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副籍制度を体験してみて②

こんにちは。

保育園保育士を退職し、都内で個人ベビーシッター業をしているアサミです。


支援校と地域の学校の【副籍交流】についての経過。


前回の記事はこちら

次女は生まれつき耳が聞こえなかったので聴覚の支援学校に通っていますが、小学生になると『副籍交流』として地域の学校と交流会できる制度があるので、今年から交流しています。


前回のnoteは初回のことでしたが、
あれから運動会を見に行ったり、2回目、3回目の交流がありました。

日程調整や参加したい授業の希望など、連絡は学校同士が行うので我が家は次女の通っている学校から、“地域の学校からおたよりがきたのでお渡しします“と連絡帳に挟んであったりします。
地域の学校には長女が通っているので、なにもわざわざ郵送してもらわなくてもいいのになぁ、と思っていますが事務的なことなのでしょう。
事務的なこと以外は長女を通してやりとりされます。例えば、クラスの子が書いてくれたお手紙を渡してくれる時には郵送ではなく長女を通して渡してくれました。


1回目の副籍交流からそれほど遠くない日に運動会がありました。

保護者用スペースと児童席は離れていたので、保護者用スペースから次女の学年の競技、演技や、長女の学年の競技などを見ていました。
すると、児童席から

「○○(次女の名前)ちゃ〜ん‼️」


と呼ぶ声が。

もちろん次女はきこえませんが、聞こえた私が見ると手を振ってれたり、手話で挨拶してくれる子がいました。

手話のいいところは、
離れていても会話ができるところ。


自分のことだと気づいて、嬉しくも恥ずかしそうな次女と、驚きつつも感激する私たち夫婦と、なになに?と不思議そうな周りの保護者たち。

副籍交流をしていることは学年だよりに載せてくれていたので、同じ学年で同じクラスの保護者の方はもしかしたら気がついたかもしれませんが、ほとんどの保護者は状況がよく理解できなかったと思います。
転校生が遊びに来たのかな、と思ったかな。


それでも私たち家族は、あの短時間の交流で学校の子と先生が歓迎してるくれていることが交流の日も運動会の日も十二分に感じていたので嬉しい気持ちでなん度も手を振りかえしました。


その日は“交流の日”ではないので運動会の見学のみ。


そして2度目の交流日は3週間後くらいでした。


この日は、前回より時間をのばして1時間目の国語と、2時間目の体育に参加。

姉と通学すると、前回よりは緊張もほぐれている様子で通学時もおしゃべりな次女でした。


朝の会。
日直さんが、その日の予定や、日直だから話す自分のこと(ニュースのように発表)を全体に伝える。タブレットを使用しているのでタブレットで撮ってきた写真なども画面に写して皆に見せながら話していました。
内容は、母、通訳。



1時間目、国語。

教科書が違うので、事前に担任の先生が教科書を写したものを送ってくれていて一応読んではきました。

が。


先生がその単元のお話をスラスラと読む。

母、通訳するものの追いつかない。
娘、よくわかっていない。

先生、どんどん先へ読み進める。


…早い、、、


進むのが、早すぎる…


そうだ。忘れてた。
これが普通の小学校の進め方。


聴覚の支援学校でも、使う教科書は特別なものではなく同じ学年の子が使う一般的な教科書で、国語なら漢字だってその学年で覚えるものをやり、ドリルなども同じ。基本的にはその学年の勉強はその学年の中で終わらせます。(
これは支援学校の種類によっても違います)

一応、同じ勉強をしている…
のだけど

声だけでどんどん進んでいく国語。


次女の学校は、とにかく視覚支援(目で見てわかる図や、物語の内容や流れを分かりやすく絵にしたものなど)がたくさん貼られているので


そうだ…
地域の学校って、これだよね…。


と思いました。


前回あまりの歓迎具合に、これはサポートがあれば地域の学校でもやっていけるんじゃなんてうっかりほんのすこーし思っていましたが、
確実に、ムリ。現実をみました。


優しくしてもらえるだけじゃ、駄目ですね。
そもそも情報が入ってこない。
文字は読めるけど、読んですぐに理解するほど頭の回転早くないしそもそも手話と日本語は違う言語なので手話→日本語の変換で時間がかかるので、確実に授業が分からないことが予測される。



