見出し画像

私が作る料理のほうが豪華だと思うのよ(別居嫁介護日誌 #27)

介護体制が整っていないのに、東京を離れていいのか。一段落するまでは、様子を見た方がいいのではないか……と、後ろ髪引かれる気持ちもあった。しかし、少々強引にでも「名古屋行き」を実行に移したのは大正解だった。

義両親がそろってアルツハイマー型認知症であると診断が下って以来、ちょっとした空き時間があると、介護の不安に押しつぶされそうになる。「いちいちビビるな」と思うほど、恐怖心が沸いてくるし、「考えないようしよう」と決意するほど、考えてしまうのだ。

ところが、物理的な距離が離れたことで、気持ちに変化が生まれた。

東京にいるときは、隙さえあれば、「わたしがやらなきゃ」「わたしがなんとかしなきゃ」と思っていたけれど、離れてしまえば、やりようもない。
今、夫の実家になにか起きたとしても、わたしは何もできない。
大慌てで新幹線に飛び乗ったって、3時間はかかるし、終電が出てしまえば帰りようがない。

これまで「そこまでがんばらなくていい」と夫に言われるたびに、腹を立ててきたけれど、そう! 確かに、おっしゃるとおり。そこまで必死になる必要はなかった。やれることをやれる範囲でやればいいだけ。案外、いいこと言ってたじゃん。

憑きものが落ちたみたいに、そう思えるようになった。

もっとも、隙あらば介護のすったもんだが日常生活に飛び込んでくる戦況は変わらない。

東京に帰る新幹線の中で、繰り返し携帯に着信。留守電を聞くと、お弁当の宅配サービスの担当さんからだった。品川駅に到着後、あわてて折り返すと、義両親から夕食の弁当の回数を減らして欲しいという要望があったという。
「毎日ではなく、週1回に減らして欲しいとのことだったんですが、まずはご家族にもご確認をと思いまして……」
「すみません! 義両親と話をして、折り返します」

マジか! 栄養バランスがいちじるしく偏ってるのを改善するためにお弁当をお願いしたのに、週1回に減らしてどうする。とにかく義父母と話をしないと始まらない。

夫の実家に電話をかけると、義母が出た。
「あら、真奈美さん。もう出張から帰ってらしたの?」
挨拶もそこそこに、弁当の回数について質問する。
「そうなの! なんか、真奈美さんが週1回のお弁当を手配してくださったのに、向こうが勘違いしたらしくて、毎日持ってくるって言うの」
「アハハハ。そうだったんですか。この間、ケアマネジャーさんとおとうさん、おかあさんで相談したときは『毎日がいいわ』っておかあさん、おっしゃってたので、そのほうがいいのかなと思ったんですけど……」
「あら、そうだったかしら。オホホホ」
しれっと弁当屋のミスだと主張する義母。笑い飛ばしながら、さりげなく「おかあさんも、毎日がいいといっていた」という情報を織り交ぜる。でも、義母も簡単には引き下がらない。

「でもねえ、あのお弁当、野菜がたっぷりなのはいいんだけど、なんか味つけがお年寄りっぽいの」
「夕飯は野菜をたっぷりとると、お通じもよくなっていいみたいですよ」
まごうことなき、お年寄りですから! というツッコミは飲み込む。

「おとうさまはごはんが固いのが好きなんだけど、ちょっとやわらかいみたいなのよねえ」
「ごはんの堅さはお好みに応じて、いろいろ変えられるみたいですよ」
「せっかく頼んでくださったのに申し訳ないんだけど、私が作る料理のほうが豪華だと思うのよ。おとうさまはお肉が好きだから、ステーキ肉を1枚ドーンと焼いたりするしね」
「…………!!!!」
朝はトーストにゆで卵、昼は納豆ごはんで、夜はうどんだって、お父さんが言ってましたよ! ステーキ肉焼いてるなんて話、初耳ですから!!

「わかりました! おかあさん、こういうのはどうですか? 『お弁当は1日おきにする』もしくは『平日だけにする』のどちらかでどうですか」
「1日おきにするっていうのは例えば、月曜日のつぎは水曜日ってこと?」
「そうです。どっちがわかりやすいですかね?」
「曜日によって違うのはわかりづらそうだけど、でも、平日だけだとすると週5回だからそっちのほうが多いわよね?」
バレたか!!!

「そうですね。でも、『平日だけ』のほうがわかりやすいですよ」
「そうねぇ……ちょっとおとうさまにも相談してみましょう」
えええええ、ここで振り出しに戻るの? 待って~~~!!!!

電話口に現れた義父曰く
「僕は弁当には不満はありません。ただ家内が何というか……」
そして義母と再び相談の結果、折衷案として「月曜日~木曜日はお弁当を試してみる」という線で決着した。

「口に合うかどうかは続けてみないとわからないものね」
「そのとおりですね。さすが、おかあさん! でも、こんなところが気になるわってことがあったら、いつでも遠慮なく言って下さいね」
「あら、でもそんなの悪いわ。ウフフ」
「遠慮はナシですよ。おかあさん。それじゃ、おやすみなさい!」
「おやすみなさい」

おやすみなさいも何も、わたしはまだ品川駅の新幹線の改札を出たばかりで、公衆電話近くに座り込んで電話していたのだ。さあ、帰ろう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?