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ジェームズ・マクニール・ホイッスラー(覚え書き)

私が最初に手に取った美術史の本は、『巨匠に教わる名画の見かた』(視覚デザイン研究所)だった。

この本からは、美術史の大まかな流れや、ルネサンスやバロック、印象派などの様式やグループの主要メンバーなど、多くのことを学ばせてもらった。
が、その中で、扱いが小さいながらも、印象に残った一人が、ジェームズ・マクニール・ホイッスラーだった。
今日は、彼について少し整理しておきたい。

ジェームズ・マクニール・ホイッスラー(1834~1903)

・アメリカ・ボストン近郊生まれ
・様式:印象派、耽美派
・活動拠点:ロンドン、パリ
・道徳的な絵画が隆盛を極めていた、19世紀ヴィクトリア朝のイギリスにおいて、「芸術のための芸術」を提唱し、唯美主義を主導
「音楽が音の詩であるように、絵画は視覚の詩である」
→「ノクターン」、「シンフォニー」「アレンジメント」など、音楽用語を作品タイトルに用いる
・日本美術からも大いに影響を受けた
・初期はリアリズムに傾倒していたが、1860年代半ば、独自の表現を模索して苦悩と葛藤の日々を過ごす→1870年代にその答えを見出し始める
 

<ノクターン:青と金色―――オールド・バターシー・ブリッジ>(1872~75年)

・1870年代、夕暮れや闇を神秘的なヴェールで包み込むように描いた、夜景画<ノクターン>シリーズの一つ
・バターシー・ブリッジは、バターシー地区とチェルシー地区とを結ぶ、当時テムズ川にかかる最古の木製の橋の一つ(1890年に鉄橋に架け替えられる)で、ホイッスラーが1859年~79年にかけて、油彩、水彩、素描、エッチングなど、様々な技法で繰り返し取り上げてきたモチーフ
・全体が寒色系(青系)の色で統一された画面の中で、金色の花火に照らし出された、シルエットのような橋(薄い絵の具でざっくりと一筆書きのように描かれている)が印象的
・クローズアップの手法や、画面下部の船をこぐ人物といったディティールに歌川広重の<名所江戸百景:京橋竹がし>(下)の影響がうかがえる


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