お父さまのお薬が行方不明です(別居嫁介護日誌 #28)
介護サービスを利用したいけれど、親がイヤがるので頼めない。あるいはせっかく頼んだけれど、断らざるを得ないケースがあるとは聞いていた。うちも正直なところ、義両親がどのような反応を示すのか、実際に介護サービスが始まるまで見当がつかなかった。
もの忘れ外来で医師に、訪問介護(ヘルパー)などの利用をうながされたとき、いち早く難色を示したのは義父だった。
「家内はそういうのをいやがると思うんです」
「どうしていやがると思うんですか」
「近所の目を気にするところがあるんです」
「ご近所の方はもうご存じだと思いますよ。この病気はね、近くにいる家族は気づかなくても、かえってご近所さんぐらいの距離のほうがわかるんですよ」
「……」
義父は医師の説明に合点がいったのか、ショックを受けたのか黙り込んでしまった。義母は自分のことが話題になっているのに、素知らぬ顔をしていた。
結局、義両親は「介護サービスを利用していい」とは言っていない。ただ、私たちは「利用したくない」「手続きをしないでくれ」とも言われていないので、医師の勧めに則ったテイで手続きを進めてきた。
担当ケアマネ・鈴木さんと相談し、①夕食としての宅配弁当、②訪問看護、③訪問介護(ヘルパー)&④ふれあい回収という順番で少し時期をずらしながら導入する作戦を立てていた。
一度にすべて導入しなかったのには、いくつかの理由があった。
「認知症がある場合、生活の変化は混乱の原因になりやすいんです。事情が許せば、義両親の様子を見ながら、慎重にサービスを導入することをおすすめします」
ケアマネ・鈴木さんからはそうアドバイスされていた。介護サービスがひとつでも入ると、そこから生活の様子や本人たちのこだわりがわかるので、それをふまえた調整もできるという。
宅配弁当を導入したら、さっそく義両親からの「弁当は毎日ではなく、週1回にしてほしい」という反撃が飛んできた。弁当に関してはなんとか、毎週月曜~木曜の週4日で着地したけれど、他のサービスもどうか。やはり、回数調整要求などが突きつけられるのか。
戦々恐々のなか、訪問看護がスタートした。
週2回、看護師さんが自宅を訪問し、1時間ずつ服薬状況の確認や体温・血圧測定などのバイタルチェックを行う。これまで家族が担当するしかなかったお薬カレンダーのセットも、ここで看護師さんにバトンタッチ。ようやく、ようやくあの重荷から解放される。ひゃっほぅ! と踊り出したい気分だった。
しかし、浮かれるのは早計だった。
「真奈美さん、すみません! お父さまのお薬が行方不明です」
「お父さまは『家のなかにドロボウがいて盗まれた』とおっしゃるのですが……」
「一昨日内科を再受診してくださったのですが、今日またお薬がなくなっています」
もの忘れ外来で処方される薬と義母の甲状腺の薬は、クリニック横の薬局から訪問看護ステーションに直接届けてもう段取りをつけた。処方せんの発行から、お薬カレンダーにセットされるまで、義父母が手を触れるタイミングはない。そのため、飲み忘れることはあっても、途中で行方不明になる心配はない。
問題は、義父が自分で受診していた内科や泌尿器科の薬だった。 “薬ドロボウ”が出るたびに駆けつけるわけにもいかず、看護師さんからのSOSコールがあるたび、電話口で平謝り。看護師さんとケアマネさんが手分けして探してくれたものの、薬は見つかったり、見つからなかったり……。ついに看護師さんから往診の導入を進められた。
「お父さんはしっかりされている部分もあるが、薬の管理や単独通院は難しいと思います。今後のことを考えると、内科だけではなく総合的に診てくれて、いざというとき駆けつけてくれる往診の先生をお願いするのはどうでしょうか」
私としては願ったりかなったりの提案だけれど、さて、どうやって義両親に切り出すか。
義姉から届いたLINEによると、義両親は《本人たちはきちんと管理しているつもりなので若干プライドが傷ついた様子》だったそう。
《薬のセット等で今まであまり遊びに行くことのなかった子供たちが突然頻繁に出入りするようになっていることに戸惑いがあります。「仕事があるに申し訳ない」そして「まだ自力でやれるのに」という気持ちもあるようです》
戸惑う気持ちはわかる。わかるけれども “お薬ドロボウ”が大躍進中の今、「本人たちが自覚するまで……」と放り出すわけにもいかない。この認識のギャップをどう埋めるか。まだまだ課題はてんこもりなのであった。
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