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『デデデのデ』 Ⅴ

Ⅴ 「ヤルノナゼ」


○  顔の大写し

    ぬっと現れる、ブストネルスキー書記の顔。

    ちょっとお疲れの様子。

 合の手 「きゃ、ブストネルスキー書記!」
    という若い女の声。

    バルコニーから群衆に演説する写真、数カット。

○  執務室

    書き割りっぽい空間をスポットライトが照らすだけ。

    椅子に座り、テーブル上の料理を眺めるブストネルスキー書記。

    そこには山盛りのオムレツ。

    姿勢を正し、正餐気取りでおもむろに手をつける。

    じっくり咀嚼。ゆるむ表情。

 ブストネルスキー書記 「……いけるな」

○  収容所・通路

    殺風景な渡り廊下。

    制服姿のゴーカンシュタイン所長が歩いてくる。

    ふと立ち止まり、腰を曲げて屁をこく。

    何食わぬ顔で再び威厳ある足取り。

○  合の手

    暗闇の中に浮かぶ口元のアップ。

 老人の声 「おっ、ゴーカンシュタイン収容所長!」

    銃殺に処される囚人を特別室から眺める写真、数カット。

○  収容所・所長室

    書き割りっぽい空間をスポットライトが照らすだけ。

    扉を開けると、暖かく芳しい料理の匂い。

    鼻をむずむずさせるゴーカンシュタイン所長。

    テーブルには大きな目玉焼き。

    訝しげに近づき、そっと顔を寄せる。

    そしてぺろぺろ舐めはじめる。

 ゴーカンシュタイン所長 「なかなか、はりがある」

○  顔の大写し

    ぬっと現れる、ヌレマンコ知事夫人の顔。

    かなりアンニュイな感じ。

 合の手 「いよ、ヌレマンコ知事夫人!」
    という若い男の声。

    邸宅の広間で召使たちをかしずかせる写真、数カット。

○  寝室

    書き割りっぽい空間をスポットライトが照らすだけ。

    ベッドで体を起こし、脇の下から乳房へ手をやる。

    その手を鼻へやり、ほのかにうっとり。

    膝上の皿には大盛りのスクランブルエッグ。

    気まぐれっぽく、少しずつ口に入れるヌレマンコ夫人。

 ヌレマンコ夫人 「わりと淡白」

○  ホテル・フロント

    呼び鈴を鳴らす家族連れの後ろ姿。

    サクシュビッチ支配人が出てきて、黙ったまま向きあう。

    じっと睨んだあと、やっと顔をほころばす。

○  合の手

    暗闇の中に浮かぶ口元のアップ。

 老人の声 「おっ、サクシュビッチ支配人!」

    車寄せの高級車から威厳をもって降りてくる写真、数カット。

○  ホテル・支配人室

    書き割りっぽい空間をスポットライトが照らすだけ。

    慌しく戻ってくると、周囲を警戒するように窺う。

    テーブルのゆで卵を注意深く確かめるサクシュビッチ支配人。

    頬を膨らませ、それを出したり入れたりしながらゆっくり味わう。

 サクシュビッチ支配人 「この弾力だあ」

○  顔の大写し

    ぬっと現れる、ワイーセツ神父の顔。

    険しくもどことなく喜色めいて。

 合の手 「きゃ、ワイーセツ神父!」
    という若い女の声。

    教会の壇上から厳かに説教を垂れる写真、数カット。

○  懺悔室

    書き割りっぽい空間をスポットライトが照らすだけ。

 ワイーセツ神父 「……アーメン」
    と、十字を切って窓を閉める。

    ポケットからミルク瓶を取り出し、目を細める。

    そしておしゃぶりをちゅうちゅう吸いはじめる。

 ワイーセツ神父 「じつにコクがあるわい」

○  新聞社・エレベーターホール

    上りのエレベーターを、紙袋を抱えて待つツネニムチャヤ記者。

    扉が開き、空っぽであるにもかかわらずじっとしたまま。

    タイミングをはかる集中した目。

    まさに扉が閉まろうとしたとき、さっと飛び乗る。

○  合の手

    暗闇の中に浮かぶ口元のアップ。

 老人の声 「おっ、ツネニムチャヤ記者!」

    スクープ記事を手に輪転機の前でポーズを決める写真、数カット。

○  同・デスク

    書き割りっぽい空間をスポットライトが照らすだけ。

    あたり憚るように机に向かい、紙袋から生卵を取り出す。

    机の上で、大きなそれを転がしてみるツネニムチャヤ記者。

    意を決したごとくカップにそれを割り、一気に飲み込む。

    喉元から胃のあたりをさする。

 ツネニムチャヤ記者 「ずいぶん、なまめかしいぞ」

○  姿見

