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スクールカーストは恐ろしい

YouTubeのおすすめに表示された「Kay & ZooKatsu」の動画を見て興味深い内容を知ることができたのでご紹介します。
それは、アメリカの学生間における「カースト」です。

もちろんカーストはスクールカーストの意味で、アメリカの中学高校でよくあるという校内の力関係を表したピラミッドなのですが、これが聞けば聞くほど悲しいというか、アメリカに生まれなくて本当に良かったと感じさせるなかなか厳しいものでした。

ざっくりいうとこんな感じらしいです。

① Top
頭の良い人気者

② Cool
人気者、ジョック(スポーツの人気者)、フローター(人間関係が幅広い人)、器用な人(何でも十分こなせる人)

③ Pretty Cool
アーティスト的な人、勉強だけはできる人、平凡・普通な人、薬物好き(上位者に薬物を提供できる人)

④ Loser
ゴス系ファッション、Emos(孤独で中二病的な人)、アニメマンガ好き(オタク含む)、ぼっち、きもい人

※留学生、英語が話せない人等は上記に入らない
※地域等によって異なる


日本にもあるがおそらくそれ以上


特に気になったのは、まず「白人がほぼ上位を占める」という点です。

それは仮に白人が少数の学校でもそうなるということで、やはりアメリカは白人が優勢であることは歴史的にずっと変わらないようです。

アメリカのBLM運動やポリコレ的な活動を最近非常によく目にするので、もう白人至上主義のような考えは古くて流行らないと勝手に思い込んでいましたが、そんなことはないようです。


次に、「アニメや漫画を好きだというだけで即Loser行き」という点です。

欧米では大人の男性が幼稚と思われているアニメや漫画を好きと公言することはあってはならない、ジャスティン・ビーバーのような女性受けする音楽を聴くこともありえないとよく言われますが、実際にその通りのようです。

余談ですが、昔の「アメリカン・ビューティー」という映画で、主人公の男性がゲイの疑いをかけられゲイ嫌いの元軍人の男に殺されてしまうのですが、なぜそこまでの怒りが主人公に向けられたのか分かりませんでした。

でもその後、アメリカの男らしい男はゲイのような存在を激しく憎み絶対にそうなりたくないと考えていると知り、あの映画の結末の意味が少し分かりました。

これは、Toxic masculinity(トクシック・マスキュリニティ)「有害な男らしさ」の表れといえるかもしれません。


みじめな下位層のみじめなふるまい


そしてもうひとつは、「下位の人は上位の人に取り入ろうと必死」という点で、例えば②Pretty Coolの人たちが①Cool層の人のパーティに一度でも参加出来たらそれはもう大変なことらしいです。

格差の下にいる人は少しでも上に上がれるよう常に奮闘しているという、競争社会アメリカの激しさを強く感じました。


そして私はそれを聞いて二つのことを思い浮かべました。

ひとつは、そういった下位層の必死なふるまいは日本でいう、アイドルやアーティスト、ホストやキャバ嬢に群がり崇めつつSNSや金の力などを駆使して何とかお近づきになろうとする人々と行動原理が同じだということです。

先日とあるガールズバー経営の女性を殺害した男性が、ホンダNSXやNRという名車を売却して作った1000万以上の金を彼女に貢いでいたという報道がありましたが、その事件と、今回のカーストの下位層が何とかして(違法薬物を手に入れてでも)上位層に近づきたいという話が非常に重なって見えます。

アメリカの学校内で形成されるそういった力関係は、日本では学校の外、芸能や水商売の世界に強く反映されているように感じます。
日本の学校は平等を重んじ極端な生徒間格差が嫌われるため、自然とそうなっているのかもしれません。


そしてもうひとつが、負け、弱さ、少数派であることが許されない、彼らの社会の窮屈さです。
アニメや漫画を見ているだけで弱者、男性なのに女性が好むような趣味嗜好なら弱者、人種的に少数派なら弱者、というのは私なら耐えられません。

日本も、昭和の頃は確かにアニメオタクには人権がなかったですし、奇抜なファッションも都心部以外では見かけることはありませんでしたが、今は相当それらが認められていて、むしろ良いものとして扱われる状況も増えています。

アメリカって何でも自己主張できる自由な国だっていうイメージがかつてはありましたが、あれは誰がいつ言い始めたんでしょうね?


それはただの差別では


この動画の情報が正確であれば、私はアメリカで学生生活を送らずにすんで本当によかったと思います。

人気者や賢い人、スポーツやコミュニケーションが得意な人が優位に立つのは別に構いませんが、そうでない人が常に少しでも上位に向かうよう急き立てられる、というのは不自由でしょうがありません。
ほっといてほしいです。


あとアニメや漫画に限らず、若いときにとりあえず良いものも悪いものも何でもいいから多様なコンテンツを体験してみたことが現在の自分を形作っているので、それが制限されていたら今よりだいぶ偏った人になっていた気がします。

もちろん日本にも似た問題はあると思いますし、私も高校などで同じようなスクールカーストを目にしたことがありましたが、それはもう過去のものとしてなくしていったほうがいいと思います。




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