見出し画像

もう一つのルネサンスの潮流~ヴェネツィア絵画のこと(覚書)

 ルネサンスと言えば、フィレンツェあるいはローマ。

 代表的な画家は、と聞けばレオナルドやミケランジェロなど、三大巨匠の名前が返ってくる。彼ら三人は、フィレンツェと関係が深い。

 しかし、ルネサンス期のイタリア美術にはもう一つの潮流がある。

 それが、フィレンツェにやや遅れて起こった、ヴェネツィア・ルネサンスーーーその特徴は、一言で言うなれば、「色彩の美術」。

 フィレンツェ派は、「素描(デッサン)」を重視する「線」の美術で、「色彩」はあくまで添え物。構図や人物の配置もかっちりと整っている。

 しかし、ヴェネツィア派は、青や赤など目にも鮮やかな「色彩」が主役で、厚塗りや、荒々しい筆致による描写が使われた作品も。

 そのため、しばしば「デッサンが足りない」と叩かれてしまうこともあるが、主題について深く考えずとも、「綺麗だなあ」と素直に感じられる点、つまり感覚に直接訴えかけてくる力、という点では、ヴェネツィア派の方が上ではないだろうか。

 たとえば、このティツィアーノの<うさぎの聖母>。

画像1

 美しい自然の中、地面に直接座った聖母が、我が子に白いウサギを見せている。足元に置かれた果物入りのバスケットといい、「聖母子」ということを忘れれば、郊外でのピクニックとも見えなくはないだろうか。

 細かく描き分けられた植物。画面の右端にウサギのお尻が見えているのも可愛らしい。

 そして注目したいポイントの一つは、「空」!

 夕空の柔らかな橙色のトーン、そしてそこに浮ぶ青みがかった雲のコントラスト。

 たいていの場合、「空」は主役にはなりにくいし、注意して見るということもないだろう。特に宗教画など、人物が主役の絵となると、風景や空はあくまで添え物―――舞台の描き割りやセットのような存在とも言える。

 が、空は時刻によって表情を様々に変える。その細かな描き分け、美しさを捉えているのが、ヴェネツィア派の特徴、魅力だと私は考えている。

画像2

 こちらは、同じくティツィアーノの宗教画<ノリ・メ・タンゲレ>。

 復活したキリストが、マグダラのマリアの前に現れた場面を描いた作品で、ロンドン・ナショナル・ギャラリー展にも来ているはずの一枚。

 こちらの時刻は早朝。水面近くの空には、淡く黄色が掃かれている。

 

 普段は注意がむきにくいパーツでも、よくよく注意して見れば、面白いものが見えてくる。

 ルネサンスも、フィレンツェやローマのみに非ず。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?