母の必死の通訳でも私も拙い手話なので
次女の頭の中は、ふんわりした理解だったと思います。


“ですよね…笑”


ひとり、心の中で呟いていました。


2時間目、体育。


校庭で、準備運動に鬼ごっこで体を動かしてからボールの練習。
ポートボール(懐かしい!)に向けて、2人1組でのパス練習。名前のある投げ方の例をいくつか教わりました。


ここでは、娘とやりたい!と事前に名乗り出てくれた子が数人いたようで、そのうちの1人とペアでボールを投げて、キャッチ。
まぁこれは言葉はいらないので、楽しそうでした。
その後チームで、ポートボールに向けての4対4でのボールの奪い合いゲーム。チームの子でひたすらボールをパスしてまわす、相手チームはパスをカットしてボールを奪う練習。
これもすぐ理解して一生懸命参加していました。


2時間目が終了し、一応今日はここまでなので外で感想を伝えて挨拶して終わり。

着替えて教室に戻り、帰り支度をしていると担任の先生が
「3時間目は音楽だけど、少しだけ見に行ってもいいよ」「(次女の)学校の先生からは、音楽は、きこえないし参加しても…という感じで聞いていたので、本人に任せますが…」と言ってくれたので、次女に聞いてみると
「音楽、参加してみたい!」と、意外な返事。


帰り支度はしましたが、いつでも帰れるように準備をして音楽室へ。いちばん後ろの席へ着席。
もともと参加する予定はなかったので、当然教科書のコピーもないし、音楽は専科の先生なので担任の先生もいない。
でも、次女はじっとみんなの様子を見ていました。


すると…


近くの席の子が、教科書を見せてくれました。

じつはその子は前回も今回も、授業中に先生に声をかけられたり注意を受けることが多かったので、こちらはすぐに覚え、なんならばちょっと気になっていた子でした。
なので、教科書を見せてくれて、その後は“自分はいいから”と次女に教科書を渡してくれたので、さすがに教科書を奪ってしまうのは良くないので机と机をくっつけて2人で教科書を見られるようにしました。

リコーダーの授業だったので、当然次女は笛の音色も聞こえませんが、隣の席の子は音階をスラスラ書いてくれて、見せてくれました。


先生から声をかけられている印象だったので、こんなふうに誰に言われなくても、そっと教科書を見せてくれたりさりげない優しさに触れて、最初とは違う印象に変わりました。


たまたま担任の先生が音楽室へ来て次女の様子を見に来てくれたので、このことも伝えました。


結局、次女は帰るとは言わずに、音楽の授業も全て参加しました。

その後、帰宅。

初回とはまた違った思いを持ち帰りながらも、次女はそのへんは割り切っているのか「楽しかった!」と言ってくれるので良かったです。
行けばアイドルのように机を囲まれて、コミュニケーションをとろうとしてくれる。
外国人の転入生がきた!みたいな印象ですが、違う言語で伝えようとしてくれる子どもたちの素直さが嬉しかったです。

学習面では、やはり地域の学校は進むペースが速い。視覚支援は強化によって取り入れられているものもあるけれど、約30人のクラスのひとりひとりの言葉は当然拾えないし学年にもよるけど先生主体でやらなければ物事が進まない場面が多い。
支援学校では、クラスの人数も6人以下と定めがあるので一人一人の声が確実に届く。
友達同士の意見交換も深められる。

生徒は少ない方がいいかといえば、
生徒の人数の多い良さもある。
地域校で体育の授業の最後、ドッジボールをやったときに、次女はこんな人数でドッジボールをしたことがなかったので驚きつつも楽しかった様子。大人数いることで楽しめる、盛り上がれる行事もある。


どちらにも、良いところがある。

でもそんな中で
我が子にできるだけ合ったところに通わせたいというのが親の思い。


前回も思いましたが
改めて、支援校のありがたみを感じることができます。


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その日からの変化。


朝私たちが学校に行くために駅に行く時、地元小学校の子は反対側から来てすれ違うようになるのですが、次女に気づくと手を振ってくれるように。
いつもは違う市まで通っていて、暮らしいている土地に友達のいない次女。
でも、副籍交流を始めてから、この子はこの土地の子なんだなぁ…と少し感じられるように。



色々な場面を見ることのできた2回目の交流でした。


3回目はこちら

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