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動物恐怖症の私が盲導犬ユーザーの家族になると決めるまで

子供の頃から動物が怖かった。犬や猫だけでなく、鳥やウサギなど触れるものは何もなかった。少しでも触れれば、大声とともに飛び退いていた。

「わざとやってるんちゃう?声でかすぎやろ!」

と言われるほどのリアクションで、私の叫び声に周りが驚くほどだった。もちろんわざとではなく、怖くてどうしようもなかった。全く動物と関われないまま大人になった。そんな動物恐怖症の私が、盲導犬ユーザーの家族になる日が近づいてきている。夫が約9年待ち続けた盲導犬取得が現実味を帯びてきた。私が盲導犬を知るまでのイメージ、ユーザーの友達と出会って感じたこと、盲導犬ユーザーの家族になる前に今の気持ちを書いておきたい。

生まれつき全盲の私にとって、外を歩くときに使うものは白杖だった。盲導犬とどうやったら暮らせるのか、どんな人が持てるのか知らないまま、身近にユーザーもいなかったことから、馴染みのない存在だった。盲導犬ユーザーと出会ったことは何度かあるものの、ゆっくり話したことはなかった。遠巻きに指示通り動く盲導犬を見て、何も知らなかった私は

「人間の都合で働かされてかわいそうだな」
と思っていた。

東京に来て仲良くなった友達が盲導犬ユーザーだった。ご飯を食べに行くことになり、初めて彼女と駅で待ち合わせたときのことをよく憶えている。颯爽と現れ、彼女の右腕に捕まらせてもらった私を誘導しながら、スイスイ進んであっという間にランチの店に連れて行ってくれた。彼女は頭の中の地図に沿って盲導犬に指示を出していく。

「次の角を右に曲がって、直進したら下り階段を降りて、最初の角を左」

一つずつ区切って伝え、盲導犬は曲がり角や段差を教えてくれる。

「はい、ここだよ。着いたよ」
「すごい!」

の一言だった。スムーズにお店まで辿り着けたのは彼女の脳内マップの正確さが大きいが、どこにもぶつからず見えている人に誘導してもらっているかのようなスピードに驚いた。盲導犬は「グッド」と褒められる度嬉しそうに尻尾を振っていた。

彼女を始め、数人の盲導犬ユーザーの友達と出会って、何も知らずに決めつけていたことが恥ずかしくなった。盲導犬が楽しそうに歩く姿、ユーザーとの絆を知って、人間の都合で働かされているのではないと分かった。私の友人たちの盲導犬はご主人のことが大好きで、ご主人と一緒に歩くことが楽しいんだと知った。友人たちは盲導犬を自分の身体の一部のように大切にしていた。話してくれる日々のお世話の様子からも盲導犬への愛情が伝わってきた。仕事をしている盲導犬に

「かわいいねぇ」
「賢いね」

と優しく声をかけてくれる周囲にも温かい気持ちになった。

「大好きなユーザーさんとどこにでも一緒に行けて幸せな人生(犬生)だ」

私の考え方が180度変わったのは、友人たちと出会えたからだ。

友人たちは、盲導犬ユーザー全体のことを考えて行動している人ばかりだ。飲食店でのマナー、次にこの場所に盲導犬ユーザーが来た時にスムーズにお店に入れるようにとの配慮、街中で出会う人たちへの対応…。友人の一人が

「これまでのユーザーさんの努力があったからこそ、今私たちは盲導犬と一緒に電車にも乗れるし、お店でご飯も食べられるからね。私も次の人たちに繋いでいこうと思うよ」
と答えてくれたのを尊敬の思いで聞いていた。

夫の盲導犬取得が現実味を帯びてきて、素敵な繋がりができた。我が家のように夫婦で視覚障害があり、ご主人が盲導犬ユーザーの女性と仲良くなったのだ。以前からSNSで繋がっていた人で、盲導犬との暮らしについていろいろと教えてくれている。お子さんと盲導犬との関わりも知れて、勉強になることばかりだ。

我が家に盲導犬を迎えるに当たって一番の問題は、私の動物恐怖症だ。

「なんで怖いの?盲導犬は噛まないし吠えないし飛びつかないよ」

と何人もの人から言われ、考えてみた。結論は

「どうして怖いかは分からない」

だった。

家に犬がいる生活を体験するため、これまでに何度か訓練中の犬を職員の方が連れてきてくれたり、盲導犬ユーザーの友達がうちに遊びに来てくれたことがある。外で会うときは「お仕事中」の盲導犬も、家にいるときはオフモード。娘はすぐに仲良くなったものの、私は全くだめだった。犬が寄ってきただけで怖くてフリーズしてしまった。でも、これから一緒に暮らすのだからとがんばって背中や耳は少し触ることができた。怖い気持ちはありながらも、なんとかがんばろうと思っている。

夫は「うちに盲導犬が来ても無理して触らなくてもいいよ」と言ってくれている。「お疲れ様」や「おかえり」と声をかけてあげるだけで十分だと言ってくれて、少し気が楽になった。

長年盲導犬と暮らしている友人も

「犬はすごくおおらかだから、ご主人が自分を大切にしてくれてると思ったら、後はあまり気にならないと思いますよ」

と言ってくれた。きっと一緒に生活をするようになれば、愛着も湧いてくると思う。

こんなに動物が怖いのに、どうして私が夫の盲導犬取得を受け入れたかというのはいくつか理由がある。

まず一つ目は、夫はいつも私が「やりたい」と思ったことを応援してくれるからだ。だから私も夫が盲導犬を持ちたいと言ったときに、すぐさま「いいよ」と言いそうになった。でも、大きな決断を一時的な気持ちに流されてはいけないと思い、じっくり考え話し合った。

「盲導犬がいることで家族での行動範囲が狭くなるかもしれない」と考えていた。これまで白杖だったら問題なく入れていたお店も

「盲導犬はご遠慮ください」

と言われたらどうするかを夫に聞いてみた。

「その状況になってみないと分からないけど、盲導犬はどういうものかを説明する」

と答えていた。

「交渉って真正面からガンガンいくだけじゃないし、そのときに一番いいと思った方法でなんとかするかな。でも、盲導犬がだめな店なら白杖で行ってもいい思いはしないだろうから、他を探すこともあるかも」と。

たくさん話し合って出した結論は「受け入れよう」だった。

もう一つ盲導犬を迎えようと思った大きな理由がある。夫の忘れられない言葉があったからだ。初めて盲導犬と体験歩行をした後に言っていた。

「目が見えなくなってよかったと思ったことなど失明してから一度もなかったけど、盲導犬と一緒なら見えなくなった人生もそれはそれでありかなって思えるようになるかも。それぐらい、盲導犬と歩くのが楽しかったよ」

この言葉で動物恐怖症を何とか克服しようと思った。

一緒に暮らせば大変なこともたくさんあると思う。犬の健康管理や排泄の世話や食事、ブラッシングなどのケアは全て夫がやるとはいっても、家族全体の生活のリズムも変わるかもしれない。体調を崩すこともあるだろうし、予定外の事も起きるかもしれない。それでも、これまでとは違う出会いや楽しみがあると信じている。新しい家族の変化、楽しみと不安が入り混じった気持ちでいっぱいだ。次の記事はこちら。

※タイトル画像は友人の盲導犬です。お願いして写真を使わせてもらいました。

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