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香る文字の交差点 【短編小説】

直樹は大学の図書館で古書の劣化について研究していた。紙の酸化やインクの変質など、古書の保存には多くの課題がある。特に、彼が大切にしている祖父の蔵書は、時間とともに香りが薄れていくことが気がかりだった。

一方、玲奈は香料化学の分野で新しい香りの合成に取り組んでいた。彼女の目標は、香りによって人々の記憶や感情を呼び起こすことができる新しい香料を開発することだった。

ある日、直樹は図書館の閲覧室で古書の香りについての論文を読んでいたが、化学的な部分で理解が進まず困っていた。そこへ、玲奈が偶然同じテーブルに座った。

「すみません、この部分の化学式がよくわからなくて...」と直樹は玲奈に声をかけた。

玲奈は論文に目を通し、「あ、これはリグニンの分解によるバニリンの生成について書かれていますね」と説明した。

「そうなんですか!助かりました。僕は文学専攻で化学には疎くて。」

「私は化学専攻です。お役に立てて嬉しいです。」

こうして二人は出会い、お互いの専門知識を共有するようになった。

直樹は古書の香りが持つ情緒的な価値について、玲奈は香りが人間の心理に与える影響について語り合った。

その中で、直樹は提案した。「古書の香りを再現して、新しい本にその香りを付けることはできないでしょうか?」

玲奈は目を輝かせた。「面白いアイデアですね!化学的に分析すれば可能かもしれません。」

二人は共同研究を開始した。

まず、直樹は古書の香りの元となる成分を特定するために、いくつかの古書を提供した。玲奈はそれらの香りをガスクロマトグラフィー質量分析計(GC-MS)を用いて分析し、主要な香気成分を特定した。

「結果が出ました。バニリン、ベンズアルデヒド、フルフラールなどが主な成分のようです。」と玲奈は報告した。

「それらを組み合わせれば、古書の香りを再現できるんですね。」と直樹は感心した。

次に、玲奈はこれらの成分を調合し、試作品の香水を作成した。しかし、初めての試作品は香りが強すぎて、古書の繊細な香りとは程遠かった。

「もう少し調整が必要ですね。」と玲奈は苦笑した。

「僕も香りの感じ方についてもっとフィードバックします。」と直樹は協力を申し出た。

何度も試行錯誤を繰り返し、二人はついに古書の香りを再現することに成功した。

「これだ!」と直樹は喜んだ。「まるで祖父の蔵書を開いたときの香りだ。」

玲奈も満足げに頷いた。「この香りを新しい本に付ければ、古書の持つ温かみを感じてもらえるかもしれません。」

さらに、二人はこの香水を用いて、新しい読書体験を提供するプロジェクトを立ち上げた。大学内で実験的にイベントを開催し、参加者に新刊の本にこの香水を一滴垂らしてもらい、読書してもらった。

参加者からは「まるで時間を遡ったような感覚」「物語に深く入り込めた」という好意的なフィードバックが多く寄せられた。

この成功を受けて、二人は共同で論文を執筆することにした。題目は「嗅覚と文学体験の相互作用について」。文学と化学、異なる分野の融合が新たな知見を生み出したのだ。

論文執筆の過程で、二人はお互いの専門知識だけでなく、人間性にも惹かれていった。

「玲奈さんと出会って、僕の研究の幅が広がりました。」と直樹は感謝の意を伝えた。

「私も直樹さんのおかげで、香りの持つ新しい可能性に気づけました。」と玲奈も微笑んだ。

彼らの共同研究はその後も続き、やがては出版社や図書館とも協力し、香りを用いた新しい文化活動へと発展していく。

登場人物のプロファイリング


高橋 直樹(たかはし なおき)

  • 年齢:24歳

  • 専攻:文学研究科・日本文学専攻

  • 性格:内向的で真面目。細部にこだわる性格で、研究に対して情熱的。

  • 趣味:古書収集、茶道、和歌の研究

  • 背景:祖父から受け継いだ蔵書を大切にしており、その香りに特別な思い入れがある。


佐々木 玲奈(ささき れいな)

  • 年齢:23歳

  • 専攻:理学研究科・有機化学専攻(特に香料化学)

  • 性格:明るく社交的。新しいアイデアを追求することが好き。

  • 趣味:香水作り、アロマテラピー、カフェ巡り

  • 背景:香料メーカーで働く母の影響で、香りに関する科学に興味を持つ。