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人を試すような質問は好きではありません(別居嫁介護日誌#14)

「ねえ、ここは病院みたいだけど、どなたか具合が悪いの?」

もの忘れ外来専門クリニックに到着した途端、義母は不機嫌になった。ドアに書かれた「老年精神科・もの忘れ外来」という単語をめざとく見つけ、読み上げたりしている。義母は86歳という年齢からは想像もつかないほど、目も耳もいい。

受付で「認知症の初診ですね!」と、よく通る声で確認されたときは、気が遠くなった。やめて
くれ。義母がへそを曲げて、帰る!!! とでも言い出したらどうしてくれるのか。こわごわ振り向くと、夫も同じようなことを考えていたようで、顔をこわばらせていた。義母は知らん顔でテレビを眺めている。

到着から30分ぐらい経った頃、「まずは看護師がお話を伺いますのでご家族の方、こちらへどうぞ」と声をかけられた。義父が瞬時に立ち上がり、スタスタと診察室に入っていく。
慌てて後を追う。義母を待合室にひとり残すのも心配なので、私が義父の付き添い、夫は義母の見守りと二手に分かれた。

「彼女は若い頃から英語が好きだったんですが、子どもの頃からピアノもやっていまして。嫁入り道具としてピアノを持ってきたんですな。ところが、私が新入社員で赴任したのが九州だったものですから、そこまでピアノをどうやって運ぶかという話になり、陸路は難しいというので船で運ぶことになりまして…………」

何がどうしてそんな話になったのか。たしか、診察室に入ったとき、看護師さんに聞かれた質問は「日常生活の困りごと」だったはずなのに、気づけば、義父の独壇場。新婚ラブストーリーが繰り広げられていた。以前からうっすら気づいてましたが、おとうさん、ラブラブ……っていうか、ベタ惚れのベタ甘オットですよね!?

聞き上手の看護師さんを相手に、いつもとは別人のように、ニコニコと機嫌良く、しゃべりまくる義父。その合間に、なんとか気がかりな症状を看護師さんに伝え、家族面談は終了。待合室に戻ると、義母はいよいよ不機嫌オーラ全開。そこからさらに、30分ほど待ち、もう限界かと思った頃、ようやく医師の診察が始まった。

「お名前はなんとおっしゃるんですか?」
「今日は何年の何月何日ですか? 何曜日ですか?」

医師はひとこと、ひとこと、はっきりと区切りながら、問いかける。義母は(年寄り扱いしないでくださる?)とでも言いたそうな表情で、早口で答えていく。機嫌の悪さを隠そうともしない。

医師はさりげなく、問診のなかに認知機能の診断をするための質問を織り交ぜていく。
いくつかの質問の後、義母が答えに詰まる瞬間があった。でも、すぐさまキッと医師をにらみつけ、「人を試すような質問は好きではありません」と、異議を申し立てる。

義母が凄まじく腹を立てているのは傍目に見ても明らかで、この怒りを誰がどうおさめるのか、考えるだけで気が重かった。

一通り問診が終わった後、待合室で待つよう言われ、義母は診察室を出て行った。ほかの家族が残っていることに対して一瞬、怪訝そうな顔をしたものの、あまりに腹が立ちすぎて、その場を去りたい気持ちのほうが勝ったようにも見えた。

診察室には義父と夫、そして私の3人が残り、診断結果を聞くことになった。

「結論から言うと、中程度のアルツハイマー型認知症です。MRI撮影の結果を見てからの確定診断となりますが、ほぼ間違いありません。すぐにでも治療を始めたほうがいいでしょう」

やっぱり、と思う気持ちも半分。でも、動揺しなかったと言えば、ウソになる。中程度って!これからどうなるの。って今更ですけど、やっぱり、介護が始まるってことですよね。

「これまではご夫婦でがんばってこられて、それは素晴らしいことですが、これからは同じ、というわけにはいきません。介護保険の申請手続きを進め、なるべく早く訪問介護など介護サービスを利用できるよう、そこはお子さんたちがしっかりサポートしてください」

医師は次々と最後通牒を突きつける。もう逃げられない。結婚しても、しなくても、ずっとずっと自由だったのに。いつまでもそんな日が続くとは思ってなかったけど、でも、今なのか。今、それが終わるのか。

介護のキーパーソンに立候補したときに覚悟は決めたつもりだったけど、ちっとも腹をくくれてなんかいなかった。そんなことに今更気づくなんて、マヌケすぎる……と、落ち込みかけたところに、医師からさらなる一撃がやってきた。

「みなさん、薄々お気づきかもしれませんが、おとうさんもおそらく、そうだと思います。次回はできれば、おとうさんにも受診していただくことをお勧めします」

慌てて夫と義父を見ると、とくに驚いた様子もなく、神妙な顔でうなずいていた。えー!!! そうなの? 

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