    鏡と向きあう、研究助手のカレハジョーフ。

    入念に身だしなみをチェックする。

    白衣の下はタイツ姿。

 合の手 「やや、助手のカレハジョーフ!」
    という若い男の声。

    実験室で密かにダッチハズバンドと悶える写真、数カット。

○  科学アカデミー・研究室

    医療具や調理具が置かれた奇妙な空間。

    チャイコフスキーが流れ、煌めく光の中で表情を変えるモノたち。

    窓辺、ライトの下、物陰の間から、踊るカレハジョーフの姿が垣間
    見える。

    そこへふと聴こえてくる歌声。

 男の声 「♪ ウララ、ウラン、ウラ、ウラ、ラン」

    はっと床に膝をつき、周囲を見まわすカレハジョーフ。

    立ち上がり、鼻をすすってみせる。

    実験台にあるフライパンとメスを手に取る。

 ヤルノナゼ博士 「私だ」
    と、スポットライトの下に現れる。

 カレハジョーフ助手 「ヤルノナゼ博士、……いらっしゃったのですか」

 ヤルノナゼ博士 「私の研究室だよ」

 カレハジョーフ助手 「はい。……で、いかがでした」

 ヤルノナゼ博士 「人間はいくらでもいる」

 カレハジョーフ助手 「はい」

 ヤルノナゼ博士 「進化にもいろいろある」

○  長い廊下

    収容所、ホテル、病院、アパート、修道院ともとれる場所。

    奥からブストネルスキー書記とヌレマンコ夫人が歩いてくる。

    やがて聴こえてくる“ザッツ・ソリューションの唄”

    それに合わせてステップを踏みだす二人。

 ブストネルスキー書記 「これで世界は安泰」

 ヌレマンコ夫人 「ほんとの女性解放」

    ドアから顔を出すゴーカンシュタイン所長。

    その部屋は収容所か。

 ゴーカンシュタイン所長 「なかなか有効活用になる」

    ドアから顔を出すサクシュビッチ支配人。

    その部屋はホテルか。

 サクシュビッチ支配人 「ぜったい儲かるはず」

    ドアから顔を出すカレハジョーフ助手。

    その部屋は病院か。

 カレハジョーフ助手 「人類の役に立つのです」

    ドアから顔を出すツネニムチャヤ記者。

    その部屋はアパートか。

 ツネニムチャヤ記者 「すごい特ダネ」

    ドアから顔を出すワイーセツ神父。

    その部屋は修道房か。

 ワイーセツ神父 「おいしいのが一番」

    手前に現れるヤルノナゼ博士。

    みんなを案内して最後の部屋へ。

 ヤルノナゼ博士 「さあ、どうぞ」

○  寝室

    箱舟のようなベッドに横たわる男女。

    藁の上で女がりきみ、男がうなる。

 全員の合唱 「革命万歳、自由万歳」

    女の股間から産み落とされる大きな卵。

 全員の合唱 「ザッツ・ソリューション! ザッツ・ソリューション!」

    足を踏み鳴らし、万雷の拍手。

    クラッカーの飛び交うなか、震動とともに床が抜ける。

○  床の下

    漆黒の闇を落ちていく驚き顔の登場人物たち。

    超スローモーションで捉えられるさまざまな姿格好。

○  ベッドの上

    静かに横たわる卵。

    そこにヒビが入る。

    聞こえてくる産声。

<終>


   「ザッツ・ソリューションの唄」

    ついに、ついに、ついに
    ザッツ・ソリューション!
    ザッツ・ソリューション!
    ザッツ・ソリューション!
    人間はいくらでもい~る
    進化にもいろいろあ~る
    いけるな、いけるな、いけるな
    はりあり、はりあり、はりあり
    淡白、弾力、淡白、弾力、ダー
    コクがあって、なまめかしいぞ
    ついに、ついに、ついに
    ザッツ・ソリューション!
    ザッツ・ソリューション!
    ザッツ・ソリューション!
    これで世界は安泰
    ほんとの女性解放
    なかなか有効活用になる
    ぜったい儲かるはず
    人類の役に立つのです
    すっごい特ダネ
    おいしいのが一番
    革命万歳、自由万歳、嗣子累累
    ついに、ついに、ついに
    ザッツ・ソリューション!
    ザッツ・ソリューション!
    ザッツ・ソリューション!
    人間はいくらでもい~る
    進化にもいろいろあ~る
    ザッツ・ソリューション!
    ザッツ・ソリューション!
    ザッツ・ソリューション!
    革命万歳、自由万歳、嗣子累累
    ザッツ・ソリューション!


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