マネ爆弾~ネタ覚書
昨夜、そして今朝の30分を利用して、ようやく漱石の記事原稿から解放された。
私事も重なり、最近ネガティブな日記ばかりを書いてしまい、反省しきりだ。
前を向くためにも、やってみたいネタについて書いてみる。
テーマは、ズバリこちら!
「印象派の父」エドゥアール・マネの代表作〈草上の昼食〉。
サロンに送るも、入選かなわず、「落選展」に出品されて、物議をかもした作品である。
タイトルから察せられる通り、描かれているのは、ピクニックに来た男女。当代の生活の一場面を取り上げた風俗画、と言うべきか。
ただし、奇妙な点は、女性が裸である、ということ。(彼女のものと思われる水色のドレスや、帽子が手前に散らばっている)
人々が眉をひそめたのも、このヌードの女性が原因だった。
なぜか?
女性のヌードは、西洋美術ではルネサンス以来お馴染みのモチーフである。
しかし、それは、聖書や神話の登場人物として描くことが前提だった。
マネはその原則を破ってみせた。
この〈草上の昼食〉をたとえるなら、「爆弾」だろうか。
そして、落選展の数年後、さらに大きな爆弾をマネは投げ込む。
それが、〈オランピア〉だ。
こちらも、描かれているのは、当代の風俗の一から場面ーーー高級娼婦だ。
まっすぐにこちらを見つめる女性の顔には、恥じらいも微笑みもない。ドライで醒めている。
メイドが差し出す花にも、心を動かしたらしいそぶりも見せない。
こんな風にドライなヌードが、今まであっただろうか。
こちらの作品は、サロンには入選したものの、〈草上の昼食〉以上のスキャンダルを引き起こした。
しかし、モネやセザンヌなど、一部の者は高く評価し、自らも同じ主題の作品を描いている。
これら二枚のモデルになったのは当時20前後だったヴィクトリーヌ・ムーランという女性だ。
裁判所でマネにスカウトされ、マネの他の作品でもポーズを取っているが、やはり一番有名なのは〈オランピア〉だったらしい。
画家単体を扱う話はよく見かけるが、ミューズ的存在と言うべきモデルとのコンビで、「バディ物」っぽく書くというのはどうだろう?
〈草上の昼食〉も、〈オランピア〉も、画家とモデルのコンビから生まれた「爆弾」だ。
そして、それらは、美術史において大きな存在となった。
そんな二人が道を違えていくところまで書くのはどうだろう?
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