映画「たそがれの維納」覚え書き
古い洋画でもどかしいのは、ベッドシーンや流血など、現代なら普通に出てくる「際どいシーン」や描写を、台詞や映像でそれとなく仄めかすだけ、という点だろうか。
『たそがれの維納』(1934)もその例にもれず。
舞台は華やかなりしウィーンの社交界。モノクロでも、華やかなドレス姿の女性たちが踊る様や、音楽には心が躍る。(この事を考えても、やはり自宅のパソコンで見るよりも、映画館向きの作品。現代の技術で同じような場面を制作したら、どんな風になるのだろう)
医学博士の若奥様が、プレイボーイの画家のアトリエを訪れ、ヌード姿のスケッチを描いてもらう。それが雑誌の表紙に載ったことで、「モデルの正体は誰だ」と評判を呼ぶ。
この絵、現代映画ならここぞと見せてはくれるだろうに(上品ではないだろうけど、インパクトはあるだろう。ポスターに使われるくらいの)、物語の中では、ただ雑誌の表紙をのぞき込む人々の様子を映したり、台詞によって描写されるだけ。そこが物足りない。
絵を見た博士はカンカン。そこに、「モデル」として、画家が名前を挙げた若い女性が表舞台にでてきて、画家と良い感じになる。それを知った画家の愛人は嫉妬。最後にとんでもない事件を起こしてしまう。
この愛人アニタの表情が良い。博士の弟と婚約したものの、それは恋人だった画家の気を引きたいがため。実のところ未練たらたら。
その画家に新しい恋人ができ、結婚する予定と知ると、女の厭らしさを発揮する。こういう女の「意地悪」や「いやらしさ」といったどろどろした感情は、後宮やら社交界やら、華やかな世界に置くからこそ、余計引き立つ。
最後のアニタと、彼女の義兄にあたる博士との無言のやりとりもなかなかやる。
この話、今の時代にリメイクするとしたらどうなるだろう?
それにしても、ウィーンの華やかな世界をカラーで見せてくれるような映画があれば良いのに。(そのうち作られないだろうか)
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