あらすじ> 周囲とうまく折り合いがつけられず十代で単身渡米したカズマ。ニューヨークでアーチストとして一時的な成功を収めたが、現在は恋人宅に居候し、くすぶっている。 東京都心の実家に住む大学四年生のエドウィンはハーフとして育ち、引きこもりがちな生活を送っている。エドウィンの父であり日本で企業経営をするジェフは受動的な息子の将来を案じてアメリカ二週間横断の旅を命じる。 十年前にアメリカで出会ったタフな若者カズマを現地コーディネーターとして雇って。 常識知らずで自分の情動の