非現実的日常~1.彼女~

 これは、実際に僕が当事者になってしまった事件の記憶を風化させぬべく、僕の記憶を余すところなく書き記した手記である。
 便宜上、少なからず脚色を加えてはいるが、概ねそれは微々たるものに過ぎない。
 それを理解した上で、これを読み終わった後に一瞬でも構わない、考えて頂きたいのだ。
 あなた達が道を引き返す術を・・・
from B.Y.C.MARKY

 ビシャビシャのベッドだった。
 考えるまでもなく寝小便を垂らしてしまったのだとすぐに分かった。
 病的酩酊状態に陥ることの多い僕は、大した量を飲んでいない時であっても、奇行を繰り返した挙げ句、朝目覚めると寝小便を垂らしているということがよくあった。
 だからこそ、飲み過ぎた次の日に決まって自分がいつもこうなるということは全裸のまま隣で寝ている彼女共々十二分に承知していた。
 最初こそ恥ずかしかったものの、これも毎度のこととなれば、水泡の如く一瞬浮かんで来る羞恥心も、すぐに弾けて無くなってしまうようになっていた。
 部屋中を漂うアンモニア臭が少しは鼻を突いてきたものの、今ではもうほとんど気にならなくなっていた。
 昨夜は酒だけではなかった。
 大麻に加え、ヴェポと呼ばれるペン型の機械で今流行りの合法カンナビノイドを吸い、寝る前には睡眠薬であるサイレースも飲んでいた。
 大麻特有の、脳味噌の全てが頭頂部と後頭部の方に集まっているかのような感覚が未だ残ってはいたが、それは不快感などでは決して無かった。
 連日酒に溺れていたからだらう、二日酔いもそこまで気になることはなかったが、こちらもまた酔いが冷めきっていない為か、心ここにあらず、そんな言葉が良く似合う朝だった。
 濡れた布団だけが僕に不快感を残していた。
 布団の中で濡れていない場所を探してはみたものの、一晩で3回は寝小便を垂らしてしまっているであろうベッドの上にそんな場所はもうどこにも見つかるはずは無かった。
 乱雑な性格の僕は、その不快感を脇に追いやり改めて眠りにつこうと試みたものの、濡れて冷たくなってしまった布団が気になってしまい中々上手く眠りに落ちることが出来ずにいた。
 そうこうしているうちに朝にかけて布団の中で出し足りていなかったのか、あの鬱陶しい尿意が再燃し始めてしまった。
 これだけ布団が濡れているのなら後一回くらい寝小便を垂らしても変わらないだろう、そんな考えが一瞬脳裏を過ぎったが、流石にその考えだけは僕の理性が諌めてくれた。
 気怠い身体を遂に起こし、床に脱ぎ捨てられた互いの衣服をまるで見えていないかのような素振りで踏み付けながらトイレへ向かった。
 性格とは矛盾して礼儀正しく座って用を足していた最中、ふと、昨夜彼女からの誘いがあったものの、酔いと飛びに疲れていた僕はそれを上手くいなして眠りに落ちてしまったことを思い出し、悔いた。
 彼女はまだ深い眠りの中にいる為、今なら何をしてもしばらくは起きないだろう、そう考えると突然内側から湧き上がる様にして性欲が漲ってきた。
 男性なら誰しもが隣で眠る彼女に少し悪戯をしてみよう、という感情を抱いたことがあるのでは無いだろうか。
 いや、ほとんどの男性がそれを実行に移したことがあるはずだ。
 女性であってもこれと似たような感情を抱くことだってあるのではないだろうか。
 恋人同士なのだから、もし仮に相手が途中で起きてしまえばそのまま仲睦まじく普段とは少し違った雰囲気のセックスを楽しめば良い。
 なんといってもここはラブホテルだ。
 セックスをしないままここを出るのは心底勿体無い様な気がした。
 用を足し終えた僕は勇み足でベッドに戻り、勢い良く彼女の隣に飛び込んだ。
 未だに少なからずは嫌悪を抱いていたはずの濡れた布団やアンモニア臭も、その時ばかりは身体に残留していたアルコールと大麻が性欲を後押ししてくれたお陰でそのほんの僅かすらも残さずに取り払ってくれていた。
 僕を支配する圧倒的な性欲に全てを委ねることが出来たのだ。
 ベッドの右側で眠っていた彼女の左胸を徐ろに掴みながら、キスをしようと顔を覗き込んでみたところ僕の背筋が突如として凍りついた。
 見たこともない程浮腫んでいる彼女の顔は、全体が赤ワインの様なになってしまっていた。
 瞬間、緊張の糸が張り詰めたが、古い友人から母親が急性アルコール中毒により顔を紫色にして父親に肩を担がれて家に帰って来たという話を聞いていたことを思い出し、僕は直ぐ様彼女を起こしてたくさんの水を飲ませさせすればきっと助かるはずであると考えた。
 「おい、美雨大丈夫か!顔色やばいぞ!起きて水飲め!ほら、おい!起きろって、なぁあ!」
 大声で叫びつつ肩を揺すりなんとか彼女飲めを冷まそうと試みたがその身体からは何の返事も返っては来ない。
 僕はベッドから降りて彼女の両足首を掴み膝から下を引き摺り降ろし、両脇の下に僕の両腕を差し込んでどうにか立ち上がらせようと試みた。
 しかし、力の入っていない彼女の身体を完全に起こすのには僕の予想の遥か上をいく程の力を要し、僕はなんとか苦労して中腰まで起こした彼女を再びベッドに降ろした。
 その体制で彼女を揺さ振り続けるとなると僕の力だけでは到底足りなかったのだ。
 「おい、いい加減起きろって!ぅおい!」
 終止僕は声を掛け続けるのを辞めなかったが依然として彼女の目は先程と同様に閉じられたままであった。
 「ほら、なぁ起きて朝飯食いに行こうや!なぁ頼む起きてくれよ美雨!結婚しよ言うたやん!お前に逝かれたら俺どないしたらええねん!なぁ、おい!おい!」

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